ちさとのVTuberデビューは、一部の人間には衝撃的だった。
勿論それは、学校の生徒ではなく、半端に学校の動向を追っている人間である。
学校の事を知っている人間からすれば、あのような情報に価値はなく、学校もそれは認めているのだ。
そして、学校の事を全く知らない人間からすれば、あれは荒唐無稽なフィクションでしかない。
場所はテレビ大和報道局。
町田は報道局長の命令で稜邦中学を追っている。尤も、それは内々の話であり、局内に於いては単なる窓際の仕事と言う事になっている。
華やかな仕事をしている連中からは「あんな奴になるなよ」と後ろ指を指されるのが日課だ。
"××通りの襲撃、扶桑会議が警察関係者を襲撃する理由がイマイチだ。それ以上に、彼らにしてもそこいらの過激派にしても、煙幕を張って襲撃するなんて過去に一度も行っていない。
大体、視界不良の中で迷わず狙えるのは異常だ"
この問題は、彼を二ヶ月以上悩ませていた。
「町田サン……あんな事件にウラなんてないでしょ? 拳銃も出てきたし……」
彼は町田のアシスタントで、新卒の仰木だ。
「仰木、警察発表が全部ならマスコミの存在意義なんてないだろ?」
「でも、全部に疑っていたら何も出来ないでしょ? 陰謀論と何も違いませんよ」
「陰謀論は陰謀が暴かれるまで陰謀論なんだ」
仰木のことを鼻で笑って、町田は席を立った。
この件、警察は扶桑会議によると断定していて、それ以外のセンを疑わない。何と言っても、アジトから犯行に使われた拳銃が見つかったからである。
一方被害者の父親である警察官僚は、黙して何も語らない。何か言うことの一つぐらいあるだろうと。
「また例の組織が関わっているって言うんですか?
剣菱と繋がりのあるって言う」
陰謀論だと、仰木が揶揄する。
仰木の言い分としては、剣菱は大きな企業グループではあるが、旧四大財閥には及ばない規模である。今回の事件も、彼と剣菱との繋がりはないし、剣菱の得になることはない。扶桑会議が誇示行動の為に適当な警察官僚を殺したと見るのが正解らしく見える。
それに対して町田は、この事件を機にナリを潜めた猟奇的連続殺人事件が怪しいと言うのである。
仰木は偶然だと笑うが、町田はそれらしい状況証拠はあると言う。
「そういうと思って、俺が調べたんだが……殺された男の行動が、例の事件とリンクしているんだ」
「それは、殺された男からスタートしたからでしょ? 娼婦買いまくってる性欲お化けマン調べたら、みんな同じ行動パターンにならないっすか?」
仰木は、町田のことを馬鹿にしつつ、しかし、一応の上司であり先輩であるからしょうがなしに彼の取材に同行した。
彼がアポを取ったのは、件の射殺事件で、被害者のすぐ傍にいた男である。
「どーせ嘘だって言われそうだから言わなかったんだけど、横にいたの、中学生ぐらいの女の子だったんだよ。
横でただならぬ気配がしたから脇を見たら、煙に巻かれたんだけど、瞬間頭が見えた」
顔ははっきりとは覚えていないが、面通しされたら分かるだろうという。
仰木は、「そういうあやふやな証言が冤罪を生むんだよなぁ」と心の中で唱えながら、小柄な人間なら誰でも同じだろうと突っ込んだ。
だが、男は自分の証言を信じていたので、念を押して「見た」と言うのだ。
仰木は疑いの眼差しを向けていたが、町田は明るい返事で見送った。
「え、まさか、女子中学生が弾いたって思ってるんですか?」
驚いていると、町田は有無も言わさず、成山町へ出張だと言って、仰木を引っ張っていった。
「待ってくださいよ! 成山町ってどこっすか!? つか、明日予定があるんですけど!」
仰木のプライベートは犠牲にされた。
新幹線で移動して、街で一泊。翌朝レンタカーで郊外へ向けて走り出した。
仰木はスマホで色々と調べてみたが、ただの田舎町以上の情報を掴めなかった。
不満を漏らすと、「ま、それは着いてからのお楽しみだよ」と、国道をひた走った。
「町田さん、あのクソデカイ建物なんですか?」
奥の山の中腹に、街の規模に見合わないビル群が見えた来た。
町田は「中学校だよ」と笑うが、仰木は「そんなわけない」と反論した。
「稜邦中学校……」
町田のつぶやきをすかさず検索すると、情報らしい情報は出てこない。
なんなら地図を見ても中学校は出てこない。
「不思議だろ?」
その質問には同意も反対も出来なかった。
町田は山の麓の喫茶店に車を止める。
「あー、腹減りましたね」
仰木が素直な事を言っていると、町田は忠告する。
「そのスマホが大切なら、撮影や録音はしないことだ。
ウェイトレスに注意しろ。
自分の耳と目だけを頼りにするんだ」
仰木はディストピア小説みたいだと鼻で笑い、それならばとワザと忠告を無視して、レコーダーを走らせながら店に入る。
席に着くと早速ウェイトレスがやってきた。
「あ、お客さん、前にも何回かいらっしゃってますね? 出張か何かですか?」
「まぁ、そんなところだよ。あ、いや、研修に近いかな」
ウェイトレス若く小さく、言われれば中学生にも見えた。
仰木がそのことを町田に突っ込むと、「黙ってろ」と怖い顔をされる。
