0210
ゴールデンウィークのことだけど、学校が休みでお店も開けないから、私も喫茶店に出るよと言う話になった。
折角だから、私と醒ヶ井さんの二人でお店を回して、店長は軽く旅行にでも出たら? と提案すると、店長は有難く余暇を頂戴したわけである。
どうも、店長は息子二人を連れて行きたかったようだが、長男は友達が来ると言うので、結局、店長は次男と、奥さんは一人で旅行に出かけた。
あんな偏った考えの子にも友達は出来るのだなと感心していた。
それで長男は、友達と遊ぶのが楽しいのか、お店に顔を出す事はなかった。
出されたところで何もしてやれないけど……
少なくとも、その友達がミーハーでないようで助かったとすら思っていた。
その友達は、どうも二泊するようで、問題はその二日目の夕方に起きた。
近所のコンビニで大げんかをして、警察が呼ばれたという。
代理の保護者として私が駆けつける事になった。
相手の友達は私を見ると睨めつけて、そして長男はバツの悪そうな顔をしていた。
コンビニに駆けつけた警官も、話に要領を得ないと言う事でほとほと困っていたようだ。
取り敢えず、お店に戻って事情を聞く――のだけど、当然話してくれない。警察にも言わないことだから、私達にも言いにくい事なんだろう。
名前は藤村兜伍、中学三年生。運動部ではあるようで、それなりにいい体格をしている。顔も悪くないと思うが、今は顰めっ面をしている。
醒ヶ井さんがスマホの画面を見せてくれる。
「活動家アラート?」
転生者に否定的な人間を自動で蒐集して追跡するシステムがあるらしい。そういう人間が、域内に入ったり関係者と交流を始めるとアラートが出るそうなのだけど、今回はそれが遅ればせながら反応したというわけである。
普通なら黒服と警備員の出番となるが……私達がいるので取り敢えずは待ってて貰う。
彼は、黄色の場合直後ぐらいからネットで転生者に対してアンチコメントをつけている。
近頃はフリーの音源と文字だけで、陰謀論を説く動画を投稿しているそうで、システムが監視レベルを引き上げていた。
「ああ、彼も相当に拗らせているのね」
そうもなると、こいつらを説得するのは骨が折れるなと落胆するしかなかった。
そんなところに、カズマくんと勇結ちゃんがお店にやってきた。
カズマくんは仕事が終わったところみたいだった。訓練をしっかりしているのだろう、身体は一回り大きくなったような気がする。
そんな彼を見つけた藤村少年は、「おい中貝!」と急に叫びだした。
「藤村……くん?」
彼は困惑するカズマくんに食ってかかると、その勢いのまま胸ぐらを掴んだ。
カズマくんは、「お店に迷惑だろう」と彼を引き離し、「落ち着けよ」と静かに諭した。
それが気に入らないのか、右手でフックを打ち出した。
カズマくんはそれをモロに受けたが、体制を直すと「なんだよ?」と怒りを堪えた。
「カズマ、やめて」
勇結ちゃんが止めると、「大丈夫」と笑った。
「彼女かよ」
藤村少年が煽るように言うと、次はみぞおちにパンチを繰り出した。これはカズマくんが両手で受け止めて、「それ以上やると、警察呼ぶぞ」と余裕の顔をしていた。
「ナメてんじゃねぇぞ」
藤村少年は悪態を吐くと、帰ると言って店から引き下がっていった。
どうも、そのまま帰っていったようで、全員はその場に残されて、どうすることも出来なかった。
いずれにせよ、我々はそのまま客と店員として、普通の状態に戻ったが、長男は相変わらず居心地を悪そうにしている。
手が空いたタイミングで、「どうしたの?」と尋ねると、「ごめん」とだけ答えて黙り込んだ。
「別に変な人に引っかかるのは人生経験みたいなものだよ」
私が笑ってみせると、もう一度「ごめん」と悔しそうな顔をしていた。
「そんなに考え込まないの。相手が悪いだけじゃないの?」
そう言ってあげると、「俺もあんな風に見られてたんだな」と言うのだ。話の理解が追いつかない。
しょうがないので、空いた席に座らせて話を聞くことにした。
私が山水亭を始める前の段階で、彼は陰謀論に捕らわれていた。
藤村少年とは、陰謀論絡みで知り合ったらしい。
最初は意気投合していたが、家に呼んで話をしてみると、どうにも凝り固まった先入観が気になり始めたという。
そして、今日の夕方、「それは考えすぎなのでは?」と言うと、突然相手が、裏切り者だとか何とかと罵り始めたと言う。
その姿を見て、すっかり憑き物が取れたと言うのが真相のようである。
長男は「今までのことが恥ずかしい」とうなだれる。
「恥ずかしいと思わないと人間成長しないし、過去が恥ずかしければ、同じ失敗しないでしょ? 中学でそういう失敗をするのはまだ許されるよ。
だから、そういうのを噛み締めて、少しずつ大人になったらいいんじゃないかな?」
そこまで言うと、突然ボロボロと泣き始めたのだ。
「だ、大丈夫だから!」
私が必死にフォローするが、どうもこうも俯いたままだ。必死に反芻しているように見えた。
お客さんが来たので、彼は暫く放置される事になる。
いい加減日が暮れてきたので、サンドイッチを作って出してあげた。
それも口をつけずに、閉店になる。
泣き疲れて寝てしまったようだった。
彼を起こして、三人で食事をとって、そしてお店を閉じた。
彼は何も喋らなかった。
心配になったので、「大丈夫だからね。何かあるなら電話してね」と言って別れた。
残りの日も、長男の様子が気になっていたが、彼からの動きはなかった。
電話には出るが、「うん」と答えるばかりで、まるでオカンと息子の会話だなと思ってしまった。
晩ご飯ぐらいはと呼び出すと、素直に降りてきたけれど、特に話すこともなく店長が帰ってくる日を迎えた。
店長に事の顛末を伝えると、頭を掻きながら感謝される。
お小遣を貰いそうになったが、「私の事よりも、長男のことを気にしてください」と伝え、店長は難しい顔をして「わかった」と言うだけだった。
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