0299
映画の撮影以降、篤稀ちゃんは時の人である。
テレビ番組にも出るし、テレビCMも決まった。
映画の宣伝のために、撮影の合間を縫ってイベントにも顔を出す。
転生者じゃなければ過労で倒れているだろう。
こうも露出が多いと、色々な人に目が付けられる。
リーズナブルなファミレスでデートをするCMに出たら、エセフェミニストの自尊心に触れてしまった。他方、格闘好きの男性アイドルに一度手合わせして欲しいと、ジムに行ったところを報道され、ガチ恋勢が騒いだりした。
前者は男性による性的消費に無自覚だと怒られたので、後者の"性的消費"はかなり皮肉な話であった。
篤稀ちゃんは沈黙を守ったが、いよいよ他の転生者の仕事にも飛び火したので、私がコメントする必要が出てきた。
「人が自分のどの部分を売り物にするかを批判すべきではない。勿論、その売り物にした結果はこちらの責任として受け止めているけれど。
人はしばしば、自分の持っていないもの、持ち得ないものに関して考える。そして、その悩みの解決法として、持っている事が不正なのだと言い募りたくなる。
これは美しさであったり賢さであったり、お金や体力や健康などさまざまな面で存在している。
アナーキストはこう思います。もう一度世の中が混乱状態になってガラガラポンしてしまえば、自分は勝ち組になれると。
でも、本当にそうでしょうか? 何か価値観や秩序を破壊して、体よくそうなった時に、自分が思ったような社会的地位を簒奪できる自信がどこから来るのでしょうか?
自分で売り物にしてもいないものを消費される事には断固として拒否しますが、私権に土足で立ち入り、それを悪し様に批判するようでしたら、こちらも我々の権利のために戦います」
言い負かされた人は議論したことを抹消してほとぼりを冷まし、それに反論してた人々は相手に飽きて黙るようになるのだ。
さて、そんな頃に、一人の地下アイドルが俄に注目されるようになった。
それは篤稀ちゃんにとても似た女の子であるからだ。
敢えていうなら、篤稀ちゃんが二十三歳になった姿だろうか。
深夜番組に取り上げられてから、案外話が面白いと言う事もあって、次第に明るい時間の放送にも乗るようになって来た。
その頃には芸名を"真澄ふゆ"と変えてしまった。
歌もダンスもかなり頑張っていて評価はそれなりだ。
篤稀ちゃんには若干面白くない事態ではあるが、モノマネタレントに厳しくするのは、格好のいいことではない。
一度、モノマネ番組にゲスト出演した時には、少し話す機会もあった。
一方、真澄ふゆこと鈴木みわは、「精々稼がせて貰いますよ」と、自分の心中を押し殺していた。
デビューが高校生の頃だから、年格好は近かったはずである。
同じような顔と同じぐらいのクォリティなら、何故私はマイナーな仕事をしなければならなかったのか? ブレイク直前までは年齢のこともあって、ファンが離れつつあり、それを引き留めるために、過激なパフォーマンスも我慢してやっていたのだ。
何故、自分がそんな苦しみを味わう必要があったのだろう?
そして、そんなものを嘲笑うように、泥江篤稀はトップアイドルへの道を歩んでいるのだろう?
篤稀ちゃんの真似をして仕事をしているのに、篤稀ちゃんのことを冷静に考えられないと言う、複雑なことになっていた。
だから、番組の"ご本人様登場"は、真澄ふゆにとっても篤稀ちゃんにとっても気の重い対面であったのだ。
尤もお互い大人同士だから、必要最低限の礼儀は弁えていたし、事務所が否定しない程度に、相手を否定しなかった。
その番組をお店で見てたときである。私のところへ篤稀ちゃんから連絡が入ったのだ。
「どうしても相談したい事があるから電話していい?」
私は嫌な予感がしていた。
例の男性アイドルとの時も、ネットで叩かれた時も、事務連絡ほどの事しかしてなかった彼女が、どうしても相談したいと言うのだ。絶対に嫌な予感しかしない。
兎にも角にも、電話する時間を空けておく。
そして、楓さんに尋ねるのだ。
「篤稀ちゃん、仕事以外で何かやらかした?」
結論から言うと、1953年に子供を産んでいた。その曾孫が鈴木みわ=真澄ふゆである。
勿論、転生者がこの時期辺りまで子供を作ることは偶にあったそうなので、その証言を手に入れるまで随分回りくどい会話をする事になったのだけど。
何はともあれ、その子供と子孫を当たる事にした。
基本的に、子孫関係は黒服はチェックしないようにしている。それは単純に転生者に気を配ってと言う意味もあるが、仮に何かあった時に、そのトラブルに巻き込まれる可能性が高いからだ。
転生者は誰も、子孫に対して人並み以上の愛情を抱くものらしい。だから、何か困ったことがあれば助けたいと言う気持ちに支配されてしまう。
それを知っているからこそ、子孫に対する接触を避けようという不文律があったりする……破っている子も沢山いるけど。
さて、篤稀ちゃんは割とドライな性格故、この不文律は守っていたようだ。
