0282 南中学校

ページ名:0282 南中学校

0282

 "天使"の影の部分と言えば、半官の売春斡旋所だった過去であり、南中学校に入らなかった天使達の殆どが、未だにそれを生業としている事である。
 南中学校は、それを明確に禁止し、それ故にその影の部分を他人事としていた。だが、ここに来て密かに身体を売る生徒が複数人いるという調査結果が出たのだ。
 悪い事に、複数のメディアがそれを追っていたと言う事も、ほぼ疑う余地がなかった。
 法的には、彼女らも私達と同様に成人とされている。しかし、そうであったところで売買春は法的にアウトなのだ。それを援助交際と言おうとパパ活と言おうとNGなのである。
 売春に関しては、これと言った技術や特技のない彼女達にとってセーフティネットだと言う事もできる。しかし、セーフティネットであると言う事と、最低な暮らしをしなければならない事は別である。それを是としてしまうと、どんな不法な就労形態でも許されてしまう。
 一方、これは彼女達が選んだことと言う言い方も出来る。少女の姿で出来る合法的な職業は、彼女達が満足出来る程の収入を保証しない。若い身空でお洒落や遊ぶことを制限されるのは御免だと言う言葉も出てくるだろう。
 この世の中のセックスワーカーにかかる問題は、ほぼ同じ形で天使達にも影響していたのである。

 それはそれとして、南中学校としては、当該生徒を処分しなければならない。
 どうしても身体を売る事を辞められないなら退学して貰う必要があるし、そうでないなら絶対に不法な仕事の方を辞めて貰う事にした。
 同時に記者会見も行う必要がある。
 つばきちゃんには辛い仕事である。そう言うと、彼女に悪いか。今までもこういう嫌な会見をする事はあったのだから。
「専門職によるカウンセリングの頻度を増やす事と、再度の校則の確認を以て再発防止策とします。
 ご質問のある方は?」
 何人かの質問を無難にこなし、最後の記者を指す。
「週刊○○の××と申します。
 本当に調査した人数だけで全部なんですか? 例えば、貴方とかどうなんですか? 大人しい顔して」
 私は、その下品な口元に我慢ならなくなって、戸惑う彼女を余所に発言する。
「貴方、失礼でしょう。今すぐ姫川さんに謝罪して下さい」
「謝罪を要求すると言う事は、貴方もセックスワーカーを差別的な視線で見ているのですか?」
 見下げ果てた誘導尋問。
「貴方の発言の文脈がセックスワーカーを低いものとしているではないですか。今のではっきりしているのは、彼女に対する侮蔑とセックスワーカーに対する侮蔑でしかありません。謝罪できないのですか?」
「あのね、ジャーナリストの質問一つをそんなに大袈裟に批判されると、ジャーナリストは萎縮して、報道の自由をねじ曲げることになりやしませんか?」
「報道の自由は、人を侮辱する自由ではありません。貴方のしている事は報道ではありません。報道の価値は市民が判断します。貴方が決めるものではありません。
 自己検閲は自己が行っているなら、貴方がその権力に阿っているだけでしょう。自分をいじめると、職務放棄しますよと仰る? ジャーナリストの職業意識ってそんなものなのですね。大変勉強になります」
 久し振りにやらかしたものだ。
 件の記者は、"お前は何も記者の仕事を理解していない"と悪態を吐いたが、その後は姿を見せることもなく、"独自の匿名ソース"で好き勝手書いている。私から見れば私恨と仕事を混同しているようなものだが……

 気を掛けなければならないのは、陰口を叩くことしか出来ない敵よりも傷ついた味方だ。
 本人はいたって気にしないと言う顔をしているが、心配して声を掛けると、「いちいちこんな事で傷ついていたら、ただの面倒くさい女じゃないですか」と笑った。
 彼女の事だから、そんな発言の裏で深く傷ついているのだろうと、容易に想像できた。
 それで私の部屋に彼女を呼ぼうと思ったのだけど、「校則違反ですし、こんな時期ですし」と断られてしまう。

「じゃぁ、私が行くよ」
 ちょっとグイグイ行き過ぎただろうか? 私の言葉に、彼女は戸惑い、そして「結構です」と言うものの、私が引き下がらないと見るや「仕方ないですね」と微笑んだ。
 しかし、考えてみれば不平等である。"天使"は外泊の許可が必要で、その他にも色々と制約がある。一方、我々"悪魔"の方はそんなことお構いなしだ。
 歴史的経緯と言うか、戦ってきた年季が違うと言うか、色々言い方は出来るが、それは差別的扱いをして良い理由ではない。
 私がそんな話をすると、「むしろ守られている方ですし」と言うのだ。
「ダメだよそんなの」
「でも、そういうのどうなんでしょうか? 周りから"自分たちは惨めな立場に立たされているんだ"って言われるのは……あまり上手くいった例を知りませんよ?」
 私の反論に、ぐうの音も出ない正論を見せられて、自分の浅はかさを見せられた気持ちになった。
 ただ、"規則に守られている"と言う彼女の言葉に引っかかりを感じないではいられない。

 南中学校は、他の新校舎と同じく、新築の匂いがしている。建材や接着剤や塗料から揮発成分が漂う。
 居心地の悪さは、その匂いではなくて、天使達が悪魔に向けるよそよそしさにある。
 つばきちゃんはああ言うけれど、我々は"加差別階級"と見られても仕方ない。
 南中学で"職業訓練"を行っている転生者に話を聞くと、「最初の方はね」と含み笑いをされる。それは人慣れの問題なのだろうか?

 食堂兼娯楽室に通される。
 テーブルを囲んで編み物をしている一団もいれば、カウンターでPCを開き作業をしている子、座敷で寝っ転がってゲームをしている子もいた。
 上手く表現できないが、"現代の子供"の感じがした。
「さっきの話の続きなんですけど……私を含めて、ここにいる子って、みんな競争を降りた人たちなんですよね。きっと。
 今でも、他と比較しなくてもいいって暮らしをさせてくれて、みんなのびのび出来てると思うんですよね。
 無駄とか価値がないとかそういう人なんですよ。私」
 私が「そんなことないよ」と大急ぎで訂正するけれど、彼女は穏やかな顔で「そうなんですよ。だから、あの制服が送られてきたのは、何か意味があるんですよ」と言う。
 死は救済ではないが出口ではある。死以外の出口が存在するなら、それ以上の事はない。私は死以外の出口からここにいて、彼女も別の出口からここに来たのだ。
「だから、少し隔離されているぐらいが安心なんですよ。
 そういう幸せもあるんですよ。
 それに出て行く気になったら、好きに出て行けるんですからね」
「でも、人権って世の中に対する貢献度で認められるってものじゃないでしょ。生まれながらに誰もが持っているものでしょ?」
 私が食い下がると、彼女は静かにかぶりを振る。
「生きる以上の人権はないですよ」
「この国が、ましてや転生者の見ている所で、そんな水準の話をしても困らない? どう生きるかを考えてもいいと思うけど……」
「そのどう生きるかって言うのの答えがここにあるのかなって思いますよ。
 人生、沢山の選択肢があるけど、選択肢が多いことが幸せかどうかって人それぞれじゃないですか。
 選択しないって自由もあるのかなと思うんですよ」
 私が納得いかない顔をしていると、「全ての人が都会暮らしをいいものだと思わないでしょ? 都会は便利だし選択肢も多い。でも、人によってはそれが煩雑な事があるんですよね。南中学って多分、人生の田舎暮らしみたいなものなんですよ」と説得された。
 説得されたのだ――そう思っている自分は、やはり彼女を少し見下していたのかも知れない。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