0283 おばさん会

ページ名:0283 おばさん会

0283

 おばさん会と言ういささか不名誉なタイトルが付いたのは、峰ちゃんが発起人だからだ。
 元々はナオさんと峰ちゃんとで「大人の飲みをしましょう」と言うところから始まったらしい。
 それで私が「いいなぁ」と言ったら、「じゃぁ、一緒に来る?」となって、折角だから――と言うよりもなんだか怖くなって三惠子ちゃんも誘ったのである。
 峰ちゃんがナオさんに「でしょ?」と言うと、「私はまだ若いつもりなので」と膨れた。
 いい加減おばさんは峰ちゃんだけだろうとみんなで笑うが、しかし、お題目は変えたくないらしい。
「"あの子達"にしてみたら、みんなオバサンよ」

 駅前の居酒屋さんに入る。如何にも味があるというか、おじさん臭いと言うか、そういう感じの店構えで、当然個人営だった。
 一人だったらと言うか、友達と一緒でも絶対に選ばないような店である。
 少し気後れしていると、峰ちゃんは慣れた様子でずんずん入っていく。
「ちょっと早くなっちゃったけど大丈夫?」
 店主とは顔なじみのようだった。
 峰ちゃんとナオさんは、席に着くとお手拭きを手に、今日のオススメを眺めていた。
 私と三惠子ちゃんは飲み物のメニューを眺める。
「私、生中お願いします!」
「あ、私も」
「生中二つですね」
 女将さんが注文を取りに来ている。
「あ、私、あらごしみかんサワー」
 三惠子ちゃんも決めちゃって焦った私は、「じゃぁ、私もそれで」と答えた。

「お二人は、普段どんな話してるんですか?」
 私が尋ねると「えー、いろいろだよー。世間の話とか?」と微妙な返事が来る。
「恋バナとかないんですか?」
 三惠子ちゃんが言うと、二人は噴き出した。
「いい男なんていないって話かなぁ」

 お通しとビール、サワーが出される。
 お味噌の中にオレンジ色の丸いものが浮いている。
「何ですか、これ?」
 私はおっかなびっくり箸で突く。
「卵黄の味噌漬けだよ」
 半分に切って思い切って口に放り込むと、濃厚な卵のコクと味噌の風味が口の中に広がる。
「とろとろー」
 私と三惠子ちゃんが感動していると、二人はビールをぐいぐいと飲んでいる。
「食べないんですか?」
「日本酒来てからの方がいいかなぁって」
 一瞬無言になってしまう。
「あー」
 顔を見合わせて笑ってしまった。

「でも、こんな渋い店によく入ろうと思いましたね」
 私が尋ねると、「店なんて当たって砕けろでしょ」とナオさんが胸を張る。
「でも、最近は下手に個人店に入るとぼったくりもあるし……」
 三惠子ちゃんが不安がる。
「最近はそうかもね」
 ナオさんの歯切れが悪い。
「最近の子は可愛そうだよね。あんまり奢って貰う機会もないから、高い店に連れてって貰えないもの」
 峰ちゃんが呟いた。
 続いて言うには、バブルまでなら、会社の飲み会にしても何にしても、年上が奢るものだし、見栄を張って高い店に連れ回していたものだ。それがなくなって、しかも一部飲食店はタチが悪くなっていく。そうなっていくと、ネットの口コミやチェーン店と言う安心感に頼るのも仕方ない。
 そういう話をすると、ナオさんは少し恥ずかしそうな顔をしていた。
 でもそうしおらしくしているのは彼女の本性ではない。
「じゃぁ、私達が教えていかないとね」
 と再び胸を張る。それを見て峰ちゃんはニンマリとしていた。

