0222 勇結が妊娠する

ページ名:0222 勇結が妊娠する

0222

 勇結ちゃんに呼び出される。
 メッセージアプリとは、概ね深刻さが伝わらないものだが、「どうしても今夜会いたい」と言われると無碍にはできない。
 それで勇結ちゃんの部屋に上がると、「来ないの……生理が」と泣きそうな顔で言われた。
 私は何度も「落ち着いて」と言うしかない。
 話によるとゴールデンウィーク辺りからカズマくんとセックスしていると言う。
 なんとも反応しにくい。
「カズマくんには?」
「まだ……」
 そんな大切な事、相手に先ず言えよと思ったが、しかし、確定するまで騒いでも仕方ない。
「葵ちゃんに明日診て貰ったら?」
 私が説得すると、「うん……」と答えた。
「一緒に来てくれない?」
 明日は月曜日だし、カズマくんとくっつけたのは私の仕業と言えば私の仕業なので、これは付き合うのがスジなんだろうな……
「分かった。予約取ったら教えて」

 と、言うやり取りでその場を離れたが、しかしこれ、本当に妊娠していたら一大事である。
 法定上の年齢が三十の女が、中三の男子とセックスしたとなると、これは如何にもスキャンダラスである。
 楓さんに言うのは……判明してからでいいか。
 しかし、思う事は沢山ある。
 ゴムはしていたと言うけど、パール指数を低めに見積もっても二パーセントぐらいの割合で妊娠するのだ。彼女のようなタイプの子が、その割合を過小評価するのだろうか? それは恋愛感情の強さによるものなのか、性欲に負けたものなのか判断がつかない。

 翌日、葵ちゃんのところに出向いて問診する。
 葵ちゃんは「医者の立場としては別にどうこう言わないけど、個人的な話をするなら、"どうしたの?"ぐらいは言わせて欲しいかな」とにこやかに質問した。
 勇結ちゃんは俯きながら、「好きだから」と答える。
「好きなら仕方ないかなぁ」
 葵ちゃんは、話に乗せつつ問診を進めていく。最近の体調や発熱などだ。
 それから尿検査の結果を見て、「じゃぁ、エコー見ようか」と言う。
 尿検査は陽性だったのだ。

 こう言ってしまうと彼女を笑うようだが、葵ちゃんは小さなお医者さんである。使っている機材が本物でなかったら、観察力のある子のお医者さんごっこにしか見えない。
 世間の大人からしたら、中学生の恋愛も大概ごっこ遊びだ。
 だが、人間の成長にはごっこ遊びこそ必要なのだろう。だが、そこで事に及んでしまうのはどうなんだろうか……

「おめでたですね」
 葵ちゃんの言葉はシンプルだった。
「本当は産婦人科に行くべきだろうけど……まぁ、ウチでも診られる先生いるから、その先生に診て貰うかな」
 今更だが、妊娠検査薬が常備されているのには驚く。そして、妊婦も受け入れることが出来るのかと。
 私がその驚きをぼやかして「何でも出来るんですね」と言うと、「あらゆる可能性に備えるのが私達の役目だよ」とウィンクされる。

 それからが大変だ。
 カズマくんを呼び出し、そして絶対に相談した方がいいと説得して、楓さんも呼び出した。
「カズマくん、別に責める訳じゃないけど、責任取るつもりはあった?」
「はい」
 二人はうなだれて、それでもなんとか質問には答えていた。
「出来たモノは仕方ないじゃろ。じゃが、会見ぐらいはしなくちゃならんじゃろな?」
 楓さんは私の方を見ている。
「え、私?」
「その為のお主じゃろ」

 そこからは大忙しでプレスリリースして、定例記者会見での質疑応答に備える。
 同時に警察に問い合わせて、"一応"問題ないことを確認した。
 "一応"なのは、二人の事情聴取ぐらいは取っておきたいと言うことである。
 すぐに刑事がやってきて、二人をそれぞれ面談した。
 それ以降は私が頑張るしかない。

