0180 磐崎の日常

ページ名:0180 磐崎の日常

0180

 四交代制七時間勤務という変則的な勤務は、引き継ぎを疎かにしてはならないと言うのと、ラップしている前後一時間は忙しい時間だと言う所にある。
 システムや設備保全、整備担当のある班は殆どどの時間の勤務も整備に回される。設備課の連中は二、三勤が多いので、この辺は例外だ。
 何でも屋の俺は、掃除か警備か雑用かだ。警備も警備室に駐在していて、交代があれば校内設備の見回りだ。あとは各班が定期交信をするぐらいか。

 今日は二勤だ。そして、最初は搬入関連の仕事だ。
 色々な業者の出入りがある。出入りの担当者は基本的に決まった人間がローテーションで来るようにしてある。イレギュラーを避ける為である。
 トラックも業者の人間そのものも、立ち入れる場所を制限してある。
 トラックヤードとトイレと休憩室(ルールが厳しいけれど、シャワーなどを用意してあるのでそれなりに喜ばれている)、あと打ち合わせルームが、独立したブロックになっている。
 但し、記録機器の持ち込み禁止は勿論、携帯電話の通話通信も禁止してあるので、のんびりは出来ないのが不評ではある。

 時間を追う毎にトラックが次々にやってくる。
 牛乳屋さんや豆腐屋さん、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん、その他問屋さん……基本は近所のところにお願いしてある。
 ゲートをくぐる時に、登録した時以外の装置がないかをチェックする。
 トラックヤード付近は無線封鎖をお願いしてあり、怪しい通信は必ずチェックし通信主を見つけ出す徹底ぶりである。なので、慣れない人は緊張しっぱなしである。
 そういう人に声を掛けて慣れて貰うのも我々の仕事か。変な様子があればチェックが入るし、何か脅されるとかそういう事があれば、そこで話を聞けるのだ。

「お、四代目、調子はどーっすか?」
「あ、磐田さん。お疲れ様です」
「こちらこそご苦労様っす。校内の別な店で揚げ出し豆腐が評判だって聞きましたね」
「そうですか、それはよかった。
 そういえば、またテレビ局がちょこちょこ取材してるみたいですね。どこも断ってるみたいですけど」
「またっすか。弱りましたな……こっちでも動いてみますわ」

 そんな感じのやり取りで、周辺地域の情報も手に入れている。
 購買や食堂に卸す商品は、概ね午前中に済むが、半端な時間に出入りする業者もある。搬入自体は何時でもあるものだ。
 朝の仕事が終わったら、巡回の交代だ。
 幾つかあるコースの一つを巡回する。消防設備の点検や、防犯設備の点検、柵や塀なども確認しながら進む。
 何かあった時、外部に一番最初に接触するのは我々なので、気は抜けない。そして、装備は防弾チョッキと拳銃なので殆ど無防備だ。

「磐崎くーん! ジンくーん!」
 八事さんが遠くから手を振って駆け寄ってくる。
「今日は山水亭の職員感謝デーだよ。行くでしょ?」
「俺は用事があるからなぁ」
 ジンが断る。俺はどっちでもよかった。
「どうでしょうね……って言うかそれ、他の職員に会う度言ってるでしょ? 御堂さん大忙しになりませんか?」
「へへ、そうだけどね。でも行くなら中隊長も行くみたいだから気をつけてね?」
「別に何もやらかしてませんよ?」
「どうでしょう?」
 意味深な事をいいながら彼女は去っていった。

 一時間ほどで巡回して、別の班と交代して一時間詰め所でまったりだ。
 勿論、正面玄関から入ってくる業者やら訪問者やらの対応をすることになる。

「兼ヶ渕先生、今日の昼から、浅黄へのアポですね」
「久し振りにここの食堂に入りたくてね。毎日あんな料理が食べられて君たちも羨ましいよ」
「シェフも喜びます」

 財界の重鎮である兼ヶ渕亘である。半ば隠居しているので、しばしば学校で茶飲み話をしに来るのだ。
 勿論、無意味な会議を嫌う校風にあって、それは御法度だ。それ故、彼は毎回何かしら土産話を持ってくる。それが地味に大きな情報源になっているという。
 好好爺と言った出で立ちだ。入門の手続きに慣れているので、こちらの仕事も楽でいい。

「浅黄を寄越しましょうか?」
「いや、食堂まで行っていると伝えてくれ。若さを補給しておきたいしな」
 確かに九十手前にして矍鑠とした身のこなしは、校内で若さに触れているからかもしれない。

 お付きの運転手は待機駐車場へと誘導する。
「駐車場に弁当一つ追加っと。今日は天麩羅弁当か」
 端末に入力して手配を済ますと、ジンから声を掛けられる。
「磐崎、お前、昼どうする?」
 二勤は、十二時に退勤となるが、十二時は生徒が優先的に食事をする時間だ。食堂の弁当を手配して兵舎で食べるか、購買で買い出すか、然もなくば十三時頃まで我慢するかとなる。所帯持ちは家に帰ると言う手もあるが、それはまだ先の話だ。
「俺は……購買行くか」

 十二時前に交代の引き継ぎをして、着替えを済ませて退勤である。"着替えの時まで業務時間だからな"と言う話を普通に受け入れているが、俺は禄に会社で仕事をしたことはないのでよく分からない。

