0308 羊子が星に出逢う

ページ名:0308 羊子が星に出逢う

0308

 行動党発足以来、様々なルールが出来た。党として必要な事は当然党則にまとめられるのだけど、転生者特有の諸問題は学校のルールが優先される。
 尤も、学校のルールと来たら裏切るなとか、勝手に世界を取ろうとするなとか、そういう話である。
「まぁその為に存在するんだけど」
 姫は笑う。
「また最近休み知らずでしょ?」
 私は指を折りながら何連勤か数えた。
「ほら! そんなんじゃダメでしょ。もう少し休みなさい」
 そう言うと、通りすがったリリを呼び止めた。
「あんたも休みと言えば、"実家"ばかりじゃない。
 偶には学校に顔を出しなさい! そうね……」
 そう言って、秘書が手渡したタブレットで、共通のスケジューラーを開いた。
「この日、割と仕事楽でしょう……えっと、この会合は別にずらして、ここは私が代わりに行く。
 ここは瑛梨奈と夏に行って貰いましょう!」
 と、勝手にリスケしていく。
 私の秘書や、リリの"お父さん"もそれをささっとメモると、関係者に連絡を入れ始めた。
「あんたねぇ」
 私が呪詛を込めた言葉を吐いたが、涼しい顔だ。
 既にそれらしい根回しをしていたらしい。
 そんなわけで、日曜と月曜の予定がすっぽり空いたのだ。

 私がなおも不満を言うと、「学校にとっても偶に見かける不死者がいるのって大切でしょ? それに時々若い人の声を吸収するのはいいことよ」と笑った。
 確かに、姫は時々学校で生徒と戯れていると言うし……

 そんな事情で、私とリリは護衛の黒服だけを連れて学校へと向かったのだ。
 学校が大好きな子が多いのか、学校の中でしか生きられないのか、日曜日でも存外学校やその付帯施設で過ごす生徒が多い……奨学金あるけど無駄遣いはできないものね。

 学校が一般生徒を受け入れるようになったのは、私が表で仕事をし始めたあとの事だから、様変わりした学校には驚かされる。
 取り敢えずあちこちをぷらぷらしていると、熱っぽい男子生徒三人グループから「鐵池先生ですよね!」と声を掛けられた。
「学校の中では私も生徒だよ」
 そう言って笑ってみたが、「先生、凄いです! 十八になったら絶対に行動党に入れます!」と言われる。
「あ、ありがとう。でも、ここでは先生呼びしなくていいからね」
 と、もう一度釘を刺した。
 彼等は気後れしながらも、「鐵池さん」と呼んでくれるので妙にくすぐったい。
 そんなところで、鐵池政治塾が日本の戦後史に残した役割についての話に移っていく。
 勿論、雑誌やネットの記事で読んだぐらいの内容で、そういう話は往々にダーティーな内容となっているはずだ。
 だが、彼等はそれを輝かしいウラ歴史のように読み取っていたのだ。

