0274 文化祭③

ページ名:0274 文化祭③

0274

 二日目も嵐のように過ぎていく。

 昨日は沢山働いたからと言う理由で私は、少し見て回る時間を貰った。
 奈美ちゃんと沙希ちゃん、如乃ちゃんのお店に顔を出すと、彼女たちの元で作品を作っている"天使"たちもいた。
 よく見ると、購入者には漏れなく誓約書を書かせていた。
「ちょっと大袈裟じゃないですか?」
 私がちょっかいを出すと、奈美さんが胸を張って言う。
「前に五万円で出した品が、翌日転売で三十万になったの見て、全部書かせるようにしてる。
 奴らは利益は生んでいるかも知れないけれど、価値は生み出していないでしょ? 世の中、価値を生み出さない仕事ばかりになると滅びちゃうよ。
 転売に限らず、そういう商売が沢山ある。
 そういうのはどんなに言葉で言い繕って、それらしい名前をつけたところで、薄汚い口先だけの商売でしかない」
 彼女からは殺意に似たものを感じる。

 ある客が、どれが転生者の作品か尋ねる。
「見分けが付かないのなら、貴方にとっての価値って同じじゃないですか? 見分けが付く人に売るのでなければ」
 と、かなり失礼な事を言う。腹を立てる客に続ける。
「ここにある作品は、私が売るに値すると思っているから並べている。
 理由をつけて安く買い叩こうとする人が多いけれど、その技術の習熟と、製作に掛かった手間暇は平等に人に支払わなければならない。
 勿論、作業の合理化や量産化で安くなるものもある。でも、それは手間暇と技術を薄めて販売しているに過ぎず、払われなければならない価格を下回らない。
 それ以上は価値観の相違でしかない。
 私達は私達の仕事に価値を見出している人に対して商売をしているのであって、その価値を安く見る人にはお売りできない」
 そこまで言うと、その客は悪態を吐きながら去っていった。
「入校の審査も甘くなってるね」
 と、遠ざかる背中を睨んでいた。
「この国は、一定の価値のモノを安く作ることばかりを目指して、どんどん品物の潜在的な価値を落としていった。
 国を富ませるのは、価値の高い物を作っていく事なのに……」
 と、寂しい顔をしていた。
 そこに沙希ちゃんと如乃ちゃんが帰って来た。
「お疲れさまー。またお客さんと喧嘩してない?」
 奈美ちゃんは、そう嫌みを言われて照れるフリをしていた。
「照れるなー」
「褒めてないよ」
 それから引き継ぎを済ませて、奈美ちゃんは天使達を連れて遊びに出掛けていった。
「懐かれてるんですね?」
 私が尋ねると、「ちょっと妬いちゃうぐらい」と微笑んでいた。

 文化祭本部に顔を出すと、楓さんが丁度帰って来た所だった。顔見知りの黒服さんや運営の生徒に挨拶をしていく。
 奥にはつばきちゃんの顔が見える。
 彼女は冷ややかな顔をして席に座り、時々振られる話題に相づちを打つぐらいで、手持ち無沙汰にしていた。
「楓さん、ちょっとつばきちゃん借りてもいい?」
 私が思いつきで言うと、その思いつきを理解したという顔で、「おお、行くとよい」と笑顔で送り出してくれた。
 つばきちゃんは「大丈夫です」と言うが、「お主も少しは遊ぶとよい」と背中を叩いた。

 彼女は大変な立場である。"天使"のスポークスパーソンと言うか、代表という顔をしているので、揉め事の類は全部彼女に舞い込むし、それを稜邦中学の各所と協力して解決していく。
 お給金は私に比べてずっと少ないと聞くし、その中で身なりを整え、自費で勉強もしているという。
 私が、「あれ食べない?」と尋ねると、少し戸惑った表情を見せた挙げ句に、「私は大丈夫です」と答えるばかりだ。
 食事は弁当の支給があるそうだけれど、折角のお祭りをそれだけで済ませるのは可哀想だった。
「私がご馳走するよ」
 そう言ってキッチンカーからモンブランとお茶を買ってきた。
 彼女は何度も、「そこまでして戴かなくても」と言ったが、「私がつばきちゃんに食べさせたいの」と微笑むと、彼女も表情を軟化させた。