 購買まで歩く途中で目と艮のコンビに出逢う。
「やぁ、磐崎くん。今日は退勤かな?」
 目さんが尋ねる。
「ですね。メシ買い出しにいくとこです」
 すかさず艮さんが追加の質問だ。
「食堂いかないの?」
「女子中学生に混ざって食べる度胸はありませんよ」
 さらりと答えるとしつこく食い下がられる。
「守ちゃんと一緒ならいいんじゃない?」
 割と天然な質問に困らされる。
「な! そんな、無理ですよ!」
 俺のあからさまな反応は、目さんには面白いらしくて、「ウブな反応だねぇ。昨日今日の仲じゃないのに」などと茶化される。
「あんたたちの適応力が高すぎるだけです」
「それって褒めてるの?」
 艮さんがまた天然っぽい質問をしてくる。これは終わらないな。
「そんなこと言ってないで、昼休みなくなりますよ?」
「そーだねー。律ちゃんいこー」

 漸く解放されて、購買に入る。
 入ってすぐの野菜コーナーで、只見さんが難しい顔をしている。
「どうしたんですか?」
「あともう一品足りないなぁって思ってるんだけど、何がいいだろう?」
 俺の視線の先に蓮根が映ったので、「蓮根の挟み揚げは?」と、思いつきで口走ると、「あ、それいいねぇ」と蓮根を探し始めた。
「あそこにありますよ」
 視線の先を指さすと、「助かったー。今日、職員感謝デーなんで是非来てくださいね。ドリンク半額ですよ!」と今日のお店に誘われてしまった。
 中隊長が来ると聞いているし、ちょっと行く気が萎えていたところなのに……

 店に行くとして、店の時間まで暇だな。
 取り敢えず兵舎に戻るか。

 兵舎に戻り、昼飯を食っていると、カズマが声を掛けてきた。射撃訓練をするから付き合ってくれと言うものだった。
「学校の授業はどうするんだ?」
「課題片付けたからいいんだよ」
「さよか」
 少年の向上心を削ぐのはよくないと思ったし、どーせ暇なので、「放課後までな」と了承した。

「もっと腰入れろ。当たるようになるまで格好付けようと思うな」
 真面目に指導してみるのも楽しい。
 休憩の時、場を和まそうと「中本さんとはどうなんだ?」なんて質問をする。すると「またその質問か」と言う顔をされた。
「ここの人、そう言う話題好きですね。生徒も職員も」
「そりゃぁ、そうだろう。気になるさ」
 すると、真剣な顔をして続けた。
「なんていうか、まだあの子が歳を取らないって実感が湧かなくて」
「そのうち嫌でも湧く」
「じゃぁ、それまでは普通に付き合えますね」
 大した奴だ。
「お前、大人でもそこまで割り切れないぞ」
 そう言うと、「えへへ」と笑ってまた射撃訓練を続けた。

 終業のチャイムが鳴りカズマは去っていった。今日は四勤なので仮眠をするそうだ。
 俺は、開店までの三十分をどうしようか。
 ラウンジでゴロゴロしていたら俺まで眠くなってきた。

 はっと気付くと、六時過ぎていた。
 まぁいいかと店へと向かう。

「先生お上手ですね」
 兼ヶ渕先生は一人で店に入っているようだった。それで御堂さんと話が盛り上がっている。
 入り込めそうな隙間があるかな? と思っていると、中隊長が「お、磐崎、丁度良いところに来た。こっちに来い」と場所を空けて待ち構えた。
 やっちまったなぁと思ったが、帰るわけにはいくまい。
「アサヒ大瓶。あと揚げ出し豆腐と蓮根の挟み揚げ」
「はーい」
 注文を済ますと、早速中隊長が絡み始めた。
「お前、風山さんに気に入られてるじゃねぇか」
「腐れ縁ですよ」
 なるほど、覚悟しろって言うのはこのことか……
「そう言うのなんで気にしますかね?」
 俺がうざったそうに答えると、「そらぁ、ここの職員で気にならない奴はいねぇだろう。違うか?」
 デジャブを感じたが、それをここで口にしても仕方ないか。
「風山さんの事をどうこう思っていていい時期は終わりましたよ」
「そう思うんなら、女でも作ればいいだろう。身持ちを固めればあの子も気を遣ってだなぁ……」
 腹が立ったので、話をぶった切って苦情を申し立てる。
「いや、そう言うのとかナシじゃないですか? 別に情けを掛けて貰ってる訳じゃないし、単に俺がいじられるの見て楽しんでるだけですよ」
「悲しいこと言ってくれるなぁ」
「案外慣れるものですよ」
 自分だって人の事言えた義理じゃないくせに。

 それから仕事のこととかカズマの事とか、色々しゃべり倒した挙げ句に、「酔いが回った」と帰っていった。
「磐崎さんも大変ですねぇ」
 只見さんに同情される。
「これも仕事のウチさ」
「あ、サラリーマンっぽい」
 そんなことで笑っていると、美味い酒が飲めるものだ。

 振り向けば、一之沢さんが兼ヶ渕先生に絡んでいる。
「ウチの中功も若干老害が入っていていきませんわぁ。
 先生も何か言ってやってくださいよ」
 あの人も大概怖いもの知らずだな。
「ちさとちゃん、ヒプノティック・マティーニ!」
「飲み過ぎじゃない?」
 御堂さんが心配している。
 いいなぁ、こういう雰囲気。

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