0161
「えー! また!? 他の子じゃだめなの!?」
大山田晄平をまた警護しなくてはならないらしい。
件の親が、また別の問題で忙殺されているという。
「また説明するの面倒くさいでしょ? 今回はすぐの予定だから、ね?」
仕事となれば仕方ない。またあの勘違いのガキの相手をしなければならないのか……。
と、言う訳で、あの中学校にまた通い始めた。
彼とは素で話せるから少しは気が楽だ――彼の心労に関しては配慮しない。
彼も彼で、あの事件の後、色々思う所はあったようで、もやもやした生活をしていたようだ。
「また来ちゃった」の私の言葉に、正直喜んで良いのか分からない顔をしていた。
問題は、彼の事を気にしている女の子の存在だ。
井手口さんと言う子で、まぁ可愛いし、お似合いなんじゃないの? とは思える。
とは言え、彼女、若干ストーカー気質な所があって、私が彼と一緒にいると、ぬっと顔を出すところがある。
私は相変わらず、クラスの中では感じの良い子で通っている。だが、私をいじめようとした子の処遇から考えると、恐ろしい子と思っている人は多い。だから、それとくっついている晄平くんは、女子にとって腫れ物を触るような状態にある。
それでも男友達は多い方なので、週末遊びに誘われる。
それを私が嫌な顔をすると言うパターンがあって、「束縛する女が好きなのか?」と言われているらしい。
やっぱり警護、私じゃない方が楽だったんじゃない?
妙に重たい気持ちのまま、今日も対象者と下校である。そこに井手口さんがくっついて来ると言う面倒くさい状態。
そして、そういう時に限って、襲撃は起こる。
ドアを空けたままのバンが、するりと私達の横に侵入してくる。
太股から拳銃を取りだす。
中の一人にノータイムで三発撃ち込む。
同時に、晄平くんを引っ張り戻す。
車は急加速で逃げていった。
すかさず、私は支援の小隊に連絡を入れる。
それで振り返ると、二人が固まっている。
「まぁ、そうなるよね……」
明らかに一人死んでたしなぁ。
「今のは見なかった。いいね?」
そうは言ってみたものの……
結局、井手口さんを連れて、家に引っ張って行くしかなかった。
井手口さんは両手を組んで「説明してくれる?」みたいな態度でいる。
「悪いけど、私、貴方に説明しなくちゃいけない義理はないんだよね。
今回の件、見なかったことにしないって言うなら、セメントの中で冷たくなって貰うしか選択しかないし」
私がはっきりと言うと、晄平くんは「そんなこと言うなよ!」と怒鳴った。
私は大きな溜息を吐いて言う。
「前にも話したけど、私にとって重要なのは任務の達成であって、貴方達とお友達ごっこすることじゃないんだよね。
その障害になるなら、誰でも排除するし、私の秘密が暴露される危険性があるなら、それも当然排除する。
今までそうやってきたし、これからもそうするだけだからね。
私が聞きたいのは、ハイかイエスしかないよ。
君が、晄平くんのことを好きなのは分かるし、別に私、この人のこと好きって訳じゃないから、私が去った後に好きにすればいいよ。
今度こそ終わりのつもりだし。
貴方の懸念って本当はそこでしょ?」
そこまで言うと、二人は息を呑み、そして頷くしかなかった。
それから、適当にお茶を入れて落ち着いて貰う。
なのだが、今度は別のクラスメートが誘拐されたと言う情報が、本部より入る。
先回と今回、両方とも車の追跡は成功している――そして、どうも同じ方向に向かっているらしい。
面倒くさいなぁ。この後の展開が。
「もし、明日私の事が噂になってたら、問答無用で記憶処理剤をブチ込むからね」
私の脅しが利いたかどうかは知らないが、彼女は緊張した面持ちで帰っていった。
翌日広まっていたのは、誘拐の話だ。
我々の観察以外でも、犯行現場を見た者がいたようだ。警察が沢山いて物々しい。全校生徒が親同伴で登校した。
