0160 東条アイリの父親にちさとが説教する

ページ名:0160 東条アイリの父親にちさとが説教する

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 漆谷さんが緊張した面持ちでお店に入ってきた。そして、一人の同年齢ぐらいの男の人、そして東条さんを連れてきたのだ。
 ああ、上司か何かだなと思った。
 その人は、常にむすっとしていて、自分の機嫌の悪さをアピールするような態度であった。
 どーせ、パワハラとか受けるんだろうと信じて疑わない私がいる。

 近頃の東条さんは、相変わらずの仕事だが、泣き出すこともなく、しんどそうな時はお店を出て散歩をしてから戻ってくる、そういう風に上手くやっていた。
 概ね、精神は安定しだしたんじゃないかと思う。

 今の彼女が詰められるのはつらいな――そういう事情で、私は普段よりも聞き耳を立てていた。時刻は昼過ぎ、有閑老人ばかりしかいない。
 断片的に聞くと、努力がどうとか、言い訳するなとか、そういう話であった。
 そして、遂に東条さんは泣き出した。

 お店としても、泣いている女の子がいると言うのは望ましくない。
「ちょっと! 貴方、何やってるんですか!?」
 私の声に、三人が目を見張った。
「東条さんはああ見えてもちゃんと努力してます。
 自分の病気に向き合って、前を向き始めたところなんです!」
 私が意見すると、「誰だね君は!」と叱られる。
「目の前で不当に詰められている人がいるなら、それは誰でも良いじゃないですか」
「お前に何が分かる。アイリはいつも嫌な事から逃げて努力をしない。挙げ句に言い訳だ」
「努力、努力って、努力が報われると言う考え方は、単に達成点を自分の都合に合わせて決めているだけじゃないですか、
 自分の理解を超える問題に対して、単に努力が足りないって言えば、それで真っ当な批判をしているつもりになってるだけじゃないんですか?
 世の中には報われない努力があるって理解しないと、人に優しくできないし、そうじゃないと世の中良くなりませんよ。
 第一、言い訳がどうと言うのもおかしな話じゃないですか。理由を聞いて、それが気に入らないから言い訳って言うんでしょ?
 結局、貴方がやりたいのは、彼女を屈服させたいだけじゃないですか?
 言い訳を禁じて、言い訳を言わなくなったら、それは単に貴方に対して何を言っても無駄だって思われただけって事ですよ? それが問題解決になったと思うのは、単に問題を見ないようにすれば、問題がなくなったと思うのと同じ愚かさではないですか?」
「年上に対して無礼な奴だな!」
 テーブルを叩いて立ち上がる。私は怯まずに立ち向かう。
「大体貴方、店に入ってきた時から不機嫌を装っていますよね? そういう態度をしていれば、他の人が妥協してくれると思ってるんですか?
 それを一般的に狡いって言うんですよ。
 無礼結構。貴方のような人に示す礼儀はありません。
 成熟した人間って言うのは、自分の機嫌ぐらい自分で整えるんですよ。
 結局貴方のやっている事は、我が儘を聞けとわんわん泣いている子供と同じです。
 自分の正しさを自分に言い聞かせる方法が、せいぜい自分自身が大人だと言う観念じゃないですか?
 単に歳を取ったと言うだけで、自分が敬われるようだと錯覚しているようなら、もう、それは老害以外の何者でもないですよ」

「不快だ! 全く不快だ!」
 そう叫ぶと、男は店を出て行った。
 東条さんは私に会釈すると、急いで追いかけていき、そして、それを追いかける漆谷さんは……私に捕まり、しっかりお会計を払わせた。

「あの人、東条くんの親父さんなんだよ……」
 複雑な表情をしながら呟いた。
「想像通り最低な人間ですね」
「そうも言うな。ああ見えて、俺よりもエラい」
「でしょうね? ああ言う安い自尊心嫌いです」
 私が吐き捨てると、「そうだろうな」と笑った。

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