「うーん。歴史の真実って言うのは、実際複数あるんだよ。
 色んな人と立場によって言う事が違う。その言う事が違う中でも、自分が何かを主張するときは、一番穏健で、一番人から信じられているものにしなさい。
 正しい歴史って――敢えて言うなら――一番信じられている歴史が一番正しい歴史だよ。
 実際にあったことを追及するのは歴史家の仕事だけど、それには相当の研究が必要なんだよね。
 そういう時に逆張りしたがる人は、一発逆転で"賢い人"を黙らせてやりたいだけなんだよね。
 当然、そんな人はその逆張りに対して必死で勉強しようなんてことはしなくて、穴だらけなんだけど、そう言う人は、そういう事実を認めなければ、自分の中で勝ち続けられるんだよね。
 そう言う人の逆張りって、結局消極的な理由でそれを選んでいるだけで、別にそこから先の事を考えていないんだよ。
 歴史で"人が知らない何かを知っている"と思うことはかなりの快感だけど、そんなものは必要ないんだ。
 むしろ、歴史は"そういうもの"と素直に理解すべき事が多いんだよ。
 例えば、ナチス絡みだとナチスやヒトラーにも良いところがあったと言う主張をする人がいる。
 でも、そんな主張したところで貴方の何の為になるの? それをうっかりネットで書いてしまって、炎上したい? そんなことしても、精々ヨーロッパの幾つかの国とイスラエルに入国できなくなるだけだよ。反ユダヤ主義者以外とその話題で盛り上がる事はないし、うっかりしてたら色んな問題を持ち込むことになるよ。
 どんな独裁者だって、一つや二つぐらいは"いい話"があるだろうし、どんな独裁政権だって最初の一、二年ぐらいは景気浮揚効果はあるよ。でも、そんなことが何だって言うの? 今の歴史は、アウトバーンが出来たことよりも、ホロコーストが起きた事が重要で、ユダヤ人医師を厚遇した事よりも、アンネ・フランクが殺された事の方が重要なんだよ。
 その価値観を共有することが戦後から連綿と続く秩序なんだよ。
 それでその価値観に挑戦する事に何の意味があるって言うの?
 万が一、世界の価値観が一夜のうちに転換するような事があったとして、その時に自分は優位な立場に立てるとでも思っているの? 自分の都合のいい部分しかつまみ食いしてこなかった人間が?
 価値観に抗いたいなら、その価値観を徹底的に調べて何が強いのかを理解しなくてはいけない。その上で、想定しうる反論を全て潰さなければならない。
 そうしなければ、そういう人はただの可哀想な人でしかないんだよ。
 あともう一つ重要な事は、世の中は二元論が大好きと言う事だね。
 大衆向けに安易な二元論が提示される時がある。
 そういうあからさまな誘導は、何らかの意志があるわけで、それに従うか抗うかは兎も角、そんな単純に世の中を見ないことが重要だよ。
 A国とB国が戦争をしたとき、A国が悪いとなったらA国系の人々をいじめていいのかと言うとそんなこともないでしょ?
 世の中が光と闇の二大勢力に分かれていて、誰それは光、誰それは闇と分類して、その国際情勢を単純に見たところで、それは自分のためにはならないでしょ?
 世界情勢は複雑で、その複雑な中で一つずつの真実が構築されていく。
 そういう部分をしっかり見据えていかないと、単純な理解で人に使われるだけの人間になってしまう。
 それは陰謀論に嵌る人もそうだし、扇動家が現われたときにそれを盲信してしまう人にもなってしまうんだ。
 重要な事は単純ではない。そして単純でない事をシンプルに考えろと言い募る人は、大抵ペテン師なんだ。
 私達の学校からは、そういうペテン師は出ないと思うけど、それと同時に、ペテン師に騙される人を出したくないんだよ」
 私が説明すると、三人は目を爛々としていた。
 そんなところに楓が現われる。
「お、早速信者を獲得しておるなぁ」
「そんなんじゃないよ」
 私が適当に答えると、三人は楓におじぎをしていた。
「楓も人の事いえないじゃない?」
 私が笑って尋ねるが、少しつんとして答える。
「年長者なりの扱いは受けてもよかろう」
「楓ってそんなところあったっけ?」
 私が意外そうにしていると、「まぁそんなもんじゃよ」と三人を連れていくのだった。
 遠ざかる四人の会話に聞き耳を立てると、「お主はエイムがブレブレなのじゃ。もっと落ち着いて打つことを覚えぬか」と言ってたので、「一緒になって遊んでるんじゃん」と独りごちた。

