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つばきちゃんは緊張した面持ちながら、しっかりとした受け答えが出来ていた。
"疑惑"の類は、マスコミが何も知らない筈のないことだが、余りにも敵に回す相手が多すぎる。黙っているのが一番である。
今まで、今ひとつ表に情報の出てこなかった、不死者以外の不老不死の人間の情報は、世間を釘付けにさせることになる。
着衣者と言う呼称は以前から伏せられていたが、何らかの言葉が必要だろうと言う訳で"天使"とされた。
プティアンジュの件から考えるとかなり趣味の悪い呼び方だが、合意は取ってあるそうだ。
余談だが、口の悪い人は我々不死者の方を"悪魔"と呼ぶようになったのはこれが原因である。
彼女の会見はポジティブな言葉で彩られている。
自活する事が目標とされ、職業訓練を努力すると言う口辺りの良さがあった。何だかんだで、結果よりも努力が評価される国だ。それが良いか悪いかは別として。
施設を移動させる必要があるのかとか、不死者が"支配"すると言う意味かなどと言う意見も出たが、「社会的地位の確立していない人たちに対して支援する事は当然で、不死と言う共通点のある我々は、他人事ではいられない」と答えた。
「私達は自分の運命を自分で選ぶ事によって、自尊心を取り戻す必要があります。決して補助金にすがって生きるような道は選択しません」
つばきちゃんの答えは簡潔な約束となった。
その後、法務省は彼女たちの"社会復帰"のロードマップを発表して、税金の投入をなるべく抑える事を約束した。こっちの方は、あんまり報道されないか。
会見が終わり、つばきちゃんに感謝されて照れてしまう。
「よく頑張ったのぉ。つばきよ、今晩はお主の好きなものを食いに行こう」
楓さんも上機嫌であった。
私は着衣者にそんなにいいイメージを持っていなかったので、彼女の素直さは意外であり、そしてすっと心に入ってくるのだった。
悪い事はない。他の子達もつばきちゃんと同じようならいいのだけど。
つばきちゃんは言った。
「私達、何処に行っても、"困った人"って顔をされるんですよ。一見優しい職員の人も、前提は私達がマトモじゃないってところなんですよ。
多分、障害者に優しいって言われてる人達にもそういう人がいて、LGBTに理解があると言う顔をする人の中にもそういう人がいるんでしょうね。
自分は正常側に常にいて、その上で他を理解できる余裕があると言うのを、優越的に考えているんですよ。
学校の人が、そういう人じゃなくてよかったぁ」
それは買い被りすぎだと伝える。
「私、人間、表に出さないだけで十分だと思ってるんですよ。
本当の差別って、もっと無意識じゃないですか。だから、意識してそれを出さないなら、もうそれでいいと思うんですよ。
そういう考えを持つ事自体がダメだと言ったら、反発されるし世間の敵になってしまいますよ」
内心の自由は憲法でも保障されている。何を考えていても、行動しなければ、口にしなければ自由である。仮にこれを犯そうとするならば、第三者か勝手に"考えている事"を捏造して吊し上げる事ができるのだ。それを国家や国家に忖度した人々が実行する恐怖は、"自分の嫌い"だけを主張する人には理解されない。自分の嫌いなものを人生から取り除きたい人々は、それが許されるなら何だってするのだ。
世の中からいじめや差別が消えないのは、やっている本人が、それをいじめや差別だと思っていないからである。その為に啓蒙が必要である。
啓蒙が進むと、それを区別と言い換えたり、何か合理的な理由があるかのように偽装する人々が出てくる。
その時、社会が無理のある形で特別扱いしていたら、彼等に反論できなくなってしまう。
差別される側が求めるのは、特別扱いではなく、他と同じである事だ。だが、何も考えたくない人や、それによって利益を得る人ばかりが特別を求めるのだ。
これが楓さんの薫陶によるものなのか、それともこういう考えであったから楓さんに見初められたのかは不明だ。いずれにせよ、こういうバランス感覚があるのならきっと上手く行くだろう。
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