0142 クリスマスの過ごし方

ページ名:0142 クリスマスの過ごし方

 クリスマスイブは、楓さんのうちにお呼ばれした。
 どーせ酒盛りでみんな集まるのかと思っていたが、四人でこぢんまりとお酒を飲むことになった。
「他の連中は、それぞれしっぽりやっておるのじゃろ」
「そういう生々しい事は言わないでください」
 確かに、クリスマスはレストラン側の予約が満席になると言っていたなぁ。

 あの人はどうだとか、この人はどうだと言う事を詮索しそうになるが、そういうのはあまり行儀が良くない。
 今日は、真生ちゃん、ルイちゃんが配信をやっている。
 リクエストを受け付けて、その曲を歌うというものだ。
 ジャンルがそれこそバラバラで、そんなに広く知られてない曲辺りも突っ込まれるのを、割とちゃんと拾って歌っている。
「よし、儂もスパチャするかの」
 楓さんが五万円突っ込んで飛ばしたリクエストは、「浪曲やれ」である。

 少しして電話が鳴る。
「お、真生か、配信中大丈夫か?」
「あのスパチャ、絶対、楓ちゃんだよね?」

 放送を見ていると、画面の中の真生ちゃんが、「うーん、これは流石に知ってる人の可能性がありますねぇ……今から厳重注意します」と言うと、アバターはスマホを操作しているような動きをする。
 そこから、通話内容が放送に垂れ流されるようになった。
 この人、放送事故を地でやるつもりだ……

「そうじゃが、やってくれんのかのぉ」
「リスペクトのないスパチャは無視です」
「残念じゃのぉ。儂は、真生の浪曲を是非とも聴きたいのじゃが」
「と言うか、楓ちゃん、浪曲ナメてるでしょ」
 真生ちゃんは、至極尤もな怒りをぶつけた。
「ナメてはおらんぞ」
「じゃぁ、素人の私に言わないでください!」
「ぬぅ」

 決着がついたように見えたが、楓さんははっとして続ける。
「これ、放送に流れておるのじゃな」
「そうだけど?」
「こういう時は、なんて言えばいいのじゃろう。
 ハロー、世界の人! とでも言えばいいのか?」
 困ったような口調で酷い事を言っている。
「そういう煽りやめろ!」
「大体、お主が電話を掛けてきたんじゃろ」
「こうやって叱らないと、楓ちゃん、絶対に調子に乗るでしょ?」
「それは……乗るのぉ」

 ルイちゃんが「えっと、わかんない人が多いと思うけど、楓ちゃんは私達のロリババァ仲間ね」と解説する。
 それから暫くは、真生ちゃん、ルイちゃん、楓さんの三人でわちゃわちゃと話を続けた。
 チャットを見ると、「やった! のじゃロリだ!」と喜ぶ大勢に混ざり、「あんな口調の素人がいるわけないだろ」と冷静な声もあって無茶苦茶な事になっている。

「そういえば、峰とルチルはどうしておるんじゃ?」
「峰ちゃんは、クリスマス仕事しないって言ったたねぇ。あと、ルチルちゃんは恋人いないように思われたくないから配信しないって」
 真生ちゃんがしれっととんでもない事を言うと、すかさずルイちゃんが「そういう所でしょ!」とツッコミを入れる。
 当然、チャットも「そういうところだぞ!」と言うコメントで埋め尽くされた。

 我々はそれを他人事のように眺めながら、お酒を飲むばかりである。
 しかし、それもそうとも言えなくて、「それで、配信終わったら、飲みに来んか? 羊子とななみ、あとちさとも来ておるぞ。二人も誘って来るとええじゃろ」と、何故かこっちの方にまで飛び火してきた。
 真生ちゃんも悪乗りして、「面白そうだから、そっちで配信する」とか言い出したのだ。

「ダメ! 絶対ダメ!」
 と私が叫ぶと、「まぁ、いいじゃん、クリスマスイブなんだし」と周りに宥められる。
「なんでもかんでも、クリスマスだって言えば許されるとか思ってませんよね?」
 私が突っ込むと、全員「?」と言う顔をしている。
「なんで、そういう顔をしているの?」
 と反対してみたが、全く効果はなかった。

 真生ちゃん、ルイちゃんの配信は、リスナーに断りを入れて一旦中断した。

 一時間ほどして、真生ちゃんはじめ、四人のライバー、そして三惠子ちゃんが登場したのだ。
 ルチルちゃんはなんだかんだでむくれている。まぁ、あんなことをバラされた後である。察するに余りある。
 PCを立ち上げ、専用アプリを立ち上げ、キャラクターの立ち絵を並べ、ついでに"いらすとや"でダウンロードした、私達に想定するイラストを並べる。
 三惠子ちゃんが"女性教師のイラスト(職業)"、楓さんは"キツネの巫女のイラスト"で、羊子さんは"若い政治家のイラスト(女性)"、ななみさんは"科学者のイラスト(女性)"、私は"女子高校生・女子中学生のイラスト(セーラー服)"となっていた。
「これ、ちょっとマズくないですか?」
 なんてツッコミをいれても、「いいじゃん、このぐらい」と笑われる。
 なんなんだよ、このガバガバ具合は。

