0218
リリちゃんはどうやらプライベートの時、自分の秘書に自分の事を娘扱いさせているらしい。
これだけ言うと、かなりヤバイヤツなのだが、理由は当然ある。
この秘書は彼女の子孫なのだ。
そして、その秘書にはリリそっくりの娘がいた。去年の末頃に急逝したので懐かしんでいるのだろう。秘書の方も喜んでパパと呼ばれ、母親もママと呼ばれていると言う。
あ、やっぱりヤバイな……
余りにもプライバシーに関わることだから深く調査はしていないが、リリちゃんは近頃、その娘に成り代わってオフを過ごす事がある。
驚いた事に、その娘の友達とも遊ぶ事もある。
勿論、仕事に影響は出ていないけれど、それは大丈夫なのか心配になる。
と言う話を牡丹ちゃんと百合ちゃんに聞かされた。
「それで、私に説教しろってことですか?」
ちょっと意地悪気味に返事してみると、「別にそこまでじゃないけど……」と言葉が濁る。
「こういうのちさとちゃん得意だし」
と、"どういう風に人に見られてるんだ、私?"と思わざるを得ないような事を言われ、それでも私は素直に請け負ってしまうのだ。
「リリちゃん、ちょっと気になる話を聞いたんだけどいいかな?」
私の質問に彼女は少しギクリとしたように見える。これでも政治家やってるんだから、もっと大胆に誤魔化すかと思っていた。
「どんなことかな?」
「秘書さんの夫妻と仲良くやってるんだなって事なんだけど……単刀直入に言うと、自分の子孫をパパママ呼ばわりするの大丈夫?
私も軽々しく言える事じゃないし、リリちゃんも十分承知だと思っているけど、十年、二十年後とか考えない?」
「それはね……辛くなるのが私だけだからいいのかなって。
あの二人には娘の思い出作って貰いたいんだよ」
毅然として答えている。
「そういうのいいのかな? だって、それは遅かれ早かれ本人が受け入れなくちゃいけないことじゃない?」
意地になるつもりはないが、それで本当に傷つくのは峠夫妻の方ではないだろうか?
その時、口には出せなかったが、数年後には彼女の"新しい友達"も成人する。その時夫妻が成人した娘の姿を思わないはずがない。更に十年もすれば結婚する友達もいるのは間違いない。その時、娘の花嫁姿を思わないで済ますだろうか? 夫妻がそれを言い募ることはないとしても、その思いを押しとどめる事はできないだろう。
私が転生者の一般人への交際に眉をひそめる理由が、むくむくと復活してくるのを感じる。
それではいけないと、ただ聞き役に徹しようとする。
リリちゃんはすぐに答える。
「その時は私が説得するから! その時まで、二人に娘を感じさせて! 二人は里莉ちゃんに何もしてやれなかった事を悔いているの……それがちゃんと整理のつく時まで。
それまで私に任せてくれない?」
そこまで認識している以上、私はこれ以上何も言えない。
「リリちゃん、その時、凄く辛い事になるけどいい?」
私が尋ねると、覚悟を宿す強い眼差しを私に向ける。そして、静かに頷いた。
さて、それから一ヶ月半が過ぎた頃だ。
深夜にリリちゃんの号泣の電話が来だのだ。
遂に来たなと察した。
実は、その後の経緯は既に耳に入っていた。
峠夫妻が養子を迎えたのだ。
養子は峠夫妻の曾祖父の玄孫、祖父母兄弟の孫、又従兄弟の子供に当たる高校三年生である。この子もそこそこ里莉さんに似ていた事もあり、話が複雑になる。
リリちゃんから聞くまでもなく、峠夫妻が彼女を可愛がるのは間違いない。
問題の子の父親は、仕事にかまけている間に、嫁が不倫し、その結果離婚。しかし、親権を手に入れたものの面倒が見きれないと言う事情で峠夫妻にお鉢を回してきたのだ。彼女の名前は梨華さんと言う。
事前調査によると、梨華さんは結構やさぐれた子だった。ひょっとしたら、自分も不倫相手の子じゃないかと思っていたと推測される。それが彼女の不安の原因であったからこそ、里莉さんに似ていると言うのは決定的だった。彼女は夫妻の熱心な言葉に心を開き、夫妻は自分の家にいるべき子だと迎えた。