晄平くんは、私に何か言いたいようであったが、どうせ思った通りなので無視した。
我々は、タクシーを使って学校に行くことで、親同伴という要請をクリアした。
学校でみんなが誘拐された子の心配をしていたり、外が怖いという話をしている。私も話に乗っかっておく。
そうしていると、井手口さんが私を引っ張って行こうとする。
晄平くんも何を言いたいのか分かっていたのか、同行しようとするのだ。
「ちょっと待って、どうしたいの?」
私が言うと、「どうしたいって……ここじゃマズイでしょ?」と答えられる。
「マズイ話はしたくないなぁ」
なんてちょっと戯けてみせたが、空きの相談室に三人で入る事になった。
「蛍さん……ひょっとして?」
「私は何も関係してないし、何もしません!」
私は耳を塞ぐ。
「絶対に、晄平くんの事、関係しているよね?」
「関係していたとしてどうするの? 私に助けに行けって? 誰がその費用出すの? 私、これでもお金貰って仕事してるんだよね」
「だって、友達でしょ!」
井手口さんが叫ぶ。
「そんなに友達だって思うなら、自分で助けに行ったら? 私は友達だと思ってないしね。
大体、貴方、自分が言ってる事が無茶苦茶だって思わない? 貴方が私の事をよしんば友達だと思っているとして、その友達を危険な現場に行かしたいの? ちょっと、そういうの身勝手かなぁ」
「身勝手はどっちだよ」
晄平くんが苛立たしそうにしている。
「私のお仕事は、貴方の親御さんから請けているだけだからね。前にも言ったと思うけど、勘違いしないで。敢えてここで勝手って言うなら、それは貴方の親御さんが、貴方に対してしてることだからね。
この前の件だって、君が警察か何かの警護対象になっていれば、私、こんな面倒な仕事しなくて済んだからね? それが教育上よくないってんで、私、ここに来て、君と暮らしているだけだからね。本当に、そこ勘違いしないでね」
高圧的に反論しても、なおも食い下がる。
「でも、俺の所為で掠われてるんだよね? この一件と無関係って言えるのかよ?」
「私が、ここで彼女を助けたとすると、彼女の誘拐は脅迫として有効だったって事を意味するでしょ? そうなると、今度はもう、この学校の生徒全部が誘拐の対象になるよ? そうなったら、もう、私、そんなの守れないからね?」
「そんなの、犯人全員どうにかしちゃえば……」
晄平くんがぼそっと言う。
「あんたねぇ。私がカジュアルに人殺してるように見える?
相手が、なんでそういう事する因果なのか知らないけど、それでも人が一人、私の目の前で死ぬんだからね? 自分の手を汚す覚悟もない奴が、簡単に人を殺せって言わないでね」
私が叱ってやると、流石に黙った。
そんな調子で一日は過ぎていく。他の子の方は事情を知らないだけ優しくしてくれる。
下校時間になる。親が迎えに来たり、タクシーを手配したりと、皆慌ただしい。
私も晄平くんも体裁を保つ為にタクシーを呼ぼうとすると、目の前に稜邦の車が現われた。
「つっこ? なんで?」
車に乗っていたのは月子であった。
「事情は話すから、車に乗って。
あ、あと、後ろの彼女もね」
井手口さんまでついて来ることになった。
「手短に言うと、誘拐された子、そこそこ偉いさんの親類です。
なので、一気に両方襲撃して一発で解決します」
月子がフフンと言う顔をしている。
「はぁ? それなら誘拐の方は警察に任せればいいじゃない?」
「メインの方が解決して、子供が必要ないってなったら、誘拐の実行犯どうするでしょうね? 警察なら解決に時間掛かるし」
そう言われればそうだ。誘拐の事実をなかったことにしてしまえばいいのだから。
「それなら仕方ないけど、本丸攻め落とせるの?」
「問題ないよ。明朝、特捜部が強制捜査に出るからね。
あとは、それまでに不届き者を片っ端からやっつけるって算段です」
「やっぱ思うけど、それ、私達必要?」
一切合切を警察に任せるわけにはいかないのだろうか?
