0273 文化祭②

ページ名:0273 文化祭②

0273

 寸胴には、牛丼の具と、どて煮を入れて、牛丼とどて丼の二つを提供する。
 コンテナに氷水とドリンクを冷やし、現金でそれぞれ会計。
 テントの下では、私を含めたレギュラーメンバーの四人と、準レギュラーのひじりちゃん。ひじりちゃんに引っ張り込まれて、阿由武ちゃん、春日ちゃんの七人で店を回すことになった。
 鍋は四つ分。クラフトビール、地方のワンカップ、ご当地ラムネ……沢山仕入れたけど、足りるだろうか?
 まだまだ日差しの強い日が続く。ドリンク類は売れるだろうなぁ。

 文化祭ならメイド喫茶だろうと言う安直な意見を受けて、全員メイド服を着ることになる。難色を示す人はいたけど、強権を発動して着せる事になる。
 当然、趣味の多いあの人やこの人達が大きなカメラを担いでやってきて、散々撮影していった。あれが、ソリティア同好会に流れるのだろう……
 そう、同好会と言えば、恐らくネミちゃんが声を掛けたのだろう。会場早々、普通の生徒で溢れた。「若い胃袋いいなぁ」と思う食べっぷりだ。
 先生達もやってきて、賑やかであるが、他の出店から嫌な顔をされるばかりだ。
 勿論、食べ物はどて丼と牛丼だけだから、他のお店の圧迫をしていないつもりだけど、いやしかし……
 お酒もラインアップの都合上、他よりも高い水準である。とは言え、安いお酒求める人がどんだけいるのだろう。

 いずれにせよ、お祭り自体は盛り上がっている。外部からのお客さんも前回より1.5倍入れたそうで、黒服の人が大変だ……勿論、荒事担当の転生者達も交代で見回りしているのだけど。

 カズマくんが身重のお嫁さんを甲斐甲斐しくエスコートしている。
「勇結ちゃん! カズマくん!」
 私が駆け寄ると、二人とも曇りのない笑顔で迎えてくれた。
 校外の人は、やや好奇の視線は送るけれど、嫌な事はされていないそうだ。
「学校のためにも絶対に幸せにならなきゃね」
 そういう言葉に一抹の不安を感じて、「そんなことを言わないで、学校とか関係なしに幸せになって欲しいから!」と手を握る。
「ちさとちゃんはいい子だよね」
 勇結ちゃんがカズマくんに視線を送ると、二人の空間が華やいだ。

 向こうの方では、瑛梨奈ちゃんと夏ちゃんがちょこちょこ喧嘩しつつ、行動党の党員を引率していた。
「はーい、こちらが我らがアイドルちさとちゃんですよー」
 マズイなと思った瞬間に、手旗を振って案内しはじめていた。
 それから握手を求められたり、集合写真を撮ったりして、嵐の如く去っていく。

 私が抜けた時間分、お店は忙しくなって、平身低頭してお店に戻る。その時現われたのが峰ちゃんである。
「なんだ、忙しいなら言ってくれればいいのに」
 と、勝手に店に入ってきた。しかも、割烹着を自前で用意するぐらいである。
「手伝ってくれるのはいいけど、いいんですか?」
 慌てて尋ねると、「私は色んな生徒に顔を覚えて貰えるだけで嬉しいから、この方が都合がいいのよ」と上機嫌であった。
 尤も、彼女の思惑に反して、「あの大女優が店番している!」と一般客が寄りつくようになってしまった。

 さて、そんなところに、スイーツを沢山抱えてホクホク顔のアイリちゃんが通りが掛かる。
「あー、アイリ、ちょっと手伝いなさいよ」
 と、峰ちゃんが声を掛ける。
 アイリちゃんはマズイモノを見たなと言う顔で、立ち去ろうとするが、私の顔も視線に入ったので、二、三歩逃げたあと、思い返して帰って来た。
「食べてからでいいですか?」
 涙顔の彼女を見て、私は「いいから、いいから」と言うが、峰ちゃんが「そうしたらお客さんの整理してね」と高笑いだった。

 峰ちゃんが引き入れたのには理由がある。私が一曲披露する舞台の時間が迫っていたからである。
「アイリちゃんを生贄にするとか酷いですね」
 私が言うと、「明日はあの子に見せてあげるわ」と笑った。
 私の前がH.A.R.M.S.と言う事もあって、大体育館は超満員になっていた。
「どこのフェスだよ……」
 私がぼやいているが、客の入りは更に増えているという。
 周囲のスタッフはこれに冷静に対応していた。"同好会"が根茎を巡らしているのは間違いない。
 私が一曲披露するのは、喫茶店の長男と晄平くんとの約束である。二人がギター、心音ちゃんがキーボードで、ななみちゃんがベースである。
 今日のために練習をしっかりしていた。
 ななみちゃんのベースも始めたのは最近だし、私もライブの場面で披露するのは初めてである。
「みんな、しっかりやろうね!」
「おー!」
 円陣を組むと元気よく声を上げた。
 長男くんも元気になってくれたようだ。

 舞台に上がると、照明でよく見えない客席が、その熱気で全てを教えてくれる。
 ここで緊張すべきだろうか? 一度えいやと舞台に立ってしまうと――それは記者会見やVでの活動を含めてだけど、存外失敗は怖くなくなる。
 それよりもここでおどおどする方がダサイ。
 そんなわけで、演奏が始まると自然と声が口を突いて出てくる。練習した甲斐がある。
 サイリウムの海が広がる。
 気分が高揚する。
 体温が急激に上昇する。
 頭に血が集中する。
 もう、なんだか分からないうちに一曲終わり、アンコールのもう一曲も終わってしまう。
 脳味噌がショートしていると、心音ちゃんに引っ張られて退場する。

 すっかり興奮してしまったが、なけなしの理性で黙っている事にした。
「どう? 凄いでしょ?」
 心音ちゃんはドヤ顔だった。
「凄い!」
 脊髄反射のような回答しかできなかった。

 ふわふわした気持ちで仕事に戻る。
「ああ、明日もあるのか」
 そんなことが、頭の中でいっぱいになる。
 ネミちゃんの「凄く良かったです!」も上の空だ。
「ちさとちゃん、少し風に当たっていらっしゃい」
 峰ちゃんが優しく声を掛ける。
「ごめんなさい……」
 急に恥ずかしくなる。
「いいよ、大丈夫。始めてだとそうなるよね。
 病みつきになっちゃう。それでいいよ。
 でも、楽しい事ばかりじゃないからね。
 今日のことは、いい思い出にしておいて」

 それからは真生ちゃんやルイちゃんが冷やかしに来たり、心音ちゃんやななみちゃんが労いに来てくれたりした。
 長男くんと晄平くんも店にやって来る。はにかんだ顔が可愛い。
「私がいなくても楽器続けられそう?」
 私が笑うと、「楽しいです! ゲタを履かせて貰ってだけど……続けられそうです!」と緊張して言うのだ。
「そんなに硬くなる必要ある?」
 私が尋ねると、「御堂さんのお陰ですからね」と笑う。
 ミネちゃんがその様子を見ているからか。
「来年までボーカルを見つけられなかったらまた私を呼んで」
 そう言うと、少し戸惑いつつ「はい!」と二人で答えた。

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