 モンブランは山なりの大きなサイズで、上に粉糖が掛かっていた。中にマロングラッセが隠れていて、底はメレンゲで出来ている。栗のペーストは甘すぎず、かといって主張はしっかりとした味だ。濃厚な生クリームと互角の風味が、口の中で程よく交わっている。
「美味しい?」
 私が尋ねると、少女そのものの明るさで「美味しい!」と顔をほころばせていた。

「自分にご褒美あげてる?」
 私の質問に彼女は難しい顔をして答えに窮していた。
「少しは自分を甘やかせたり、労ったりしないとダメだよ」
 そう言うと、「私……昔の私は何も出来ない人だったから、今、役割があるのが嬉しいんです」と真剣な表情を突き付けてきた。
「それでもずっと張り詰めていたら疲れちゃうよ。
 しんどくなってから休んでも間に合わないよ」
 私の言葉に「そうは言っても……」と言う。
「もうじき、こっちの方に引っ越してくるでしょ? 偶には私とか楓さんを尋ねてくるといいよ」
 稜邦南中学校の学校と寮が完成間近であったのだ。
「お忙しいところ、無理は言えませんよ」
 彼女はまたも固辞する。
「いいんだよ。つばきちゃんは頑張ってるんだし」
 そう言うと、「私だけ特別扱いされると、他の子も嫌な顔をしますし……」と、納得できる理由を言ってくる。
 確かに、転生者ほど物分かりが良いわけではないか……

 ケーキを食べた後、あちこちを見て回り、本部に戻ってきた。
「少しは気晴らしになれたでしょ?」
「ありがとうございます!」
 彼女は深々とお辞儀をすると、また元の席に戻っていった。

 この後、また、私と四人のライブが行われる。
 今度はアイリちゃんを連れていける。
「今日は仕事じゃないからしっかり見ていってね!」
 私が舞台衣装で声を掛けると、ファンの高揚とした表情で「頑張ってください!」と力を込めて応援された。

 二回目の舞台だ。
 リハーサルや練習も含めると十回以上上がっている。大丈夫、次こそ冷静に頑張れる。
 声援と光の渦は相変わらず私をトランス状態に陥れた。だけれど、袖にハケて白い室内灯の楽屋まで行く頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。
「みんなありがとう!」
 つばきちゃんばりに頭を下げると、「今度はどんなことさせよう?」と心音ちゃんとななみちゃんが顔を見合わせ、悪い顔をしていた。

 ただ、問題点がなかった訳ではない。晄平くんが少し間違えたり、長男くんも間に合わなかった部分を多少簡単にして弾いていたりした。
 それについて、心音ちゃんは凹む二人を励ます。
「野球を楽しんでいる人が、常にプロを目指さなきゃいけない訳じゃないし、絵を描いている人は、常にそれをお金にしなくちゃいけないわけじゃない。
 そういうのに文句を言う人は、自分が創作しないでいい理由を自分に言い聞かせているだけだよ。
 人生の目標は自分が楽しむ事だよ。
 その為には、自分が楽しんでいることに正直になる事かな。
 こういうのが出来なくなると、人から見て楽しそうに見える事とか、充実しているように見える事、幸せそうに見せる事が重要になって来ちゃう。
 これから音楽で食べていこうとするなら兎も角、差し当たっては、自分が楽しめるようにやれればいいんじゃないかな?
 それに二人ともこんな短期間に二曲も弾けるようになったんだから、今後も続ける価値はあるよ。
 これにめげずに、楽器続けてね」
 その言葉に、二人は幾らか明るさを取り戻していた。
「あと、ちさとちゃんは今後もレッスン続けるから」
 と怖い顔をされた。

 日が暮れていく。
 様々な催し物が終わり、店も撤収をしている。
「あー、終わっちゃったね」
 私達のお店も片付けながら、しみじみとしてしまう。
「明日もお店あるんですからね。体力残して下さいよ」
 雪ちゃんに窘められると、一同が笑った。
「私達も原稿を仕上げなくてはいけませんね」
 春日ちゃんが二人に語りかけると、阿由武ちゃんが「私は終わってるけど」と笑い、そしてひじりちゃんも「え、私も推敲したら終わりだけど?」と言っていた。
 その言葉を聞いて、春日ちゃんは少し泣きそうな顔をしていたのが、とても笑えて仕方なかった。
 ネミちゃんは同好会に色々指示を出している。彼女も彼女で大変だなぁ。

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