 一人になってなんだかなぁと思った所に一人の少女が現われた。
「やっと見つけましたわ!」
 またもや目が爛々とした、そして自信に満ちた笑顔を見せる子である。
「どなた?」
「豊仲星と申します。姫様よりよろしくと言付けられました」
「姫様!? あぁ、姫か」
「さっきの演説、感動的でしたわ」
 このお嬢様言葉やら何やらが相まって、なんか嫌な予感がした。
「豊仲さんって、ひょっとして豊仲先生の?」
「そうですわ! 豊仲久慈の娘です」
 言われれば何処となく似ている。我が党の中堅どころの参議院議員だ。奥さんが若かったのを覚えている。ココに入ってきてるとは思わなかった。金持ちの子なんだから、こんなところに来なくても良いだろう。
「あら、議員の娘なんかがなんでこんなところに居るんだって思ってますわね?」
「図星だね」
「私、こう見えてもおちんちんついているんですよ」
 突然ぶっこんだ告白をしたものだ。
 身体のセンは細いし、指先も細く綺麗だ。来年度六回生だと言うから17歳か。その歳で喉仏が降りてきていないのを見るとホルモンをやっているのだろう。
「やはり色々気になりますよね」
 試すような上目遣いはまさに少女だった。
「失礼だとは思うけど、考えてしまうよね」
「いいんです。慣れてるから――あ、それならそこいらの進学校でもよかっただろうって思いましたよね? この学校は自然だから我慢できるんですわ。あと、前の学校では落ちこぼれでしたしね」
 自分の事でも人の事でもズバズバ言う子だ。
「質問攻めで悪いけど、私に何か御用?」
「姫様に学校を案内するように申しつけられましたの。随分変わりましたものね」
「あ、ありがとう」
 どうもペースが乱れる子だ。

