0136 文化祭ちさと編③

ページ名:0136 文化祭ちさと編③

 朝九時、模擬店開店である。
「ちさとちゃん、ローストビーフ」
「はいよー」
「こっち、ガリピータンちょーだい」
「はいはいー」
 朝から大入りで繁盛している。

「ちさと、やっとるかの?」
 楓さんやってきた。
「おかげさまで。
 瓶と缶、ワンカップは冷蔵庫に値段張ってます。一品一杯はお願いしますねぇ」
「じゃぁ、儂は熱燗と酒盗じゃな……あと、カレイのあんかけもいいのぉ」
 私がカレイに小麦粉を付けて揚げていると、ひじりちゃんが酒タンポに熱燗を注いだ。
「頼んでから聞いてナンじゃが、酒は何かの?」
「矛野川だよー。お代はカウンターの上に置いてね」
 あんに取りかかっている私に代わってひじりちゃんが答えてくれる。
「ひじりも、案外割烹着が似合っておるのぉ」
「ふふん、こう見えても出来る女なんで」
「そうかそうか」
 そう言いながら、酒盗をつまみ、グラスに注いだ熱燗を美味しそうに飲んでいる。
「はい、カレイのあんかけー」
「こうやって、ちさとが頑張っている所を見られて嬉しいよ」
 しみじみと語る楓さんに、「わたしは!?」と主張するひじりちゃん。
「お主は、黙っておいても喰っていけるじゃろ?」
「え、そういう?」
「そういうの大事じゃぞ?」
 なんか妙に生々しい話をされてしまった。
 周りのお客さんも笑っている。
「あ、私、この店続けるつもりはないんで」
 私がきっぱり言うと、「相変わらず慎重じゃのぉ」と言われてしまう。
「今の仕事と両立できないからです」
 そこまで言うと、文ちゃんが、「今の仕事をどうにかしてしまおうぜ」とまでいう。
 元海賊だから、そういう血が騒ぐのだろう。
「ダメですよ!」

 そう言っていると、お客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませー」
 入ってきたのは喫茶店の店長だった。
「今日はお店を休んできたよ」
 そうか、店長は文化祭への招待をバーターにして私を二日間休ませたのか……納得がいった。
「何飲まれます?」
「僕、あんまり飲めないから弱いのとかないかな?」
「下の段の缶チューハイが3%ですねぇ」
 そう言って、みかん味の缶チューハイを取り出した。
 お代を受け取り、注文を聞く。
「それじゃぁ、肉じゃがを貰おうかな」
「ありがとうございます!」

「こんな近くに住んでいるのに、学校に来るのは初めてだよ」
「なかなか入れませんからね」
「近くて遠い……」
 しみじみとしていた。
「ま、また来年もありますし! その時も是非!」
「ああ、また来られると嬉しいよ」
 店長は、それからローストビーフも食べて、満足して帰って行った。
 息子さんの話とか、少しすべきだったんじゃないかと思えて、ちょっと気がかりだ。

 文ちゃんに「ほら、噂をしたら影でしょ?」とつんつんして言ってみると「そうだな!」と笑われただけだった。

 日がな一日をこの店で過ごす人は流石にいなくて、なんだかんだと入れ替わりがある。どちらかというか、時間調整に使われている感じだった。

「綾夏さん、何か飲まれます?」
「うーん、もう一本ビールを戴くよ」

「ご馳走様~」
「真琴さん、まなびさん、ありがとうございますー」
 カウンターの表に回って、テーブルを拭いていると、男性二人組の来客があった。
 一人は身長が二メートルほどある初老の紳士と言うタイプの人で、もう一人は百六十センチほどのハゲた人だった。二人とも上等なスーツを着ているので、そこそこの役職の人なのだろうと推測できた。事実綾夏さんが一目見て軽くにやついていたからだ。
「いらっしゃいませ、空いているところにお立ちください。
 飲み物は、熱燗以外冷蔵庫から取り出してください。
 お代と料金の引き換えです」
 そう言うと、「懐かしいスタイルのお店だね。大昔、博多にいた時に角打ちによくいったよ」と微笑まれた。
「お気に召してなによりです。
 何を頼まれます?」
「えーっと、ワカサギの南蛮漬けと、筑前煮を戴こうかな」
 紳士とのやりとりは淀みなく、スムーズであった。
 一方、ハゲの男の方は――見た目で判断するのはよくないけれど――やや居心地の悪いようにしている。
「君、椅子とかはないのかね?」
 と、居丈高に尋ねてくる。
 私やひじりちゃんが何か言おうとした瞬間に、「君、立ち飲み屋は座りたくなったら出るものだよ」と紳士が窘めていた。
 南蛮漬けと筑前煮を出して「ゆっくりしていってくださいね」と言うと、しっかりと「いただきます」を言って食べる人だった。

 いいなぁ、こういう感じ……
 そう思って、食洗機に食器を突っ込んでいると、「君、もし知っていたらだけれど、中功さんという生徒をご存じかな?」なんて不意打ちを食らった。
 「目の前にいるじゃん!」と思いながら、動揺の余り「ご存じですよ?」なんて答えてしまう。
 そして、猛烈に綾夏ちゃんの方を見たい気がしたけど、視線を向けるとバレてしまうだろうなと言う理由で、首や瞳を一切動かせなくなってしまった。
「少しゲームをしていてね。今日中に見つけ出したいんだ。
 校内で会えるだろうと言われてやってきたのだが、ちょっと異世界みたいなところでね、不案内なんだよ。
 もし、ヒントをいただけたら嬉しいのだが」
 これは、猛烈に困る質問だった。綾夏ちゃんが態々こういう人にゲームを仕掛けると言う事は、ちょっとやそっとじゃない案件を抱えている。責任重大だ。
「その人はきっと……いや、その前に、この学校がどういうところかご存じですか?」
 多分、この人、転生者の秘密を知らないのではないかと思った。
「皆目見当が付かないね。中学校というけれど、生徒がお酒を飲んでいるし、とても日本とは思えないね」
「なるほど……では、本人に叱られない範囲でヒントをお出しします。
 その人は、ずっと近くにいて、きっと、貴方が思うような姿ではないでしょうね」
 綾夏ちゃんは制服を着て名札も付けていたのを思い出す。
「ちゃんと見ればすぐ分かるようになっていますので、しっかり探すといいでしょうね」
「君、もっと具体的な事は言えないのかね」
 ハゲに叱られる。
「これ以上言うと、答えをいうようなものですよ」
「顔見知りかね」
「仲良しですよ」
「ありがとう」
 老紳士は、ビールと熱燗をやっつけると、「ご馳走様。美味しかったよ。また機会があったら伺うよ」と挨拶して出て行った。

「綾夏ちゃん……何やってるの?」
「この前、銀行でやらかした件の尻拭い担当だよ。あの話、全部こっちに回されてちょっと苛ついてるんだよ」
 そう言って、輝く笑顔をしている。
「意地が悪いですね」
「まぁ、彼らが悪い訳じゃないからちゃんと近くをうろつくようにしておくよ」
 そう言って、綾夏ちゃんも店を出て行った。

 お店屋さんも楽しいなと思えるけど、さて、これを毎日は流石にしんどいなぁ。

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