七十年代に孫が出来ると、子供との接触を避け、お葬式にも出なかったという。
その孫は篤稀ちゃんの事など知らず、当然その子供も知る由もないのだ。
一番最初に篤稀ちゃんの相談を受けたとき、私はまだこの事実を知らなかった。
だけれど、篤稀ちゃんの尋常ならざる「ふゆちゃん可愛い!」の言葉に、私は何も予感しないでいられなかった。
とは言え、根拠もないことなので「まぁ、落ち着いて」と言うしかなかったのである。
「また会いたい」と言うけれど、「それは事務所とかテレビ局とかが決めることだし」と誤魔化した。
別に会いたければ好きに会えばいいことだが、モノマネでブレイクした当人にとっては、ちょっと会いにくいだろうと思ったからである。私の予想は当たることになるのだけど、それはまた後ではっきりする。
結局、彼女の相談は三回に及び、三回目の直前、彼女が篤稀ちゃんの曾孫であることが判明した。
だけど、このとき、その事を伝える事が出来なかった。
その頃には篤稀ちゃんの熱も冷めつつあった。
が、翌週ぐらいの事である。
篤稀に子供がいたことが週刊誌に載った。
これには記者会見をせざるを得なかった。
篤稀ちゃんは立派だった。
知っている事を包み隠さず語り、やましい事は何もしてないと語る姿は堂々としている。
それで終われば良かったのだけど、その週刊誌の記者がぶっ込んだ。
「真澄ふゆさんが、曾孫さんと言うのは本当ですか?」
「えーと、その件に関しては――」
私が遮ろうとしたら、「えっ! そうなんですか!?」と篤稀ちゃんが度を失った。
記者は確たる証拠を持っていた訳ではなく、逆に否定されるだろうと思っていた。記者の方も驚き、そして戸惑う。
篤稀ちゃんは「どういうことですか!? 本当なんですか!?」と問い詰めるし、どうにも収拾が付かなくなったので、会はお開きになった。
会見後、篤稀ちゃんが黒服に調査を手配しようとしたので、慌てて止めた。
「なんで教えてくれなかったの!」
「いや、落ち着いてからの方がいいかなって思って」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「でも、実際、落ち着いてないでしょ?」
私はなるべく冷静に話し合おうとしていたけど、篤稀ちゃんはそうもいかなかった。
篤稀ちゃんが私に掴みかかった時、楓さんがそれを引き剥がして張り手を一発打ち込んだ。
「狼狽えるな!」
私も篤稀ちゃんも、周りのスタッフも止まってしまった。
「先ず、相手の気持ちも必要じゃろ。
ちさと、お主が確認にいけ」
この雰囲気で反対することなど出来なかった。
そういう訳で事務所経由でふゆちゃんにコンタクトを取ったのだ。
約束したホテルへと向かう途中、彼女がSNSの裏アカウントで篤稀ちゃんの事を相当悪く書いている事が判明した。
鍵を掛けていないアカウントなので、私でも見る事が出来た。記者会見があった日から更新がないし、公式アカウントも事務的な文句だけである。
勿論、記者会見以降、関心ある人はお祭り騒ぎな訳だが、それを好ましいものとして受け取ってはいないだろう。
気が重たいが、会わないわけにはいかなかった。
ロビーで顔を合わせると、テレビで見るよりも篤稀ちゃんらしさがあった。
思わず「あぁ」と感心してしまう。彼女はそれを苛ついた顔で見ていた。
それから付き添いのジンさんと彼女のマネージャーを連れて部屋へと移動した。
ジリジリとした空気の中、マネージャーがおどおどとしながら話し出した。
「今回の件、お互いに触れるのもどうかと思いますし、暫くの間、一緒に仕事をするのはやめにしましょう」
"お互いに"ではないが、そうした方が相手には楽な解釈なのだろう。
「こちらとしても、あまり講釈を垂れるつもりはございませんから、それで結構と言う回答も出来ますが、本心としては、貴方に会いたがってますよ。彼女」
「いえ、結構です」
ふゆちゃんは、私の顔をチラリと見て、目を伏せてから呟くように断った。
「そう。そう伝えておくわ。
多分、必要ないと思うけど、念のために名刺をマネージャーさんに渡しておくね」
そう行って、マネージャーさんに一言挨拶をして部屋を出ていった。
ジンさんが「いーんすか? あんなんで」と尋ねる。
「本人が嫌がってる以上、無理に会っても仕方ないし、篤稀ちゃんだってそんなに聞き分けがない子でもないでしょ。
それに何だかんだで、あの子が長く続くとは思えないもの」
長く続かないというのは、篤稀ちゃん限定のモノマネ芸一つで何年も食っていける訳もなく、何らかの芸を身に付ける必要があるだろうけど、それが出来てたら多分地下アイドルをしてなかっただろうと思うからだ。
仮にそれで上手く行く方向に発奮するなら、篤稀ちゃんのことなどどうでも良くなる。何処かで納得すればそれもそれでハッピーエンドだろう。
個人的には、連絡など来ない事を祈るばかりなのだけど。
あれから暫く経ち、ふゆちゃんのテレビへの露出は激減していた。