 説明も行動も全部がグイグイ行く。私の手を引っ張って、あれがなんだとか、これがなんだとか説明している。
 一部、一般生徒が知らない事まで知っているので、姫から特別扱いされているのは間違いなさそうだ。
「そう言えば、姫と星ちゃんはどこで知り合ったの?」
「記者会見で一目惚れして、メールを沢山差し上げて、それで学校の事を勧められて、学校にいらした時にお目に掛かって、それで益々好きになりましたわ」
「姫は画面映えするからなぁ」
 私が不意に軽口を叩くと、彼女は不満げな口調になった。
「私が姫様をお慕い申しておりますのは、可憐な姿に拘わらず男性社会の中で強く働いているからですわ。
 勿論、他の不死者の議員の方々も尊敬しておりますけど……」
 と言うところで、顔を真っ赤にした。やっぱり普通に可愛いからか。
「そんなに姫の仕事に興味があるって事は、野心があるんだね?」
「勿論ですわ! 私はスーパーグレートでウルトラファイヤーな政治家になって、世界平和を成し遂げるのですから!」
「おお、大きく出たね。でもその望みを持つなら行動党は結構しんどいと思うんだけど」
 行動党なんて、リベラルの皮を被った主戦派も主戦派だ。万が一政権を取ったら自衛隊を国防軍にしようとか言う連中だぞ。
「だからこそ私は行動党に未来があると信じていますわ。
 実行力のない、理想ばかりの絵空事を仰る方は、その実、現状の変更なんて一つも望んでおりませんの。
 自分が責任ある立場に立たなければ、いつまでも偉い事を言って、自己満足に耽溺できますもの」
「でも私達、自衛のためなら戦争もアリだと思っちゃうし、その自衛の定義もかなり険呑だよ」
「攻撃は好きな時にやめられますけど、防御は攻撃が終わるまでやめられませんもの。領土的野心を持たない限りこの原則は変わらないものと存じていますわ」
「じゃぁ、もし、ある国が別の国を侵略しようとしている時、君なら何をする?」
「その質問は含意が広すぎますわ。イチ生徒が首を突っ込んだところで、何も出来ませんわ。いいえ、確かにデモを組織するとかそういう事は出来るでしょうけど……私は恐らく祈るしか出来ないでしょうね。
 だってそうじゃありません? 鐵池さんのところに某国の学生が現われて、あの島を寄越せとか、あの島を諦めろとか言われたらどうします? 何の決定権も力もない方々が現われたら」
「意外に現実的だね。いいよ、そう言うの。野心があるなら、若い頃は大人しくしていた方がいいよ。
 昔みたいに革命戦士でしたみたいな人が議員になれる時代じゃないし、そういう人の口車に乗って政治的な活動をしてきた学生達が、今どうしているか見ればわかるものね」
「嫌らしい事を仰るんですね」
「学校の中だからね。オフレコだよ。今のは」
「もう! こんなにいい加減な事も口に出来る方とは思いませんでしたわ」
「言うねぇ。それじゃぁ、もう一つ質問しよう。
 君が、そこそこ有力な議員だとしたらどうする? 世界平和のためにどう動く?」
「そうならないために、予め色々な友人を作る必要がありますね。国内だけじゃなくて海外に。そして、どういう圧力やどういう妥協を強いてでも戦争をやめさせる」
「その国の主権を一部侵すとしても? 例えば、ある条約への加盟を反故にしないと侵略するぞと言われたらどうする? 平和のために加盟しない? 武力で以て、その国の政治的判断を犯すのはアリかな?」
 そう言うと、困った顔をして悩み始めた。
「大丈夫、答えなんてないから。
 これには答えがない。戦争をしないために隷属を選ぶ事は、遠からず多くの人を殺すことになる。でも、戦争を選べばまた沢山の人が死んでしまう。それで、例えば侵略しようとする国を経済制裁したとしよう。でも、多分苦しむのは庶民だけだね。指導者達は国民から搾り取るなり、抜け道を利用するなりして私腹を肥やすばかりだ。そして、そういう国ではまた、多くの人が死んでしまう。
 誰が何処で死ぬか、自分の視野に入らなければそれでいいと思う人は沢山いるけど、政治家はそうであっちゃいけないんだよ」
「責任感が必要ですね」
 意思を感じるような明るい瞳を見せてくれた。
「この国は、経済的な失策で多くの人を殺したけど、責任感を感じる政治家は少ないようだ。自己責任と言えば他人の不幸に疚しさを感じなくて済むからね」
「どなたの事を想像しましたか?」
「それはオフレコでも言えないなぁ」
 そう言うと、二人でひとしきり笑った。
「そうだ、もう一つ試したい。
 君はメキシコの麻薬戦争を戦争だと思うかい?」
「沢山の人が亡くなっていますわ。戦争かどうかは兎も角、止める必要があると思っておりますわ」
「うーん、質問に答えよう。止める止めないは能力と法律の問題だ。その前に、この戦いを紛争と見るだろうか? 犯罪者同士の戦いと見るだろうか?」
「個人的には戦争だと思います。万単位の人が亡くなっておりますし、使われる武器もまるで戦争のようですからね。でも、そうなると国際社会はそれを止めに行かなければならないわけで、それをしたくないから……見殺しにされていますわ」
「幾つか訂正が必要だね。武器は戦争の定義に影響しない。ルワンダ内戦ではマチェテと棍棒で大多数の人が殺された。そして亡くなった人数を定義としてしまうと、日本人は日本社会と戦争を繰り広げてることになっちゃう。
 勿論、沢山死んでいるからどっちが偉いと言う議論はすべきではないけどね。
 旧来の戦争は……否、近代以降の戦争は国家間の武力衝突が戦争とされてきたけれど、今や武装しているのは国家だけではない。民間軍事会社や犯罪組織もそうだし、お金とコネがあれば個人でも私兵を雇える。
 もし、何処かのメガチャーチがそのお布施を使って私兵を大量に雇って軍を組織して中東で聖戦を始めたら、それはもう犯罪のレベルじゃない。
 一方、国連を中心とした国際社会は、如何に自分の利益に繋がらない戦争に関わらないかが中心になっている。
 その理念はどうしたんだと思うんだけどね。
 資源も経済力も人的交流も少ないと、少女が大量に掠われて性奴隷にされても話題に上がらない。残虐な方法で沢山の人が殺されても誰も止めない。
 ただ、そういう問題に口出しをして、自国の軍隊や文民警察官が亡くなったら、それを支持した政治家は政治生命を失ってしまう。
 そういうところでどうするか。と言うのも全部政治家の責任であるべきなんだ。
 人の責任ばかりを追及する人間は、自分の責任には一切触れようとしない。そういう卑怯な連中ばかりが政治家をやっている。
 それでも政治の世界に飛び込みたいかい?」
「私、人間の歴史は、少しずつ理性的になっていると信じていますわ。
 もしこれが数十年前なら、私は病院か座敷牢に閉じ込められてたでしょう。
 その"少し"に自分を刻み込めるなら、それに優る喜びはありませんわ」
「姫が目を掛けるだけの事があるね」
 そう言うと、彼女は少女の目の輝きに戻っていた。

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