「甲弩先生、"ご出張"ですか?」
ハンチントンは、甲弩の胸元に拳銃が隠されているのを察して問いかけた。
「前にやらかしてから、随分と地下に潜ってましたからね」
甲弩は、中央アジアのさる国の分離独立派と接触した一件から、あまり賑やかな事をしていなかった。
していないというよりも出来なかった。
それは、甲弩を監視する人間の動向もあるし、学校側もその動きを気にしていたからである。
「どなたか警護を頼んでいるんです?」
「いや、流石に金欠なんでね」
彼がどのように資金を得ていたかは謎だが、生徒を護衛に付けてドンパチやらせる程度には金回りは良かった――それが近頃はクライアントの動きもめっきり弱くなったのもあり、イマイチパッとしないのだ。
学校からそれらしい仕事を受ける事もあったが、それも前の一件から途切れているのだ。
ハンチントンは、それを知っていて心配なのだ。
「ちょっと遊びに行くようなものですよ」
街のホテルのロビーを訪れると、指定の椅子に座り、約束の時間を待つ。
新聞を読んでいると、背中合わせに男が座った。甲弩の入れ込んだ問題のステークホルダーの一人である。
「あんたの肩入れしてた分離派。評判悪いね。最近じゃリベラル派の新聞でさえも否定的な記事を書いてるじゃないか」
あの事件を切っ掛けとして、リーダーが失脚したのが原因だ。それから玉突きのようだった。
結局、緊急事態では、過激なことを言う人間が支持され、暴れたい人間をさせるがままにしてしまう。それが体制側の狙いでなかったらなんであろうか。
「僕としたことが、焼きが回りましたね」
あの事件も仕組まれた事と思えば、色々とすっきりする。
「あんたの身柄が危ないのは知ってるが、こんな国で動き回るには、やはり無理があるだろう」
元々はあれこれ動き回っていた人間だから、言いたい事は分かっている。
「僕は彼女たちを愛しているんでね」
彼がお誘いを断る常套句だ。
「ロリコン趣味に目覚めたか?」
「さぁ、どうでしょうね?」
そうやって笑ってみると、男は「何にしても気をつけたまえ、この件は終わったようなものだからね」と言い残して去っていった。
そうして、また次の待ち合わせ場所だ。
汚い廃工場である。郊外にあって、閉鎖されてから久しい。
「遅かったじゃないか」
彼が相手に気付いた刹那、胸に熱いものが突き刺さった気がした。
「小隊、展開しろ」
彼の動向はドローンによってモニターされていた。好感度マイクやガラスの振動の観察によって、話した事まで完全に記録されている。
勇結は黒服に指示して、彼を撃った相手の確保と、彼自身の保護に走らせた。
甲弩が目覚めたのは校内の医務課である。
メタルジャケットの強装弾は、ケブラーの防弾チョッキを貫通した。
悪運が強いのか、三発撃たれて、一つも致命傷にならなかったのだ。
勿論、四発目がなかったのは、黒服の突入があったからである。
「センセ、気がついた?」
燈理と勇結がベッドの脇にいた。
「どうしたんだい? そんな心配そうな顔して」
思いっきり強がってみると、二人は笑顔で答える。
「あんたがくたばると、社会科の授業が困るでしょ?」
「副業は禁止してないけど、仕事に穴開けないでくれる?」
こうも言われると、返事がしづらい。
「心配掛けて悪かったよ」
「一応、先生身内ですし、殺されたままと言うわけにもいかないですからね」
思ったよりも素直な言葉に驚いたので、「中本さん、もうちょっと嫌みを言ってもいいんですよ?」などと言ってみる。
「費用請求する人に、そんなに酷い事も言えないよ」
燈理が笑う。
「え、マジ?」
これは借金生活の流れだ。
「ただ働きできるほど、我々貴族じゃないんでね。
しっかり働いて返して貰うよ!」
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