0293 (赤の場合以降)道路交通法と独裁

ページ名:0293 (赤の場合以降)道路交通法と独裁

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 共和国の道路交通法は、殆ど日本の道路交通法を踏襲している。だが、それぞれ国を跨いで運転する場合は"解除試験"を受ける必要がある。
 これはそれぞれの国で言われることだが、「日本国/共和国の警察は、共和国民/日本国民を目の敵にする」と言うものである。単に、各々の法律の違いを理解していないからだと言えるが、交通法規の厳しさを言えば共和国の方が厳しいので、日本国の場合は或いは……と言う所もある。
 いずれにせよ、違反すれば"解除"が取り消されるので、越境する自動車は年々減少傾向にある。

 A自動車で散々車を作っていながら、都心部はパーク・アンド・ライド方式で車輌の進入を制限している。
 地下鉄路線の拡充と、ライトレールの復活、バス運行を増やす等して市民サービスを維持している。
 一方、国内を隈無く移動できると言う意味で、EVの需要は高く、バスやトラックなどエネルギー密度を必要とするものはFCVを採用している。ほぼA自動車のお陰である。
 当然これらは、核融合発電が前提で成り立っているのだが。

 その代わりと言ってはナンであるが、自動車税制は大幅に下げて、また環境負荷に対するペナルティもライフサイクルコストも睨んだモノにしている。
 車好きにとっては天国のようなものなので、日本国民であっても、共和国内に駐車場を持ち、愛車をそこで所有すると言う例もよく見られる。

 交通違反については厳しい。故意に危険運転をした場合は、再教育が行われ、或いは試験に合格しないと再取得まで免許停止である。
 繰り返し違反する場合や、重大な違反、或いは認知症などにより運転能力が基準以下と判断されれば、永久に運転免許を取り上げる事になっている。
 車間距離を例に取れば、一度は認識是正の為に再教育を受ける。テストの後、路上に出て同様の違反で検挙されれば、安全運転する能力、それを理解する能力がないとされて免許は取り消しされる。
 日本国の免許取り消しと違い、正規の試験を受けて合格して貰う必要がある。
 繰り返し取り消しになる場合は、恒久的に資格がなくなる。

 また、検挙に関しては効率化を上げる為、監視カメラによる違反監視の項目が、できる限り増やされている。
 一旦停止や歩行者妨害など、AIにて洗い出されたものは出頭を義務づけられ、出頭したところで警察官と共に検証し、納得して貰って罰金及び減点を受けてもらう。
 それらのデータは、交通安全のために用いられる。

 運転が好きな人にはフラストレーションが溜まると言われそうだが、公営のレース場や時間限定で港湾地区の道路を開放、一般参加可能なラリーの開催などでバランスを取っている。勿論、安全に関しての資格や規定が含まれるのだけど、普通の若い人でも参加できる程度には、支援などの体勢が整っている。

 交通安全の意識が高まれば、異常なドライバーは目に付く。
 それは共和国外から来る車が分かるし、我が国の理念を理解していないならず者の所在も分かる。
 その僅かな挙動の違いは解析され、自動的に警戒される。
 その集積が、テロや犯罪を防ぐ。

 我が国には、防犯カメラは多く犯罪捜査に使われる。
 この現状を指して"監視社会"と言う人が居る。
 犯罪者にはディストピアだろう。犯罪する自由がないのだから。
 当然、反逆者にもディストピアだ。
 だが、どうだろう。転生者による治世は上手くいっている。所得も上がり治安も良い。"勤勉な国民"と言うアイデンティティも取り戻している。寛容で多様性を正しい意味で具現化させている。この状態に文句を言う人は少ない。
 それが本来的に正しいとは言えないが、多くの国民はこう思う。こんな政府を批判するのは、"日本国による妬み"だと。
 世の中のあらゆる社会システムには、一定数の反逆者が自然と生まれる。だから、今の所、独裁者が全世界を統一した試しはない。
 転生者は表向き、そういう反逆に対して真摯に対応している。いなし、受け入れ、取り入れまたは排除する。
 排除する? 再教育する? それは全体主義ではないのか?

 転生者は恣意的な評価軸、"邪悪さ"を持っている。"善良さ"ではないのは、人間は常に一定の善良さを持つからだ。
 どんな独裁者にだって、一つぐらい善良なエピソードはある。或いは捏造だって出来る。
 このルールに関して、「転生者は、蜘蛛の糸を垂らさない」と言われる。
 まるで神や仏のように振る舞うその姿を揶揄している。

 監視社会は、彼女達が神や仏のように振る舞うための情報ソースだ。
 あらゆる情報をかき集めている。
 中国ほど露骨ではないが、愛国者ポイントが各国民に割り振られているという噂まである。
 勿論、そんなゲームのようなパラメーターに頼り切る転生者ではなかろう。
 そこで登場するのが"邪悪さ"なのだ。

 判然としないが、この邪悪さは人物の"大きさ"がかなり影響していると思われる。
 犯罪者でも大きな意志を持つ人間は、厚遇される事があるのだ。
 稜邦中学校の"転向"特別枠は、概ねRF出身の有能で忠誠心の高い子供の為に用意されているが、しばしば反政府の少年兵に使われることがある。
 転生者は目を掛けた人間には甘い――それは独裁者の用件の一つである。

 誰が何と言い繕おうと、共和国は"綺麗な独裁国家"或いは"成功している独裁国家"なのだ。
 権力は転生者に集中し、一部の特権階級を保護している。
 そしてその権力を維持するために、セロンを操作し、国民の表面的な支持を獲得している。

 綺麗と言われる理由は、特権階級が威張り散らしていない事、そして支持を維持する為に"恐怖"を利用していないからである。"恐怖"と"暴力"は不可分に思える。だが、正義のヒーローの必殺技を残虐だと思う人が多くないように、彼女らの暴力は選択的で正解を引き続けている"ように見える"からだ。
 また、成功していると言うのは、国家の成長が滞りなく、富の分配もかなり平等に行われているからだ。
 口さがない人は、「ナチスだってソビエトだって最初は成功していた」と言う。
 成長率は堅実だし、分配には苦心している姿が見られる。だがしかし、成長が止まってもそれができるだろうか?
 共和国が遠く日本国のあり得た道になるのだろうか?
 彼女らに免停や免取はない。

 内閣情報調査室 連絡部部長 漆谷克也

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