あまり言いたくないが、このままAVにでも出演するコースが待ち構えているのではないだろうか? 否、それも難しいかも知れない。
彼女は二十四歳になった。あと一年で二十代は折り返し。そこまで来ると、流石にアイドルとして活動するのはしんどいのかも知れない。
世間の目は冷酷だ。三十も過ぎれば価値もないと見る男が多い。己が四十にもなって求めるのが二十代前半女性だと言うのは、私から見れば気持悪い発想だ。
あ、否、言い過ぎた。年齢差が幾らあっても、お互いを認めているカップルなど、目の前にいくらでもいるのに……
尤も、それが幾ら正しいとしても、世間の目が公正であることを証明しない――確実に焦燥感を募らせているだろう。
そんな時に、マネージャーさんから連絡が入った。
ふゆちゃんが失踪したと。
かなりマズイ事になった――想定できない訳じゃなかったのに。
もし曾孫が死んでしまえば、悲しむのは篤稀ちゃんである。そして、非難されるのも篤稀ちゃんであろう。
東京の黒服部隊に捜索依頼を出す。
私は再びジンさんと東京を目指した。
「なんでメンタル弱い子が、アイドルなんて不安定な仕事に就きたがるんだろうねぇ」
ジンさんが他人事のように――否、他人事だが、いい加減な事を言う。
「弱いから一発逆転が欲しいんだよ」
私の言葉にジンさんは思い当たるような顔をしていた。
「メンタル弱いアピールして食い付く男なんて、どーせ碌な奴しかいないのに。例えば俺とか」
「ジンさん……これでも一応女子中学生ですよ、私」
「あ、スミマセン」
白々しい謝罪と笑い声は、ジンさんらしいなと思った。
彼女が見つかったのは万世橋の上だった。
万一飛び降りてもすぐに助ければ問題ないなと言う事で、静かに監視させている。
私はマネージャーさんに連絡を入れ、秋葉原へと向かった。
「お姉さん!」
ちょっとジンさんの雰囲気に当てられたのかも知れない。
多少チャラい感じで声を掛けた。
「アイドルの仕事好き? 本当に好き?」
私の問いかけに「関係ないでしょ!」と怒鳴られた。
「話を変えましょう。
昔、ある所に何をするのもダメなおじさんがいました。仕事でも趣味でも、承認欲求も所属欲求も認められませんでした。顔も良いわけではないし、話が特別面白いわけでもありませんでした。さて、どうしたでしょうか?」
「努力する?」
「不正解です。
努力はしてたはずです。してなかったら死んだ方が楽じゃない? そうしなかった。何故なら生きる努力をしたから」
そう言うと、彼女はむっとした。
私は話を続ける。
「努力って本来、自分自身に基準がある事じゃない? 人が認めないと努力したことにならないって、苦しくない?
努力しても結果が伴わない事なんて、世の中いくらでもあるでしょ? でも、それは誰が悪い訳でもない。
自分が悪いわけでも、誰かが自分に悪意を持っていたからでもない。政府も世界も神様も自分の事なんてどうでもいいのに、とりわけそこに悪い運命を持って行ってやろうとはしないでしょ? でも、結果は結果。辛いけど受け入れなくちゃいけない。
今やっている事が自分を苦しめているとするなら、"なんで自分がそんなことをしなくちゃいけないのか"考えてみて。
ファンのため? 事務所のため? 先ず、自分がしたいかしたくないかを前提で考えようよ」
そこまで言うと、歯ぎしりをしながら、瞼に涙を貯めていた。
「そんなの馬鹿にされるじゃない!」
「結果が出ない時点で、馬鹿にする人は幾らでも馬鹿にしてるよ」
私が吐き捨てた。
「どうすればいいっていうの!?」
絶叫に近かった。
「何したって馬鹿にされる運命なら、少しでも好きな方を選べばいいじゃない。
昔はアイドルが楽しかったかも知れないけど、人間の好みなんて移り変わるものでしょ? それに一度決めたものに全力投球しなきゃいけない理由もないし、結果を出さなきゃいけない道理もない。
取り敢えず、今は休もう。
お金で困るなら、ウチの事務所でバイトするところから始めない?
篤稀ちゃんに会いたくないなら会わなくてもいいし……って忙しいから会いたくても会えないだろうけど。
兎に角、つまらないこと考える暇があったら、嫌なもの全部やめちゃったら?」
そこまで言うと泣き付かれた。
秋葉原の雑踏の中で、案外注目されないものなのだなと思った。
それからどうなったかと言うと、マネージャーの見習いと言う事で、篤稀ちゃんと篤稀ちゃんのマネージャーさんにくっついて仕事をしている。
篤稀ちゃんは時々、「どうやって接したらいいか分からない」と言ってくる。
一方、みわちゃんは「自分の努力なんて大したものじゃなかった。どうやって謝ればいいんだろう」と悩んでいた。
私はどちらも、「自然にしていればいいんじゃない?」と返信しておいた。
事務所=稜邦プロでは、二人の関係を見守っている。否、面白がっているな。
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