「あれでも剣菱関連の人間が顔出してるからね……それが武装してたらマズイっしょ」
どうあっても楽させてくれないらしい。
「面倒だなぁ……」
とぼやくと、「私、本丸落とすから、蛍は誘拐の方解決して」なんて言われる。
「はぁ?」
私があからさまに嫌な顔をすると、「知らない女に助けられるより、顔見知りに助けられる方が安心できるでしょ」と笑われる。
「顔見知りの女が、日本刀で攻め込んでくる方が嫌でしょ」
「ほらほら、みんなの期待があるんだし、つべこべ言わない」
月子に背中を押されてしまった。そして、二人の期待する顔がある。
「今回も、私、人を殺す可能性あるから、その辺軽く見ないでね」
私が二人に釘を刺すと、「そうやって脅さない」と月子からの苦情が来た。
「じゃぁ、学校でね。つっこ」
そう言って、私と二人は車を降りた。
降りた先で、別の小隊と合流する。そして、誘拐犯のアジトへ向かうのだ。
「学校って言ってましたけど?」
井手口さんが恐る恐る質問した。
余計な事を言ったなと思ったし、顔にもそれが出てただろう。
「そう。この世界には、人殺しの学校があってね。恵まれない子が、生きるために人殺しを学んでるんだよ」
私がシレっと適当な事を言うと、二人は息を呑んだ。
「嘘に決まってるでしょ」
二人が固まっている。
「そういう場合はね、学校なんて作らずに、死地に大量に送り込んで、生き残った奴だけを使うモノなの。
私はね、そんなに可哀想な境遇じゃないから安心して。つっこもね」
二人は半信半疑のような顔をするばかりだ。
現地に到着すると、日本刀を持って車を降りる。
「少し待ってて、すぐに帰ってくる」
そう言い残すと、相手は何か言おうとして何も言えないと言う態度でいた。
郊外の廃オフィスだ。入り口で見張りをしているらしい男を刀で脅して、室内に押し入る。
「死にたい奴以外は出て行け」
私の最後通牒はあまり意味がなかったらしく、みんなナメて掛かる。
最初の男の首の皮を軽く削ぐと、そいつは流石にビビって泣き言を言い出した。
そうもなると、他の連中は苛立ってくるし、埒もあかない。
仕方ないので、正面でオラついている頭の悪そうな男をさっさと斬り倒す。
最初の男は腰を抜かしてへたり込むし、他の連中は拳銃を抜いた。
「仕方ないね」
残りの連中をさっさと片付けた。
人質とご対面だ。
アイマスクを掛けられて、猿ぐつわをされている。
なので、感動のご対面はナシだ。
黒服に後処理を依頼して、私は車に戻る。
「この辺り、もう少しするとバタバタするから帰るよ」
二人は、状況を知りたかったようだから説教をする。
「要らない秘密を知ってたら、それを隠すのにコストが必要。
知っている事実は、我々が君たちを見る目を変えさせる。
平々凡々に暮らしたいなら、知らないって事は大切だよ」
井手口さんを送り、私達は家に戻る。
明日の授業が終われば私のお仕事は終了だ。
これにて、剣菱関連の七千億ほどの資産が保全される訳である。安い仕事だ。
その日は、誘拐された子が解放されたと言うニュースが放映された。
誘拐犯に関しては以前捜査中と言うが、遠からず捜査本部は解散だ。
晄平くんは、相変わらず緊張した面持ちで目の前に座っている。
「君はピュアだねぇ。普段から冒険を欲しているのに、いざ目の前にぶら下がっていると、物怖じしてしまう。二回もだ。
心配しないで、それが正常だから。
君は正常な判断のまま大人になって、普通の仕事に就きなさい。
私の背中なんて追いかけるとか思わないでね。後悔しかないから」
そうやって突き放すと、漸く決心が付いたのか、「俺は……宮柳さんの事が……」と、告白しようとする。
「詳しく言わないけど、私の事だけはやめておいた方が良い。
考えてもみなさいよ、中学生の身空で日本刀振るって何人もぶっ殺している女だよ。簡単に足を洗えるものじゃないし、その先、私を養える? 私、結構な高給取りだよ?
井手口さん良い子じゃない? 君に良い感じに惚れてるし、君もそんなに嫌いじゃないでしょ?
中学生には、中学生に見合った恋愛をしなさい」
彼は、奥歯を噛み締めたまま何も言えないでいた。
翌日の登校、急に転校が決まったと言う話をして頭を下げる。
白々しい「また会えるよね?」とか言う言葉を、こちらも白々しく「そうね、またね」と言う。
今度こそ連絡先を交換しようと言うので、捨てる側のスマホで連絡先を交換した。
晄平くんも、井手口さんも神妙な顔をしている。
「運が悪かったら、また会える時もあるでしょう」
二人の肩を叩いて、そして私は学校を後にした。
二、三歩歩いて思い立って、二人の元にとって返す。
「こうなるのが正解」
そういって、私は二人の手を握らせた。
そしてまた歩み出す。あの、喜ぶとも悲しむとも言えない笑顔で見送られて。
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