0193
「あーん、また君か。何の用? こっちは、あの一件から色々大変なんだよ」
お店に藤田がやってきたのだ。
「今日はメイド服じゃないんですね」
黄色の場合からこっち、不死者がいると聞きつけた客が、私の職場に大勢やってきた。
これじゃぁ、本業が追いつかない。そんなものだから、"馴染みの客"以外は接客しないようにした。
「この店便利だったんだけどなぁ……まぁいいや。
それで、今日は何? 愚痴りに来た?」
私が尋ねると、若者というか子供っぽい笑顔で、「そうですねぇ。実際愚痴りに来ました」と答えた。
「えー、そう言うの余所でやってよ」
私がうんざりした顔を見せるが、肝は据わってきているらしくて、同じ明るさの笑顔での返す刀が、「編集長が、俺が言うより瀧さんに聞いた方が言うこと聞くだろうって」だったのだ。
「あんた、それ、軽く馬鹿にされてるからね?
あー、うん。まぁ、編集長がそう言うなら仕方ないか。
少しぐらい聞いてあげよう」
古い付き合いだし、編集長も可愛がっているのだろう。
「他の記者の話ですけど、行動党の記者会見で、"君の意見に価値はない。データとエビデンスだけを世の中に提供するのが貴方達の使命でしょう"って言われてて、そういうのどうなのかなぁって」
この前のニュースで、羊子ちゃんが言っていた話だな。
「どうなのかなぁって、あんた、自分の意見ってどのレベルで言ってるの?」
「どのレベルって?」
藤田がきょとんとする。
「単に、自分の見識の範囲であれがいい、これが駄目って言ってるようなのを、自分は記者様だから新聞とか雑誌とかに載っけちゃってもいいんだぞって思ってたら、そりゃぁ羊子ちゃんイラっと来るだろうね」
「うーん。それだったら、記者の価値ってあるのかなって」
「そりゃぁあるでしょうよ。正確なエビデンスを掴む必要あるし、情報源が嘘を吐く可能性もフィルタリングしなくちゃならないし、データ集めるのも一仕事なんだからさ。
そして、世の中の不正とか悪事ってエビデンス隠そうとするじゃない? それを掘り起こすのも苦労するでしょうに。
ジャーナリズムの専門性って本当は、そういう仕事なんじゃない? 表向きはね。
私は、希望を語らないから、そういうキラッキラなジャーナリストばかりじゃないなと思ってるよ。
報道が既に権力構造の中に組み込まれているんだから、その権力の中でどう上手く立ち回れるかなんじゃないかな?
例えば、問題の記者は羊子ちゃんを怒らせて、じゃぁ、どういう記事を書くの? そして、その記事が出て喜ぶのはだれだろう? って考えないとね。
要は、君がどの勝ち馬に乗りたいか、そしてその上でどうやって推しを勝たせるかじゃないかな?
それは私達でもいいし、旧態依然の政治でもいいし、中国や韓国、或いはアメリカでもいいんじゃないかな?
まぁ、露骨なポジショニングは"そういう記者"って思われて、タダの道具に成り下がるんだろうけど」
「それなんですけど、誰かの都合のために記事を書くのは嫌だなって」
言いにくそうな様子でもじもじとしている。
「真っ直ぐだねぇ。
いいんじゃないの? そういう志を持つのは。
そういう立派な記者も偶にはいるし、新しい子が入るのは、一般市民的には大歓迎だよ。でも、しんどいよ。
人は、色を見たがるからね。
例えば、君が稜邦の得になる記事を書いたとして、そのあと、稜邦の損になる記事を上手く書けるかな? 損になりますよって言って取材する?
そして、首尾良く書けたとして、それ見る人は、君の記事を素直に読むかな?
真っ直ぐにキラキラな記事を書くって、そういうバランス感覚も必要だよ。
権力に迎合しないって方針はいい方針に見えて、反権力を是としてそれを目的に記事を書くようになっちゃう人いっぱいいるでしょ? 多分、学生の頃はもっとまともな事考えていたのかもなぁ」
私は、色んな記者の名前を思い浮かべていた。
「なれるでしょうか?」
怖ず怖ずと尋ねる。
「えー、そういう事まで私が言わなくちゃならない?
うーん。まぁ、慎重にやっていくしかないんじゃない?
自分の事をきちんと点検して、ドジ踏まないようにしてさ」
「そういうものでしょうか……」
「君は慎重だから、失敗しなきゃなれるさ」
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