0205
学園祭の時、舞台で歌って踊っていた五人組の映像が、動画共有サイトに流れた。
不死者の事とあって、再生数が伸びに伸びた。
これに気を良くしたのが、発起人である琉璃ちゃんであった。
事の始まりは去年の春からだという。
ある高校生アイドルグループのサクセスストーリーにいたく感動した琉璃ちゃんと命ちゃんが、その場にいた初海ちゃんを拉致し、鈴ちゃんを口説き倒し、篤稀ちゃんを無理矢理引き込んで結成したグループである。
グループ名は、それぞれの名前を取ってH.A.R.M.S.とした。挑戦的な名前だ。
当時は、学園祭の名物になればいいやと言う気持ちで練習を始めた。
だが、心音ちゃんも快く協力したことから、話は俄に本気度を増していく。
全員、身体能力が高いのでリズム感と発声を覚えると、その先は早かったという。
それを学園祭にぶつけると、生徒からも好評であった。
そこから、舞台に立つ事が楽しみで仕方なくなった琉璃ちゃんと命ちゃんが、黄色の場合をいいことに、動画サイトに問題の動画や、他の場面で撮った動画をアップロードし始めたのだ。
これにはルチルちゃんも有償で協力しているという。
真生ちゃん、ルイちゃんは当初静観していたが、再生数が伸びるなら事務所に入れるよとハッパを掛けたのもあって、やる気は俄然増していく。
それで、結果としてはご当地アイドルとしてやっていく事になった。
それはそれで目出度い事なんだけど、世間の評価は気になる所。
私が言う事じゃないけど、結局は素人の遊びから始まっている。
事務所には、「調子に乗るな」などのメッセージが届くこともある。
当然、あの五人がそんなのを気にする訳ではないが、そういう事を言う人達の安否が心配になる。
芸能界で嫌がらせとかが起こらなければいいのだけど。
「心配はないよ」と言う彼女らの含み笑いが怖い。
と、言うところで、別のアイドルグループと一緒に自衛隊に体験入隊すると言うテレビ企画が起こった。
相手のグループもご当地アイドルだ。地元テレビやラジオではあるがそこそこメディア露出がある。H.A.R.M.S.にとっては先輩となる。
見た目中学生の彼女たちは、相手からすれば可愛い妹分と言える。
企画は割と和やかに始まる。
全員戦闘服に着替えると、自衛隊の広報官とお世話になる小隊長に挨拶をして、整列した隊員に敬礼をする。
本物のアイドルはわりとキャッキャとしているが、H.A.R.M.S.は手慣れた様子で敬礼する。当然直立不動だ。
画面の右と左で空気が明確に違っている。
先ずは基礎訓練。ストレッチとランニングから始まり、腕立てやプランク、腿上げ、スクワットなどのメニューをこなしていく。
当然、相手アイドルはしんどい思いをして、息も絶え絶えだ。
一方、五人組の方は、後ろの隊員と同じリズムで続ける。それも涼しい顔だ。
取り敢えずメニューを終えて、相手アイドルが死にそうになっているところに、「ほら、私達身体軽いから、自重トレーニングその分楽なんですよ」とフォローなのか、嫌みなのかよくわからない発言をしていく。
尤も、相手の子らは、それを受け止める余裕はない。
その次は、柔道場へと場所を移動し、女性隊員による護身術の指導だ。
普段なら指導する側の転生者は、見よう見まねと言う顔をしながら、ささっと指導の隊員を投げ飛ばす。
一方、本物のアイドルの方は、きゃーきゃーと黄色い悲鳴を上げるばかりであった。
紅白戦をやりますと言うのだけど、全体的に嫌な予感しかしない……と言うよりか、番組もその雰囲気を隠さない。
組み合った瞬間、相手は飛ばされる。
中学生対、高校/大学生/社会人のチームと言うのに、ストレートすぎる負け方である。
その手さばき、あまりにも見事なので、スロー再生でもあんまりよく分からないレベルだった。
「何年この仕事してると思ってるの?」
とは、流石に言わなかったが、「私達慣れているので」とこれも、よく分からないフォローをして終わった。
最後は小銃を撃って怖い思いをして貰おうと言う話だ。
実弾を撃つと聞いて、これはアイドルじゃなくても震え上がるか……真剣な面持ちの彼女たちに比べて、リラックスしているH.A.R.M.S.やはり空気が違う。
「流石に小銃を使うのは初めてでしょう」
これは先の"慣れている"発言を受けての、自衛隊員のジョークだ。
琉璃ちゃんは「始めてです」と可愛く答えたが、どう考えても言葉の頭の「89式は」を省いたに過ぎないだろう。
銃口管理に関して口を酸っぱくして説明される。これに、アイドルは戦慄する。
模擬銃を渡され、流石のアイドルは「重い!」「むっちゃどっしりしてる」と訴えるが、転生者は慣れたものだ。絶対に初めてではない持ち方である。
「サバゲーとかやるんですよー」
とさらりと言うけど、実に白々しい。
その危なげない様子に、自衛隊員の表情が緩やかだ。
一方、アイドルの方はあんだけ言われている、銃口を人に向けるなとか、トリガーに指を掛けるなとやって叱られる。
余りにも叱るものだから、泣き出す子まで出てくる。
転生者は冷めたものである。
射撃場に移り、バイポットを立てて固定してある小銃を撃つということをする。
ここでH.A.R.M.S.にあっさり命中されてしまっては話にならないので、今になっては可哀想としか言えない女の子達が並んで射撃を開始する。
イヤーマフをしているが、その音の大きさ、衝撃に驚く。またしても涙ぐむ子が出てくる。
こんなにも泣いてたら"ぶってる"ように思われそうだが、割とマジでビビっていたらしい。
当然と言うとアレだけど、殆ど命中していない。
それで転生者の番だ。
隊員が「銃身が安定している」と評価しているが、もしかしなくてもこの駐屯地の誰よりも命中している筈だ。
集弾性の限界ぐらいで正鵠を捉えているが、篤稀ちゃんは空気を読んで「最初しか当たってないですね」と笑った。
その場にいて、その場の誰もが「そんな訳ないだろう」と引き気味になったが、誰一人として篤稀ちゃんを訂正しようとはしなかった。
最後に、女の子たちが感想を言う。
概ね、国民を守る為にハードなトレーニングと危険を冒している自衛隊員には頭が上がらないと言う内容だった。
流石にH.A.R.M.S.も小銃の評価とか、訓練の内容とか、そういう話は出来ないだろう。
相手アイドルのマネをして、銃が重たくって狙うのが難しかったとか、護身術をしっかり覚える必要がありますねとか、そんな嘘くさいコメントをした。
さて、応対した自衛隊員は舌を巻いたばかりであるが、上の方は彼女たちの正体を知っている。なので、この報告が上に上がると、ニンマリして横伝いに面白エピソードとして消化された。
この放送の翌日には、命ちゃんと初海ちゃんは特戦群相手の突入訓練をやることになっている。
「さぁ、"危害"を与えにやってきたよ」
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