0157 俊子が人生のことを考える

ページ名:0157 俊子が人生のことを考える

0157

 二年生の三学期ともなると、進路の話は俄然現実味を増す。
 カナちゃんも私も街の学校に行きたいと思っている……けど、流石に遠いか。私は、まだまだ漠然としていてはっきりとしない。
 我が家は基本女系家族だし、私が一人っ子という事もあり、しっかりしなさいと親から言われる。
 尤も、楓ちゃんのお陰で、家族からプレッシャーを掛けられるほどではない。
 それにしても、将来何になりたいかと言うことは考えられないでいる。
 カナちゃんは現役高校生プロ雀士を目指すと言っているが、冗談なのか本気なのかは分からない。
 あー、どうしたものだろう。取り敢えず、普通科の高校に通って、手堅い大学を出て……ぐらいだろうか? そのまま大人になって会社に入って、結婚して家に戻って。
 こういう時、そのようなライフプランが"自分を縛っている"と思えれば、もっと思い切った事も出来ただろうが、私はそういう生き方が存外悪いものだとは思っていない。
 むしろ、帰って来られる家があると言うのは、かなり幸運なことだ。
 これを言うと悪いが、お婆ちゃんやお母さんのように、遠縁からのお見合い結婚もよっぽど悪いものには思えないのだ。

 鬱々と考えていると、お母さんにちさとちゃんを呼んでくるようにせっつかれるのだ。
 去年の誘拐騒ぎの時、色々と有耶無耶になっていたが、最近になって親たちに事情が発覚してしまったのだ。非常に面倒くさい。
 差し当たり、ちさとちゃんに謝罪の気持ちを込めて夕飯を食べようという事になったのだ――この先の状況は見えていた。
 そして、その日が今日であるのだ。

 親戚筋の県会議員や警察署長も顔を出し始めた。
 こういうのが古い家の嫌なところである。何かとこういう集まりが発生する。
 堅苦しい挨拶も嫌なので、指示に従いちさとちゃんをお迎えに上がろうと言う気を起こした。
 ただ、こんなのちさとちゃんも喜ばないよなぁと思うと、心が重い。

 家は近くなのですぐに到着しちゃう。
 部屋に上がると、着替えの最中であった。
「ちさとちゃん、こういうのどう思う?」
 私の気持ちを共有したかったのだ。
「うーん、正直言うと面倒かな? でも、私の為にみんな動いてくれたんだし、それは仕方ないかな」
 大人の回答だ。
「こういうのがなければ最高なのに」
 冗談めかして言うと、同じく笑って返事が来る。
「贅沢な悩みめ!」
 そうなのだ。贅沢な悩みなのだ。
 私は、思い切って午前中に考えていた悩みを吐き出した。
「別に無理に悩む事を見つけなくてもいいんじゃない? 世の中、知っている事が得な事って沢山あるけど、そういう知識って、実は必要とされる機会がない事の方が幸せだったりするんだよね。
 例えば、凄いクズな人の見分け方って、実際にそういう人に遭遇して、色んなパターンを覚えて大人になっていく訳じゃない。
 でも、そういう人になんて遭遇しない方がいいに決まってる。
 どっちが偉いって話じゃないじゃない?
 進路のこと、悩みがないならもう、普通に流されちゃうのがいいんだよ。
 社会って、人間のタイプの標準偏差の真ん中ぐらいに照準を合わせて作ってあるんだよね。普通の体力のある人が登れる階段とか、普通の視力のある人が見えるように看板が用意してあるとかね。それと同じで、人生のモデルもそういう大多数の人の為に用意されているんだよ。
 作家とか音楽家とか芸術家とか、そういう一般から外れた生き方をする人にとっては窮屈かもしれないけど、そういうレールとか流れとか、そういうのが存在するのは、存在するなりの理由があるんだよ。
 一般から外れた目立つ人が、"流されるままじゃいけない!"って言い募るけど、そう言う人は一般的な生き方をする人に注目されるから生きていける訳でしょ? 矛盾しているよ。
 だから、流される事に苦痛がなければ、人生は流されるままに生きることが幸せなんだよ。
 人から立派だって言われる生き方って、人と違うからそう言われるだけで、毎日の幸せを大切にして、普通の暮らしを普通に一生懸命に生きる人の立派さって、見過ごされがちだよ。
 人と同じである事を恐れないで」
 ちさとちゃんには勝てそうもないな。


 家に着いたら着いたで、ちさとちゃんがもみくちゃにされる。
 偉い人に挨拶をして回る。どっちがゲストなのか分からないな。
 立派な大人が中学生に酌している姿はなかなか狂っている。
 こういうのを見ると、私は普通の暮らしを選んだ方がいいのかなと思えてきた。
 

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