メニューを見ながら小声で会話をする。
「変な雰囲気っすね?」
「良い勘してるじゃないか」
町田が珍しく褒める。と、ウェイトレスが、町田の背後の席――仰木からは正面に見える席で会話を始めた。
「漆谷さん、暇なんですか? 東条さん一人でもいいじゃないですか?」
鷹揚としている中年の男と、社会人三年目ぐらいの神経質そうな顔の女だ。
「二人の顔を覚えておけ。あとで答え合わせをする」
仰木は不思議な環境と、町田のただならぬ気迫からか、それに素直に従った。
注文した海老ピラフと蛸のアラビアータが届く。
町田はそのタイミングを見計らって、ウェイトレスに話しかける。
「ところで……山の上の方の建物ってなんだろう? 毎度来て不思議に思うんだ」
「お客さん、出張先で聞かなかったんですか?」
ウェイトレスは笑いながら答える。
「剣菱テクノマテリアルって会社の研究所みたいですよ?」と笑った。
「前に、中学生ぐらいの子が出てきてたように見えたけど」
「アプローチの道が同じですからね」
そこまで答えると、彼女は別のテーブルへと向かっていった。
「可愛い声だろ?」
町田の囁きに、仰木は「そんなことの為に来たんですか?」と腹を立てたが、町田は笑うだけだった。
食事を終えると、領収書を切らずに店を出た。
「お、自腹っすか? ゴチになります!」
仰木が曇りのない笑顔で答えると、町田は「スマホが壊れて可哀想だし、今日はおごりにしてやるよ」と笑顔を返した。
仰木がスマホを見ると、ブラックアウトしていて一切立ち上がらなくなっていた。
「電子機器の動作をモニターして壊す仕組みがあるらしい」
町田は冷たい顔をして説明した。
町田は自分のスマホを渡し、「"御堂ちさと"って検索しろ」と指示した。
「VTuber? オタクっすね?」
仰木が馬鹿にしていると、「いいから再生しろ」と怒られてしまう。
そこでは、迷惑な視聴者相手に四苦八苦する女の子の映像が流れている。
「さっきの子と声が似てるだろ?」
言われればそうであるが、しかし、声なんて……と思ってしまう。
最初の方は意味がないから、後半を見ろと言われる。
指示通りにすると、「なんか設定建て増しみたいで笑われると思うけど、私達ロリババァは学校って呼ばれるところに、確保、収容、保護されててね……」と話し始めるシーンが現われる。
「騙されたと言ってその内容を覚えていろ」
車が成山町からすっかり離れた頃に動画は終了した。
「アニメキャラなんですかね? オタクにはああいう設定がウケるんだろうなって」
仰木が感想を述べるが、町田ははっきりした反応を示さない。
コンビニの駐車場に車を止め、町田は後部座席の自分のバッグをまさぐり始めた。
「えっと……」
取り出したファイルを開くと、名刺ホルダーになっていて、顔写真とメモが書かれている。顔写真は望遠で盗撮したもののように見える。
「町田サン、マメっすね」
さっきスマホを破壊されたというのに楽観的な男だ。
「こいつ、法務省特殊発生事象対策室の室長だ。漆谷って男だよ。
隣の女は、最近この部署に回された女だ。東条って名前だな」
そこまで説明しても、仰木は「はぁ」としか反応できない。
「特殊発生事象ニ関スル法ってのがあってな。大正時代からあるんだが、何度読んでもイマイチ分からない法律だ。
特殊発生事象に際して、法務省が対処すると書いてあるが、特殊発生事象の定義があまり現実的ではない。
具体的には密入国に寄らぬ人間の流入がそうなんだそうだが、密入国でも出生でもなく、人間が突然生えてくるって思うか?
法務省はこの怪しい法律を使って、二百人近い人間を"作り出して"いる。
男と女は、それに関連する部署の人間だ。
これでも陰謀論って言えるかね?」
町田の説明は、半分ぐらい頭に入りづらい内容だった。
「それで、さっきの与太話に繋がるんですか? 歳を取らない少女って」
仰木が信じられないという手振り身振りをすると、町田はファイルの別のページを開く。
「一番左が1960年代の映画に出た子役の顔だ。次が80年代の"磨美/桃"の写真。そして一番右が去年のティーン向け雑誌のモデルの写真。
似てるだろ?」
二人の女の子は、確かにそれぞれの写真で似ていた。だが、二十年、四十年と離れていたら、似ている写真を探すのは無理ではないと思うのだ。
二人は、現在、成山町で確認されているという。
「いや、、そりゃぁ似ている人間の一人ぐらいいるでしょ?」
ツッコミを入れると、「ペアで似るものかね? 二度、三度」と片眉を上げられる。
そこまで詰められるとぐうの音も出なくなってしまう。
「全部成山町に繋がっている。
そして、多分、例の射殺事件もあそこの生徒が一枚噛んでいる」
町田は奥歯を噛み締めていた。
「そうだとして、それをどう報道するんです?
荒唐無稽すぎるでしょ? 証拠もないんだし」
「それが局長から数えて三十年来の課題なんだ」
町田は寂しそうに答えた。
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