「三惠子ちゃん! 車買ったよ!」
ルチルは、三惠子に動画編集を教えてから、急に仲良くなった。
車のことと言えば、地域の不便さを考えると、今まで買わなかった事が不思議なぐらいである。
理由は沢山あって、峰がいるときは一緒に乗せて貰って買い物や外食に出かけるし、一人の時はコンビニで調達したもので十分だったからだ。学校の子に誘われれば、学校の車を使えたし、なんなら学校で買い物をする事も出来ない相談ではなかった。
しかし、学校の車を借りるのは心苦しかったし、峰におんぶに抱っこではいけないと思うようになると、車を買わざるを得なかったのだ。
思い立ったが吉日とばかりに、中古屋さんに駆け込んだ。
納車まで待っているのが嫌だったからである。
峰との共同生活のお陰で、中古車ぐらいなら、十分一括で買える現金を持っていたのも大きかった。
中古車屋に印鑑証明が必要と呼ばれてすぐに手に入らないものかとショックだったが、車を決めたその足で役所に行って、全てを済ませた。
そんなわけで、車を手に入れた翌日、ルチルは三惠子に連絡を取ってドライブに行こうと誘ったわけである。
楽しい日の始まりだ。
鈍い衝撃。
コンパクトカーが揺れる。
ルチルは仕出かした事を悟り、頭が真っ白になった。
三惠子はドアを開け、救護に向かう。
「ルチルちゃん!」
大声を聞いて、我に返る。
倒れているのは、高校生ぐらいだろうか、女の子だ。
意識がない。
震える手で救急車を呼ぶ。
三惠子ちゃんが、「大丈夫、息はある」と、ルチルの方を揺さぶる。
ルチルは、この子の怪我の具合よりも、VTuberは引退だろうなとか、峰とは暮らせないだろうなと言う事ばかりが頭に上ってしまう。
勿論、こんなことが不謹慎な事であることは百も承知ではあるのだけど。
消防から警察へは連絡が行くと言うので、保険会社にも連絡を入れる。
まもなく、救急車とパトカーがやってくる。
三惠子は病院へ、ルチルはパトカーで事情を説明する。
轢かれた女の子は、搬送途中に目を覚まし、「何処ここ!」と取り乱した。
救急隊員が宥め、落ち着かせ、説明する。
「私は大丈夫、痛くもないから、すぐに降ろして!」
強情な子である。
「大丈夫かどうかは、検査してから分かるから」
救急隊員も引かない。
そうこうしているうちに病院に到着し、レントゲン、MRIなどの検査を行う。
時間が刻々と流れていく。
病院も忙しいのだ。
ルチルの元へ、保険会社の人間がやってくる。
「どうやら無事のようですし、きちんと救護した訳ですから、大丈夫ですよ」
保険会社の男性は、柔らかく説明する。
さて、ここから事態は急転する。
女の子は、骨一本も折れておらず、かすり傷さえない。それ故、警察にも轢かれた訳でないと本人から説明される。
問題は車だ。フェンダーが潰れ、バンパーが潰れ脱落している。左手の窓に大きな衝突痕……
困った警察は、物損事故として処理する事を決める。単独事故だと。
女の子とは、連絡先の交換も出来ぬまま別れてしまい、戻った三惠子とルチルは、猛烈な疲労感で一日を終えた。
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