0137 文化祭ちさと編④

ページ名:0137 文化祭ちさと編④

「あ、真生ちゃん、ルイちゃん。いらっしゃい」
「ちさとちゃんがお店出して無視するわけにはいかないでしょう!」
 二人が、元気ににこやかに入ってくる。
「ありがとうねぇ。何飲む? 冷蔵庫から選んでね」
「あ、千代盛のワンカップなんてあるんだぁ」
「エヌマーケットブルーイングのビールもあるんだねぇ」
 千代盛は、成山町から少し上流側にある酒蔵だ。呑みやすくて、ストレートに良いお酒だ。
 エヌマーケットブルーイングは、街の駅近くで醸造している地ビールで、様々な種類を取りそろえ挑戦的な醸造所。取り扱っているお店は少ないのが惜しい。
 二人は思い思いにお酒を取り出してお代を払う。
「中田さんに頼んで仕入れて貰いました」
「あの人、酒とつまみを探す能力はピカイチだね」
 今回の件で、本当に色々お世話になった。
「でも、あの人、あんまり強くないんでしょ?」
「謎だ」
「酒の弱い酒好きって偶にいますし」

 色々と食事の世話をしたり話をしてたりすると、ふと気付く。
「そういえば、三惠子ちゃん来るって言ってたけど来ないね」
「あー、それね。なんか、ルチルちゃんに色々と動画について教えて貰ってるみたいだよ」
「何それ……なんでそうなるの?」
「結局、ルチルちゃんが欲しかったのって頼られてる感だったんじゃないかな? あの子、妹キャラで配信してるし」
「あー」
 仕事のストレスと言うのを原因としてしまうのは、些か安直ではあるとは思う。だが、誰かに頼られたいと言う意識が強い人が、頼る人を演じ続けるのは確かにしんどいことなのかも知れない。


 緊張した面持ちのカズマくんが入ってくる。勇結ちゃんも一緒だ。
 勇結ちゃんはちょっと頬を赤らめている。
「いらっしゃい」
 なるべく普通の態度を心がける。
 ひじりちゃんが「上手く行ったみたいだね」と耳打ちする。
 それにしても思い切りの良い二人だ。
「ソフトドリンクは一番下の段ね」

 飲み物とお代を払い、カレイのあんかけを頼まれる。
 私が準備していると、勇結ちゃんに「昨日は、なんか嫌なこといっちゃってごめんね」と謝られた。
「私もごめんね。あんまり遠慮がなかったし……」
 気まずい。
「なんだぁ。二人付き合うようになったんだぁ」
 ひじりちゃんがサポートしてくれる。
 二人は幸せそうにしているので、結果良ければ全てよしと言えばいいんだけど。
 ただ、それでも一抹の心配は拭えない。そういう心配で失敗したのがつかさちゃんの件なのだけど……

 ひじりちゃんが話を続ける。
「でも、それじゃぁ、カズマくん、永久就職だねぇ」
「え、最初からそのつもりですけど?」
「そうなの? と言うか、なんでそんなに元の生活に戻りたくなかったの?」
「親は喧嘩ばっかだし、地元はしょうもない街だし……あと、学校が死ぬほど嫌だって事かな」
「え、その話聞いてない」
 勇結ちゃんが意外な顔をしている。
「学校って、服装とか休みの日の行き先とか、細かい事取り決めるくせに、自分自身は適当な連中ばかりじゃん。
 かけ算の順番がどうとか、先に習わない正解は間違いだって言ったり、結局、自分に従わせる事に酔ってる奴らだろ? そんなんに付き合いきれないんだよね。
 子供なら自分の言うとおりにしてくれるって言う幻想で仕事をしているんだ。
 そういう中で上手くやるのが、日本人として上手く生きていく方法なんだって、そういうのは分かってるけど、それが生理的に出来ない人間なんだよ。
 だから、日本の教育界に付き合っている限り、俺は碌な偏差値を得られないし、その結果、人生を消耗するだけの仕事しか出来なくなるのは目に見えているんだよ。
 そうなったら最後、地元からは抜け出せないし、親とは死ぬまで付き合わなくちゃならない。
 そういう人生は真っ平だ」
 カズマくんは静かに語っていたが、しかし、かなり熱量があった。きっと、小中学校で良い思い出がないのだろう。
 そう考えると思い出すのが、店長の子供達のことであった。悪いコトしたなぁと。

「いいじゃん。ここ、自分を目立たせてナンボなところだし」
 ひじりちゃんが軽く煽る。
「お給料も貰ってるし、色々と感謝している……」
 と言うと、二人で顔を赤らめている。
 なんだよ、その初々しさ!

 二人は放っておいて、テーブルを拭いたり、食器を洗ったりしていると、二人のお客さんが入ってくる。
「紡季ちゃんに宙ちゃん! いらっしゃい!」
「宙ちゃんも飲むんですね?」
 私が尋ねると、「少しなら飲みますよ。猫がいるからあんまし飲んで帰れないけど」と答える。やっぱり猫か。
 そう言っていると、二人は芋焼酎のワンカップを取り出していた。
 サーモンのルイベと松前漬けをつつきながら、にこにことして談笑している。

「どう? お店やるのいいでしょう?」
 突然、ひじりちゃんに側面を突かれる。
「楽しいですけど……大変です」
 冷静に考えて、今回の件でも準備や諸々はかなり他の人にお願いした。これを一人で回さなければならない事を考えると、かなりしんどいのは間違いない。
 それに、今は物珍しさで来てくれるけれど、それが長期定着するかと言うと、それも確証はない。
「大変は今も同じでしょう?」
「でも、気楽ではありますね」
 お金のことを考えないだけで楽だろう……自分のお金のことが心配になるけど。
「うーん、もっと挑戦していこう! どーせ長生きするんだから、色々やった方が楽しいよ?」
「まだ一年目ですよ?」
「このまま何年も、奢ってもらいつづけるつもり?」
 痛いところを突かれてしまう。
「う……そうですね……」
「大体、喫茶店のお仕事も一時的のつもりだったでしょ?」
「そうですね……」
 ぐうの音も出ない。
「店長さんのことが心配なら、こっちから上手く言えるし、多分、この分なら、私じゃなくても、誰か一人雇っても喫茶店の倍は貰えると思うよ?」
「そんなものでしょうか?」
「いっぺんやってみて、上手く行かなかったら私達がちゃんとサポートするから!」
 色々と考えていくと、確かに私が店をやる以外に今の状況をよくする方法はなさそうな気がしてきた。
「うん……綾夏ちゃんに相談してみるよ」

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