0203 (暫く先の話)赤の場合

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0203

 転生者が政治に参加するようになってからどれぐらい経つだろうか。
 与党連立政権の中で、縦横無尽に活躍する不死者の支持は高く、そしてその支持を背景に様々な政策を実現していった。

 だが、この状況を面白く思わないのは、与野党の旧態依然の連中や、世襲議員達である。
 そこで特殊発生事象ニ関スル法を改正して、参政権を奪うどころか、行動まで制限しようと、動き始めたわけである。
 それは驚くべきスピードで審議され、今、"衆議院の賛成多数"で議決された。

 こんなに嫌われるのもしょうがない。
 いつだったか、さる大臣がある政策で数値目標を示したとき、その根拠を答えられなかったことがある。
「数値目標に根拠がないってどういうことですか、常軌を逸していますよ!
 高い目標を設定するのはいいとして、国際的な約束なのに、失敗したら"努力しただけエライでしょ?"と言う言い訳が立つとでも思ってるんですか?
 そんなもの、今時小学生でも通らないですよ。
 もっと合理的に考えて欲しいだけなんですよ!」
 と言って、その大臣を降ろしたことがあるし、太陽光発電が山谷の荒廃を招いていると言う話で、その効果を"計測できない"と返答されたとき、「効果が測定できないのを、何故効果があると判断したのですか?
 発電のメリットに対する、設置のデメリット、コストを考えれば概算ぐらいは出せないのですか? 単に設置すると言うだけで補助金を与えるから、こういう事態になったのではありませんか?
 発電施設を作るだけでCO2は出ますし、森林を伐採すればその分、固定されたCO2が発生したと同じなんですよ。暴風にて吹き飛ばされたり、土砂崩れが起きれば、それに対処するコストも発生するでしょう。
 それが削減するCO2や経済効果に見合っているかどうかと言うことですよ?
 それを計算することが不可能と言うのは、どういう発想なんですか?
 純粋に出来ないのであれば政府にその能力が足りていないのですから、即時改めるべきでしょうし、出来るのにしないのであれば怠慢ですし、敢えてしないのであれば不正でありましょう」
 と、これまた担当大臣を窮地に陥れた。
 こうも言うと与党にだけ嫌われるように思われるが、その一方、野党にも嫌われるような事を沢山している。
 報道規制に関して、「政府が甲の政策を採れば、やり過ぎだと言われ、反面乙の結果となれば手ぬるいのだと報道するのは、結局、どういう政策を望むのかと言う問題になる。
 本質的な問題として、どのような政策が望ましいのかと言う考えを前提として政府批判をするのは尤もであるし、闊達に受け入れるべきではありますが、批判を目的として、批判のために批判するという態度は受け入れがたい。
 必要なのは、個々の問題に対して、国民に資する考えは何であるかを検討することで、党派制を第一に考えるのは、先の戦争に於ける党利党略に傾倒した政治と何も変わらないのではないか?」と批判した。
 スパイ防止法に関しては、「国民の利益を損ない、国民を危険に曝す権利を権利として認めろと言うのは、そのうち、国民の命を諸外国に売り払う権利を認めろと言う事に繋がる。
 権利や自由というのは、無限大に広がるのではなく、各々の人間の権利との境界を設けるべきであり、声の大きな人間ほどそれを大きく主張してよいと言う考えは、自由を愛し、権利を求める精神に反する」とまで反論する。
 これで我々を嫌わない政治家は政治家をやるよりか、実業家をした方がいいとまで言われた。

 さて、我々は我々を縛る動きに手をこまねいていたわけではない。
 迅速に準備を進め、"期日"にきっちりと間に合わせた。
 それは議決の瞬間である。
 同時に、転生者と黒服により、国会と防衛省、警察庁、警視庁を襲撃、占拠した。
 転生者の数は、各々十人程度で実現してしまう。

 一方、このタイミングで学校に乗り込もうとしていた自衛隊の普通科一個大隊を前に、桃花ちゃんと蛍ちゃんの二人で対処する。
 学校へと至る坂道、車止めを並べ、二人は仁王立ちで立ち塞がる。
 73式大型トラックと警察のパトカーの車列が停止し、対峙する。
 多分偉い人なんだが、警察官が出てきて、二人に道を空けるよう、拡声器で訴える。最悪、実力行使も辞さないと言う。
「解散するのは貴方達の方ですよ。死にたくなかったら、実力行使なんてしない方がいいよ」
 二人のナメた態度に業を煮やしたのか、その警官は己の車列を背後に、一人前進した。
 その刹那である。桃花ちゃんが刀を抜いて、喉笛を切り裂く一ミリ手前で刃を止めた。
「私なら一分で十人、二十人は斬れる。道を骸の山にしたくなくば、消え去れ」
 そう言うと、刀を収めて、警官に背を向ける。
 直後、彼は拳銃を抜いた――抜こうとしたと言うのが正解か。
 次の瞬間には、その手は宙を舞っていた。
「次は首が落ちるぞ」
 その頃には、この大隊にも、防衛省占拠の報が入る。

 国会では、占拠の様子が中継されている。
 尤も、陽ちゃんが総理大臣に「時代が時代なら縛り首だよ?」と耳打ちしたのは流れなかった。
 そして、羊子さんが成山町並びに南部地区の国家独立を宣言する。

 荒唐無稽だ。
 だが、指定された自治体の首長は片っ端から独立を支持するし、その新国家自体を世界各国がそれを承認する。いの一番にアメリカ、ロシア、中国、EU、それから期を見て各地域の国々が独立を認めた。
 特にアメリカは夜中だというのに、反応がいち早かった。それが既定路線だったと印象づけるのに、行き過ぎると言う事はない。
「誰が根回しもせずにクーデターなんてやるかよ」
 総理大臣はうなだれた。