勿論、これを見た第三者からは、こういう考えが血縁以上の愛を否定するのか? と言う意見が出てくるかも知れないが、この場に於いて、峠夫妻も梨華さんも救われたのだから、それ以上かき混ぜる意味はない。
斯くして里莉さんの部屋は梨華さんの部屋になる。
リリちゃんは、このことについて、「こうなることが三人にとって幸せだと分かっているのに辛い」と言う。
そんなことわかりきっていたことだろうと言う結論は直ちに出せるが、こんなに早く実現するとは思っていなかっただろう。
しかも奪う相手が過去の存在ではなく、自分の前にいる少し"年上"の子供である。本人も説明すべきでない感情と分かっていても悔しいに違いない。
リリちゃんは、「自分が悪いのに」とか「あの子は悪くないのに」とか嘆く。
一方、梨華さんは半ば親に捨てられた身であったから、峠夫妻の愛を貪欲に吸い取った事は察するに余りある。
そうもすれば取り残されたリリちゃんが可哀想だ。
目の前に年中無休の正常な女子中学生がいて、偽の娘をパートタイムでやるのはしんどいだろう。
勿論、彼女の前でその態度を表明した事はない。
二月あまり前に「パパ」と言ってしまったミスと同じで、峠隆さんは「見継先生」と家族の前で言ってしまった。
それで全てが崩壊した気になってしまったのだ。
この晩はリリちゃんをなんとか宥めて終わった。
私は峠夫妻と梨華さんを学校に呼ぶことにした。
リリちゃんは関係の解消について肯定的だった。そう、私に泣き崩れた時から「しょうがないけど」と何度も言っていた。ならば、残りのお三方はどうなるだろう?
峠夫妻の休暇についてはリリちゃんに直接都合をつけてもらった。「三人で、学校がどういうものか見て貰いたい」とか言う理由で。
三人にとっては初の家族旅行だ。
秘書業は週休二日と祝祭日ぐらいのペースで休みが貰えていたが、遠出するのは梨華さんを迎えて始めてと言うわけである。
「峠さん。初めまして。御堂ちさとです」
今回のホストは私だ。私が学校の事を案内する。まだ工事中だし、来客用のホテルは建て替え前である。私が謝りながらあれこれ連れ回すと、夫妻は恐縮し、そして梨華さんはつまらなそうである。
勿論、彼女はそれを言葉に出す事はないし、高校三年生しては自制心があるように見えた。
相談室に通して、三人に尋ねる。
「不躾な話で申し訳ないんですけど、リリちゃんの事どう思います? 勿論、不死者の方の……見継リリちゃんなんですけど」
個室に通されて観念していたのだろう、隆さんが口を開く。
「先生が……リリって呼んでいいですか?
リリは考えすぎなのかも知れません。
もっと甘えてもいいんだよと前に言ったのですが……」
直接言われても納得していないのは彼女の方だった。
奥さんの方は、「リリちゃんは凄く気を遣っているような気がして、どう接していいか分からなくて……」と困ったようだった。
一方、梨華さんは「自分の居場所を奪われたんじゃないかと思っていたら怖い」と言うのだ。
多分、その読みは正しいと思う。否、もう一歩足りないか。彼女の悲しみは、自分の居場所を奪われたことよりも、それにショックを受けている自分が許せないのだ。
「梨華さん。リリちゃんはあれでも大人だから、居場所ぐらい自分で見つけられるんだよ。でも、それに動揺している自分がいるのが辛いんだね。
本人は、自分の血を分けた人たちが今を生きているってだけで嬉しいに違いないんだ。
だから、少しの間だけ付き合ってあげてくれない? 扱いにくい妹だけど。ね」
そう言うと、彼女は少し考え込んで「本人がその扱いでいいなら」と答えるので、私は満面の笑みを作る。
「そっちの方がいいんじゃない? 私もリリちゃんも歳を取らないからね。
ずっと女子中学生の妹がいるなんてなかなかないよ!」
それでも不安そうな三人に言う。
「無理そうならすぐに私に連絡頂戴!
調子に乗ってたら、私が叱ってやるんだから!」
こうやって、リリちゃんは峠家の当主兼永遠の妹に落ち着くのだった。
ふとテレビを見ると記者の前で堂々としているリリちゃんがいる。
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