 準備が整うと、前触れもなく放送を始めた。
「え、これ流れてるの?」
 すぐに気付いてうっかり言ってしまうと、「えー、もうちょっと適当な事を言ってくれればよかったのに」と真生ちゃんが笑う。
「私は何も喋りませんからね」
 なんて言うと、リビングの大型テレビに映し出された画面には、「お、ツンデレか?」の文字が流れていく。
 これは、何を言っても無駄だなと思って黙っていると、次のターゲットはルチルちゃんに移った。
 つつかれると、「私も喋りません」と怒りの口調で答える。
「なぁに、クリスマスなんて、どーせ祭りでしかない。勝手に特別な意味を与えているのは人間だよ」
 と、ななみさんが励ます――励ましているのか?
「私も前はディナーショーとかで結構稼いだけど、あんまり好きじゃないなぁ」
 真栄田さんも援護射撃をする。
「普段から神様もキリストも信じちゃいないのに、何なんだってね。日本人と言うか、東アジア圏はそんな感じの国ばかりだね。信教が自由というとなんかちょっと違うけど……」
 ななみさんの言葉を受けて、羊子さんが答える。
「信教の自由って、何を信仰するかの自由よりも、信教に対してどう自由でいられるかなのではないかと思うんだよ。
 どんな神様を信じるでもいいけど、そういう部分の縛りが緩い方が他の信教にも寛容でいられるじゃない?」

 そんな話をしていると、「あー、今日はそういう真面目な話とかじゃないから!」と真生ちゃんがかき混ぜた。
「ルチルには悪い事をしたし、ワインでも飲め」
 と、楓さんがワインを取り出した。
「シャトー……ラジョンシュ? 2015? ヴィンテージとかないんですか?」
 ルチルはやけっぱちになっていた。
 ルチルが突っ込むと、ルイちゃんが「ヴィンテージだよ?」とおちょくった後、「ヴィンテージって、古さじゃなくて、その年のワインだけを詰めたワインの事なんだよ。2015年は当たり年って言うからね」と教えてくれた。
 ルチルちゃんは、ふーんと言いながらすいすいと飲んでいく。
 私は、あの人達が飲むワインだから、高いんだろうなぁと思いつつ飲ませてもらう。確かに美味いワインだ。コクのあるフルボディで辛口だ。しかし風味豊かで、やっぱり上手く言えないけど美味しいワインだ。

 流石にちょっとした検索では出てこないようだ。コメントは"美味いワイン"と"ヴィンテージ"と言う言葉の意味で盛り上がっていた。
 後に、このやりとりを"まとめ"から見た人が、「あ、察し」と答えていたので、まぁ、そういう事なのだろう。

 ルチルちゃんは、ワイングラスを眺めながら呟く。
「ワインの事とかもそうだし、日本酒とかもそうだけど……お酒のこと、色々教えて貰って、いいもの飲ませて貰ってるけど……このまま酒飲みになるんじゃないかって思うと怖い」
 なんて言うのだ。
 確かに、その心配がある環境だろう。
 だが、微笑んでいるのを見ると、まんざらではなさそうだ。以前ならどう反応していただろうか?

 スパチャで「皆さんとのご関係はどうなんですか?」と言われたので、真生ちゃんが説明する。
「楓ちゃんはババァ仲間の、なんかキツネっぽい人、怒らせると怖い。羊子ちゃんもババァ仲間で、なんか先生って呼ばれるような仕事をしてる人、違う意味で怒らせると怖い。ななみちゃんもババァ仲間で、マッドサイエンチスト、当然怒らせると怖い。ちさとちゃんは新入りのババァ仲間で、喫茶店の店員さん。近々居酒屋やるらしいね。怒らせると可愛い。三惠子ちゃんは学校の先生で、怒らせると……泣いちゃうかなぁ」
 と、多くの意味で酷い解説をした。

 その後も、結構盛り上がっていたが、次第に飽きてきたのか、楓さんが「麻雀やるか」と言うので、羊子ちゃんとななみちゃん、最近麻雀を覚えた真栄田さんが、半荘回し始めた。
 それで、真生ちゃんが「じゃぁ、歌うか!」と、歌配信に移行した。
 ルチルちゃんも真生ちゃん、ルイちゃんに付き合ったので、私と三惠子ちゃんだけ残された。
 真面目に歌を歌っている最中にチーとかポンとか入るシュールな事になっている。

 私と三惠子ちゃんは、どうしようもなくなったので、歌う姿を眺めながら飲むことにした。
 三惠子ちゃんには弱めのカルーアミルクや、度数を控えめにしたグラスホッパーを作った。
「これ、チョコミントみたいで大好き!」
 と、いたく感動してくれた。
「最近どうですか?」
 私が問いかけると、「醒ヶ井さんの事は驚いたけど、最近はなんだか楽しいね」と、静かに笑っていた。
「なんか不思議だね。ちょっとした事が色々繋がっているんだなって思える。
 みんな気遣ってくれるし、優しいし、今の職場でよかったぁ」
 お酒の所為もあるが、なんだか泣きそうになっている。
 ヤバイなと必死になって宥めていると、「あー、また三惠子ちゃん泣かせた!」と歌の最中だと言うのに、真生ちゃんが突っ込む。
 私が全力で抗弁すると「じゃぁ、歌え」と言われた。
 破れかぶれのカラオケ大会が始まった。

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