 プレスリリースの後は、世間は大騒ぎになった。案の定と言えば案の定だけど、そんなに騒ぐ……ことだな。
 在校中の中学生男子と子供が出来たと言う内容は、「一体何をやってるんだ」と言う事と、その当人が今の所カズマくんでしかない事とで、様々な下品な推測が行き交った。
 記者会見となると、「不死者は子供ではないので、強制わいせつにならないのか?」と言う質問をされる。
「警察や弁護士に相談しましたが、"真摯な恋愛感情に基づく"行為と認識しております。
 二人とも、任意での聴取を受けておりまして、近く判断されます。
 我々としては、二人の事は信頼しておりますので、問題ないと判断しております」
 本人が出てきて釈明すべきではないかと言うのだが、「本人のプライバシーもありますので、本人からの回答は控えさせて戴きます」で通そうとした。

 記者達はガヤガヤする。
 大体、何処かの未成年活動家の事は、立派に考えられる一人の人間として受け入れるクセに、別の場面では子供は自分自身で正しい判断ができないと言い出すのはなんなんだよ。
 今日日は大人になってから自分で身体を売っていた女性が、「自分の判断力不足に付け込まれた」と言い出す事もある。
 判断力がない人間は恐らく死ぬまで判断できないままだし、判断力のある人間は子供の頃から、その失敗も成功も自分のものとしている筈だ。
 結局、判断力と言うのは、それを追及した人間の都合に左右される。
 人は人の事を責める時には、自分こそ最高の知性と判断力があると信じているのだ。

 これはどうしたものかと思っていたところで、何の前触れもなく、勇結ちゃんとカズマくんが現われた。
「今回の件、誠にお騒がせしまして申し訳ありませんでした」
 深々と頭を下げる。
 フラッシュの嵐が駆け抜ける。
 それから、カズマくんとの恋愛のことや、自分が本当に愛している事、カズマくんも了承している事を語って……と、練習したのだろう。言葉に淀みがない。
 そこでふと、後方彼氏面している楓さんに視線を向けると、うんうんと頷いている。

 会見は無事に終わった。
「二人とも、大丈夫だった?」
 私が声を掛けると、二人ともはにかんでいた。

 しかし、時期が悪い。
 折しも成人による未成年への性的暴行に対する厳罰化を審議している最中であり、行動党はそれに賛成を示していた。
 このままだと身内に甘いと批判されてしまう……一体どの口が言うのかという議員や評論家の顔ばかりが思い浮かぶ。

 誰が動いたかは記録にないが、その後、警察は勇結ちゃんを逮捕することになる。そして迅速に在宅起訴される。
 検察が不起訴にしなかったのは、行動党の意向だろう。これに対して、日和見的だと言う批判をする人がいたが、妊婦へのストレスに対する同情の方が多かった。

 警察や検察としてはやりにくかっただろう。
 転生者に纏わるこんな事件、起訴してしまえばかなり面倒な事に遭遇する。そして、相手がこと稜邦中学校となると、有力な弁護士が立つ事になる。
 証拠は全て我々が握っているから、こんなもの真面目に起訴して有罪に出来るはずがないのだ。
 でも、世論と行動党の圧力から、これを起訴せざるを得ない。約束された負け戦なのだ。

 裁判は、検察側の負けとなり、即日釈放となる。
 判決は、「法に定める年齢が三十歳ではあるものの身体は十二歳から十四歳の間である事から、同年代への恋愛は自然であり自由である」と言う事になった。
 勿論、これが先に述べた改正法案に対して矛盾しているのは明らかだ。だから学校としては、再発防止策として全不死者に対して再教育と、年齢差のある交際に関して定期的な面接を行う事が約束された。
 明け透けに言うなら、二度と未成年とエッチしませんと言う訳である。

 もう十月である。
 斯くして勇結ちゃんは、公的にも私的にも自由になったわけだけど、その間にお腹は大きくなり胎動を感じる頃になっていた。
 予定日は来年の二月初旬である。

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