0220
ゴールデンウィークからもう暫く経つけれど、あれを切っ掛けに私と醒ヶ井さんとの距離は少しだけ近付いた気がしている。
彼女は基本的に人を近寄らせたくない人なのだが、それが一度無理と理解すると割と普通に話をする子であった。
仕事は真面目だし、営業スマイルとか愛想笑いぐらいの笑顔は作れる子である。
私が彼女をそう言う子だと割り切れば、あまり私として気分をどうこうする事はなかった。静かだし大人しい。悪い事は言ってこないし、こっちも気を遣ってあれこれ喋る必要もない。
喫茶店の仕事も安定してこなしている。土曜日に喫茶店に出ても何かやり残しがあることもなく、客から嫌な事を言われる事もない。
昼下がりの手が空いた時間に長男がやって来る。
「この前はごめん」
いじいじしながらも顔を見て頭を下げてきた。
「アレのことならもういいのに」
話はそれぐらいだった。顔は最悪なときよりも随分と明るくなっている。これならもう大丈夫だろう。
長男が戻っていくと店長に、「よかったですね」と話しかけた。
その時の言葉がいささか不明瞭だ。
「店長?」
問いかけると、やはりろれつが回っていない。そして、持っていたコップを床に落としてしまう。
私は瞬間的にマズイと感じて、すぐに救急車を呼んだ。
症状をなるべく伝える。
店長を寝かせて顎を横に向けるように言われる。これは、店内にいたお客さんと協力してやるしかない。
長男を呼び出して、一緒に病院に行って貰った。
その日の仕事は早めに終えた。私一人でやれる事は限られているからだ。
どの道、店長がこんな状態では店を開いておく訳には行くまい。
店長の一家はそれでかなりバタバタしていたのだろう。長男からの電話は夜半になるまで掛かってこなかった。
検査の結果、脳梗塞と診断された。
症状は搬送途中に急速に悪化したらしい。
手術は成功したと言うが、今夜が山と言うアレである。
当面お店は閉めるしかなかった。
短期間なら私と醒ヶ井さんの二人で切り盛りする事は出来るが、責任者が不在というのはあまりよろしくない。
母親はなんだかんだと私達と接近したくないらしい。長男とやりとりして、お店を閉める事で合意した。
そうなると問題になるのは醒ヶ井さんのお仕事である。
この報は綾夏さんにとっては便利なものだった。
もう一人雇う為に山水亭はわざと広く作ったのだ。今は満員の時が多いのだから店員を増やすのは大賛成と言う訳だ。
「まさか……」
と疑い半分で聞くと「いくら何でもそこまでしないよ!」と否定した。
でも、醒ヶ井さんのことは同意した。
なんだかんだで転生者の生活の維持は大切だからだ。
「あと、それなら木曜日も開けたら? ちさとちゃん抜きで営業してさ」
確かに、私の都合に合わせてお店を休むのは、二人の収入に関わるのであまりよろしくない。これも同意せざるを得ない。店長の復帰まで、月曜日の開店もすべきだろう。私の土曜日のお仕事もなくなるのだし。
「まぁいいじゃない、生活リズムも同じになる訳だし」
「人の不幸から玉突きでなっただけですよ」
私が窘めると、素直に「悪かった」と答えた。
突然の事ではあるが、また生活が変わってしまった。
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