「でも、ナオさんのインスタ見ると、毎回美味しそうなの食べてますね。嗅覚が鋭いんですか?」
 私が尋ねると、彼女は得意気に話し出す。
「勿論、地雷だの何だのは沢山踏んでるよ。
 グルメ漫画とか見てると、特殊な力でアタリの店を引いているように見えるけど、食べ歩き飲み歩きが趣味の人って、みんな多かれ少なかれ失敗はしてると思うよ」
 そういう話をすると、峰ちゃんが寂しそうに言う。
「オバサンだから、最近の若い子って言い方しちゃうけど、若い子って失敗を凄く嫌がるよね。
 学校の演劇部の手伝いによく行くけど、正解を教えてくれって子が凄く多い。昔からそういう子はいたけど、最近は割合が多い気がする。
 三十代ぐらいの子と話してても凄く感じる。無駄とか失敗を排除すれば人生が良くなると思っているんだろうかなぁ。
 人の成功にタダ乗りしても、本当の成功体験になるわけじゃないのに……」
 それで私も感じるものはあった。
「友達付き合いでも、凄く周りの評判気にする子がいるねぇ。実際、その子自身が他の人の評判を気にして人付き合いを決めている感じがしてるね。
 プライベートのSNSアカウント、友達の友達ぐらいから、会ってもないのにブロックされる事とかもあるし……自分で誰と遊びたいかも決められない子がいるのかなって」
 そう言うと、三惠子ちゃんが言いにくそうに喋り出す。
「その子の気持ちが分からないでもないかなぁ。
 自分に自信がないんだよ。だから人の評判とかで大多数と同じ選択をしたいんじゃないかなぁ」
「うーん。でも、嫌な思いをしないと成長しなくない?」
 私が突っ込むと、峰ちゃんが窘める。
「嫌な思いをしたから成長するって考えると、わざと嫌な事をしてくる人がいるよ。私が若い頃なんて、そんな人ばっかりだった。
 嫌な思いはしなくてもいいけど、その可能性だけで逃げちゃうと、何も挑戦できないのかなって思うんだよ。
 あと、そういう風に何でもかんでも嫌っていると、本当に嫌いなものが分からなくなるかな。
 嫌いなものを見つめる必要はないけど、ここは引けない何かを用意しておかないと、それに突然出くわした時に、何をしたらいいか分からなくなっちゃう。
 嫌いなものを見つけたら、好きなものを見つける。
 好きなもの、やりたい事をはっきりさせる、その為に必要なリスクは受けるべきだし、お金や時間も掛けるべきなんだよ。
 それを全部後回しにして、失敗しないように生きるのは、無難だけど何も達成できない人生になるんじゃないかなぁ」
 確かに思い当たる事がある。自分の好きなことよりも、人の人気に捕らわれて、何がしたかったのか忘れているようなライバーが偶にいる。そして、そういう子は段々メンタルがおかしくなって来てしまう。
 そう言う話をすると、三惠子ちゃんが言う。
「結局、安定の為に安全な道を人に頼っていると、自分の道を歩むときに、何が危険なのか分からなくなっちゃう。
 車の運転でも、このときはこうだとか、こういう道はああだっていうけれど、本当に必要なのはパターンの数じゃなくて、どんな状況でも危険を嗅ぎ取ることじゃない?
 教科書通りがいけないとは言わないけど、数えられるパターンだけで人生を乗り切ろうとするのはかなりしんどいことなんじゃないかな?
 成功した人は自分の成功したルートだけで人生を語るけど、人間全く同じ事を同じようにして人生を歩むのは無理だよね。
 自己啓発の本を有難く読んでいる人って、多分、そういう人生の経験値ってものを安直に考えているのかなって。
 そう考えると、私達の世代だけじゃなくって、もっと年齢が上の人でも、同じような事をしてるような気がする。
 ツールがSNSなのか本なのかの違いってだけで」
 学校の先生らしい話だった。
 峰ちゃんが言う。
「供給側もそういう心理があるのかなって。自分がやってきたことが正解だから、自分と同じようにしろって言う人が多いね。私も時々そういう考えになっちゃいそうになる。
 多分、そういうのが人生の隙なのかなって思う。
 国会議員にならないか? って誘われたこともあるし、自伝を出さないか? って誘われたこともある。
 そういうところで、自分はもっと凄い人間だって評価されたいって思うと、他人に人生を指導したくなるのかなって。
 若い子とか道に迷っている人に、大きな顔をして偉そうな話をするって、相当に気持ちがいいんだよ。
 だって、その為に態々雇うつもりもないのに求人出す人っているでしょ? 人生に対する成功の手触りに自信がないからそういう事をするんだよ。
 自分自身で何が欲しいかちゃんと選び取ってたら、何を得ているにしても、それで満足出来る。
 古い友達で未だにパートしながら売れない劇団員やってる人がいるけど、そういう人を馬鹿にする人が沢山いるんだよね。でも、本人がそれで満足しているなら、それは立派な人生なんだよ。誰にも迷惑掛けている訳じゃないしね。
 そういう人を馬鹿にしたいのは、自分の道が正しくて成功に近いって自分で思いたいからなんだよ。
 逆にタワマンの主婦が不幸な目に遭う話ってみんな大好きじゃない? そういうのも根っこは同じなんだなって。
 未だに私だって言われるよ。役者風情が偉そうな事を言うなってね。そうやって人を値踏みするのは、自分が値踏みされたときの算定が怖いからなんだよ」
 ナオさんが同意する。
「人を値踏みしたがる人って、自分が値踏みされるのを凄く嫌がるよね。
 人の価値とか人生の意味なんて、ゼロサムゲームじゃないのに、人を下げないと自分の価値が上がらないって思う人もいる。
 自分の趣味を高くするために、人の事を馬鹿にしないと気が済まない人がいる。
 悲しいけど、そういう考えで人を評価しないと自分が心配で仕方ない人がいるんだよ。可愛そうな人だと思うけどね」
 私が何気なく呟いてしまう。
「人生って何だろうね」
 峰ちゃんが言う。
「結局、死ぬときは一人だよ。一人で満足出来ないといけないんだよ。その為には、何で満足するかを考えなきゃいけない。
 独り善がりでもいいし、人に認めて貰うでもいい。
 でも、それは目の前の数字が積み上げられていくと言うのとはちょっと違うんだよ」

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