 それから米軍が介入するかどうかと言う話になる。
 それを背景に、参議院議員が集まり独立を無条件に認めざるを得なくなった。
 ウン十年ぶり二度目の無条件降伏だ。
 対象になったのは、A県39市町村とB県の3市町のとなった。人口600万人の新国家である。成山町から南、港から国際空港に至る範囲だ。
 国作りに纏わるスタッフも国連から派遣される。
 域内の大企業は、これも根回し済みで皆、この事態を歓迎した。
 国民は半年の猶予期間を経て、新国家の国民となるか、日本国国民となるかを選ぶ事となる。その間に、新憲法の制定と法整備を行う。
 人材は豊富だ。学校を卒業した生徒や世話をした官僚が集まってくる。
 逆に、使える人材ほど逃げ出した日本の方の運営が、逆に上手く行かなくなるまであった。
 ひとまず、日本との国境管理は基本的に行わず、関税もとらないことにした。
 これは、市民に対する影響が大きいというのもあるが、長い国境線をこの人数で管理するのは現実的ではないからだ。
 新国家の生活は、実はそんなに前と変わらない。憲法で謳う理想は大きく変わっていないし、法律の多くは前国家を継承する。
 当面の越境通勤通学は、何の問題もなく行われる。しかし、遠からず新通貨が発行されるので、そこで一悶着あるに違いない。専門家でなくても多くの問題が頭に浮かぶ。
 県議会は解散になり、市町村議会は継続。国家元首を決める選挙も行われる。
 国連加盟に向けて動く必要もある。世界各国に在外公館を用意しなくてはならない。
「国を運営するってやりたくないんだよね。高コストでしょ? 日本国にただ乗りしてた方が楽だったよ」
 とは羊子さんの言である。
 そんなぼやきもありながら、やっぱり自分の手に権威と権力があると嬉しいのだ。それは嘗て権力者であった性であろう。

 それから数年経ち、名目GDPが60兆円を超え、人口も850万人を超える。一人当たりのGDPは7万USD超である。
 一方、日本は我々がよかれと思った政策をすぐに反故にし、復古し、利権化した。反動保守政権は国家を混沌に押し戻し、経済は再び停滞した。
 我が国との経済格差が広がっていき、やがて日本国は我々を敵視するようになる。
 あの戦争でそうであったように、己の支持の為に外敵を作り喧伝し、怒りを共有するというやり方だ。

 今の所、テロ未遂がちょこちょこ起きているので、報復処置として関係者の暗殺を進めている。
 当該組織への掃討作戦は実行不可能ではないが、それは暗に作りたくない敵テロリストを生むだけだ。責任者のみ死んで貰えば構わない。
 そんな事情で、昨今の日本の防衛大臣や事務次官は"殉職候補生"と呼ばれるようになった。
 尤も、証拠は残していないので、我々はシラを切り続けている。
 彼等は、我々に対してそれ以外のコミュニケーション手段がないように思える。
 国境紛争を行っているあらゆる国を笑えない状況になっているのは、非常に心苦しい。
 遠からず、それ以外の"偉い奴"をランダムで殺す戦略へと振り返るだろう。
 身代わりナシで、自分が死ぬ可能性があるのであれば、これ以上強硬政策を採らないだろう。然もなくば"隠し事なしの"戦争となるか。戦争で死ぬのは指導者だけでいい。我々は外敵を作らなくても支持されるので。

 一方、日本から押し寄せる難民や出稼ぎは、日を追う毎に増えている――それが安い労働者として一部で重宝されている。嘗て技術実習生として使っていたような事態である。臍を噛むが、こればかりはどうしようもならない。彼等は我が国で稼いだお金を国外で使用する。労働環境のただ乗りと言える。
 川や山を一つ越えるだけで生活水準が歴然として違うので、彼等が我々の国民になろうとはしないだろうし、なったとしても、家族への送金をやめる事はないだろう。
 テロ未遂事件を契機に、国境管理を行おうという意見も、国民の中から出始めている。

 政治が、国民の生活よりも優先順位の高い問題であると思っている以上、あの国が良くなることはないだろう。
 為政者が、国民の命よりも、自分の懐に入るカネの事を心配している以上、あの国の国民が報われることはないだろう。

 そこまで偉そうに言うけれど、我が国も確かに問題のある国家体制である。
 自由選挙と言いつつ、世代交代をしない我々転生者は、事実上、独裁政権を永遠に保つことが出来る。
 野党も当然存在しているが、野党に求められる水準は非常に高いので、世迷い言で議員給与を詐取する事は許されない。
 その事が、議員給与の水準を上げるので、それが一つの批判になる。
 議員の給与が高いのは悪い事ではない。給与が低くなると、その議員は他の方法にて自分の利益を得ようとする。一言で言えば汚職が蔓延する。
 また、お金に余裕のない人は議員職になる事が出来なくなる。貧乏人の代表がいない議会が、貧乏人のために仕事をするはずがない。
 しかし、そうもなると、議員になると言うことが目的となる山師が沢山近付いてくる。
 それを一々調べて、仲間にするかどうかを決めるのだ。諜報部隊の負担がなおも増える。
 そして、そういう我々の活動が秘密警察と呼ばれるようになるのに、大した時間を要しなかった。
 所謂、お洒落独裁国家、明るい独裁政権と言う訳である。

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