0131 俊子の家で勉強会

ページ名:0131 俊子の家で勉強会

「なんで?」
「ちさとちゃん、お願い!」
 俊子ちゃんから出し抜けに連絡が入る。カナちゃんと凛ちゃんと一緒に勉強会をやるから、監督役をよろしくと言うのだ。
「別にもっと適役いるでしょう? 私、そんなに勉強できる子じゃないよ?」
「他の人は、すぐに話し脱線するし、遊びたがるし、テスト範囲以外を教えようとしてくるし、お酒呑むし……」
 様々な顔が走馬灯のように浮かび上がった。
「そ、そうね……俊子ちゃんの家に行けばいい?」
「うん、それでいいよ!」

 当日、朝からの勉強会になった。来週はテスト週間なので、最後の追い込みだと言うわけである。
「それじゃぁ始めましょう」
 と、つつがなく勉強が開始される。
「とりあえず、一時間で休憩しようか?」
 朝一の勉強は集中力が充溢している。
 黙々と問題集を解いている姿を見ると、ついつい無駄話をしたくなる。いかんいかん、これじゃぁ老害だ。
 時間を決めて一つ一つのグループを解答していく。時間が来たり、問題が終われば採点だ。
「ここ、なんで間違えたんだろ?」
「あ、ここで計算ミスしてるね」
「あー、ケアレスミスだねぇ」
「ケアレスミスはやった数だけ減るからいいことだよ」
 そんな話をしつつ、一時間少々はあっという間に終わった。

「何か飲み物持ってくるよ」
 俊子ちゃんが部屋を出る――と、すぐに母親と揉めている。
「もー、そういうのいらないって!」
「でも、もう栓は抜いちゃったし、勿体ないから飲んでもらって?」
「何言ってるの? 私達勉強中なんだけど!」
「でも、お父さん地元の会合で出かけちゃっているし……」
「そんなのお母さんとお婆ちゃんで飲めば良いでしょ!」
 ややヒステリックになってる俊子が戻ってきた。尤も、机に戻るといつもの可愛い顔に戻っていたけど。

「お母さん嫌になっちゃう」
 そう言って、オレンジジュースとコップを四つ机に並べる。一つだけビールを入れるのに良さそうなグラスであった。
 この家のことだから、私の為に瓶ビールでももって来たんだなと思った。
 流石に、勧められても飲めやしないだろう。

 息抜きをしている所に、エレンさんから電話だ。
「今、暇です? 麻雀をしたいのですけど、いらっしゃいません?」
「俊子ちゃんとカナちゃんと凛ちゃんで勉強会しているんですよ」
 申し訳なさそうに返事をする。
「それならちょうど良い、サンマが二卓立ちますわ」
「麻雀はしません!」
 そんな話をしていると、カナちゃんが「麻雀!?」と反応する。
 それを手で制止しながら話を続ける。
「と言うか、凛ちゃんは麻雀知らないでしょ!?」
「あの子、地味に地頭よさそうですし、何とかなりますわ」
 何とかなりそうな未来はなんとなく想像はつくけど……
「そういう問題じゃないですよ。明日テストなんですよ!」
「もう、硬いこと言わないで……」
「硬いも柔らかいもありませんよ。誘ってくれるのは嬉しいですけど、今日は無理です」
 そう言って電話を切った。
 二人には悪いけど、この子達の未来が懸かっているのだ。

 勉強を再開してまた一時間。
 これが終わればお昼ご飯を用意して貰える。
 客間にいい匂いが漂ってくる。
 おお、唐揚げだなぁと多少テンションが上がる。
 十二時!
 さっき間違った問題も解決したのでお昼だ。

 テーブルには大盛りの唐揚げとサラダが載っていた。
「わー、美味しそう!」
「好きなだけ食べていってくださいね」
 と、全員が着席した頃に出てきたのはビールである。
「大丈夫です、私達が飲むので」
 俊子ちゃんのお母さんが、俊子ちゃんにニヤリとする。
「もう!」
 俊子ちゃんのふくれっ面を見ながら飲む酒はさぞかし美味いだろう――お母さんとお婆ちゃんが小さく乾杯すると、ビールを一気に飲み干した。
 私の方は意に介さず唐揚げに手を付けるのだけど……濃いめの味付けで、普通にビールが飲みたくなる悪魔的な唐揚げであった。
 何で娘への当てつけのとばっちりを私が受けなければならないのか!

 涙を堪えて、食事を終えて、そして、客間に戻っていく。
 「クソー」と思いながら部屋で転がる。
 カナちゃんが「はらいっぱいー」と言って転がるし、凛ちゃんは「美味しかったぁ」と喜んで転がる。
 そのまま、一瞬だけ落ちそうになる。ヤバイヤバイ。
「みんな! このままだと、夕方まで寝ちゃうよ!」
 全員をたたき起こして、勉強に向かう……けれど、眠気のお陰で集中力が持たない。

 こりゃぁ、効率悪いな。と策を考えている所に楓さんから電話が掛かってくる。
「購買でいい酒見つけたぞ!」
 ここで、俊子ちゃんの家にいると言うと、絶対にちょっかいを掛けに来るだろうなと思ったので、「今、手が離せないんで無理です!」とだけ言って電話を切った。
 どうして、こんな時に限って……

 それから、休憩を挟みつつ、なんとかかんとか勉強は続けた。
 半ばやることに満足している感じはあるけど、それでもやらない事に比べれば雲泥の差だ。
 そうもしていると、玄関が慌ただしい。
「楓さま! ……じゃなくて、楓さん!」
 もう、嫌な予感ではなく、純然たる"嫌"だけが残っていた。

 俊子は憤慨した。
「なんでこんな時に限って帰ってくるの!?」
「お主らは勝手にしておればよいじゃろ?」
 勝手もクソもあるかよ。
 とはいえ、母親と祖母は既に飲んでいるし、もう、それに混ざっていくと言う解決策はあった。

 勉強だ、勉強。
 四人して集中する。
 時々、母親だか祖母だか祖先だかの笑い声がこだまするが、しかし、それも意地で無視して集中する。
 よくぞ頑張ったぞと言いたい。

 夜、俊子ちゃんのお父さんと、ひいおじいさんが戻ってくる。
 家族が揃い、夕飯の支度が進む。
「あの時は、失礼しました」
 あの時と言えば、俊子ちゃんにお呼ばれされた時のことだ。そんな失礼なことをされた覚えはない――敢えて言うなら、俊子ちゃんが私を"山の学校の生徒"だと言わなかったことか。
「そんな失礼だなんて!」
 私が否定していると、俊子ちゃんが「もう、お父さん!」と、このやりとりをかき消そうとしていた。
 楓さんは、そのやりとりを微笑ましく見つめている。
「なんかいいなぁ」
 ついつい口に出してしまう。

 机におつまみになりそうなものから次々に運ばれてくる。楓さんも手伝ったのだろうか?
 私の前にグラスが置かれる。
「今日のお礼です」
 俊子ちゃんが瓶ビールを持って側に来た。
「え、でも……」
「もう、勉強会も解散だしね。
 私が大人になるまでお預けって訳にもいかないでしょ?」
「ありがとう」
 注いで貰った泡だらけのビールは、少しだけほろ苦かった。

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