0108 三惠子ちゃんが教員である事に悩む①

ページ名:0108 三惠子ちゃんが教員である事に悩む①

 土曜の仕事も終わり、家で片付けをして、お風呂に入って、さて寝ましょうかというタイミングで呼び鈴が鳴る。
「誰だよ、こんな時間に……」
 と思いつつ、出てみると三惠子ちゃんだった。
「ちさとちゃん……」
 泣き腫らした顔をしていて、手には袋に入った缶ビールを何本か提げている。
「どうしたんです!?」
 と言うなり飛びついてきて泣かれた。何が何やらだ。
 とりあえず部屋に上げて落ち着かせる。

 どうも、今の仕事、このままでいいのか悩んでいるらしい。凛ちゃんの面倒を見ていて、やっぱり自分のしたい仕事は、勉強を教える事なんだと目覚めたそうなのだ。
 このままで良いも悪いも、今辞めたら一生監視付きだ……って、その話は知らないか。
 何を話していいのか、話してはいけないのか。そういえば、この学校、転生者の判断に関してはガバガバだ。だけど、その話を今話すのはマズかろう。

 三惠子ちゃん自身の懸念としては、あまりにも教育の理想を大きくとっているのではないかと言う事だ。そういう先生は、同僚に嫌われる。否、理想で盲目的になった教員と言うのは、生徒にとっても最悪だ。理想の邪魔になる生徒は邪悪な存在に映ることになるからだ。
 三惠子ちゃんがそういう人間になるとは思わないけれど、そうでなければ自分にストレスを抱えるだろう。

 私一人で考えることじゃないが、しかし、この袋小路は三惠子ちゃんも同じなのだ。
 これは本格的に困ったぞ。
「そもそもなんで、この学校に採用されたんですか?」
 大体、普通に求人出してない筈だ。どこでどうやってここを見つけたのだろう?
「たまたま求人を見つけたからだけど?」
 たまたまって事はねぇだろう――誰かが仕込んだんだなと思った――そうもなると、ウラを探らなくちゃいけない。

 とりあえずは、この先生を上手く追い返すか、然もなくば泊めてしまうしかない。
「折角ビールをもって来て貰ったんだから、一緒に飲みましょう」
 そう言うと、「ビール苦手だから」と答えられた。
 仕方がないので、マンゴヤンラッシーを作って出してやった。これにはいたく感動してくれた。
「おいしくて優しい味だね……ちさとちゃんみたいだね……」
 結構薄めに作ったけれど、お酒に弱い彼女が立て続けに三杯も飲めば酔いも回る。
 なんか妙に近くに擦り寄ってくる。
 上手く言えないが、身の危険を感じる。
「や、や、ちょっと待って、三惠子ちゃん!」
 両手で彼女を押しのける。しかし、私は女子中学生程度の腕力しかないので、力負けしてしまう。
 両肩をがっしりと掴まれて、もう逃げられない! と言う瞬間、彼女は寝落ちた。
「危ないところだった」
 一人ごちたが、考えてみれば何が危なかったんだよと、心の中でツッコミを入れた。

 繋が押し掛けた教訓から、布団一式を買っておいた。だから、三惠子ちゃんを寝かせるのは可能だ。だが、どちらかといえば小柄な私が、その身体を布団に乗せるとなると、なかなかの重労働となった。
 気づけば、時計は朝から数えた方が早い時間となっている。
 それでもビールの酔いは抜けてしまったので、なかなか寝付けないでいた。
 三惠子ちゃんの顔を覗いて、「なんでこんな因果なとこ来ちゃったんだろうね」と呟いてみる。

 翌朝は、存外気持ちよく起きる事が出来た。否、これは深夜テンションに一発仮眠を入れたような状態だよな。
 三惠子ちゃんはと言うと、ベッドで唸っているのだった。
「あたまいたい」
 私の目覚めに気付くと、水を要求した。
 仕方がないので、L-システイン製剤を与えて、「強くもないのにあんまり呑むからですよ」と小言を言ってみる。
 三惠子ちゃんは、青い顔でいたく反省していた。
「呑ませた私も悪いですから……
 それより、お味噌汁飲みます? インスタントですけど」
 無理そうだなと思いつつ尋ねると、「何から何までごめんね。でも、ちょっと無理そう」と、引きつる笑顔を見せた。

 今日は、紡季ちゃんと、宙ちゃんの家に遊びに行く予定だった。一連の出来事を連絡すると、どうせなら連れておいでよ、と言う話になった。
「三惠子ちゃん、猫アレルギーとかないですよね?」

 それから三惠子ちゃんは、吐いたりシャワー浴びたりして、どうにか体調を取り戻していった。
 紡季ちゃんは、先に宙ちゃんの家に行っていたので、私と三惠子ちゃんとで向かう。
 彼女は、心なしか緊張していた。
「生徒の家に行くのあんまりないからね」
 と、「君は誰の家に泊まったんだよ」と思わせる発言をした直後、本人も気付いたのか「ち、ちさとちゃんは優しいから!」と、フォローのような、フォローでないような、もやっとする誤魔化しをした。

 もうお昼が近い。紡季ちゃんと宙ちゃんと合流して、近所のうどん屋さんに行く。
「三惠子ちゃんも甘えん坊さんだなぁ」
 紡季ちゃんの言葉に、三惠子ちゃんはギクリとする。
「なんでちさとちゃんには大丈夫なのに、私にはビクビクするかなぁ」
 そう言われた三惠子ちゃんは、いたく恐縮した顔をしている。
「うーん、困らせるつもりはないけど、私達が嫌になった?」
 三惠子ちゃんは、ハッとすると首を思い切り振った。

 そこから紡季ちゃんは説教モードに入った。
「貴方が教員として不満なのは分かるし、もっと成長したいって気持ちがあるのは立派だと思うよ。学校辞めたいのがそう言う理由なら、逃げたとか言わない。
 でも、何処までその気持ちがあるのか分からないよ。
 私も含めてみんな、貴方はいい担任だと思ってるし、学校的にも辞めてもらったら困るんじゃないかな?
 望むなら、短期的に普通の学校へ、研修に行ってもらうように学校に掛け合う事はできるけど……自分を偽ったままそれやると、貴方の事だから、無理に頑張ろうとするでしょ。それって、授業を受ける子供にとって良いことなのかな?
 貴方の人生は大切だけれど、教員の仕事は人様の人生を左右する仕事だよ? 独りよがりは私が許さないからね」
 そこまで言うと、先生は大粒の涙を幾つも落とすことになった。

 タイミングよく注文の品が届いた。
「み、三惠子ちゃん、うどん来たしね、食べよ」
 私は三惠子ちゃんをあやしつつ紡季ちゃんの方を見る。彼女は微笑んでいるし、宙ちゃんは大人しくしている。
 「もう少し優しくしてもいいんじゃないかな」とぼそりと言ってしまった。
「ちさとちゃんは優しいね」
 宙ちゃんが、ころころと笑う。
 こっちの身も知らないで!

「うーん、率直に言っちゃうけど、秘密保持の観点から、三惠子ちゃんには辞めてもらったら困るんだよね。
 多分、引き止める合理的な理由はそれだけなんだよね。
 でも、三惠子ちゃんの性格から見て、普通の学校の先生って向いてないんじゃないかな?
 悪く言うと、学校の先生って、子供に対するリソースを平等にしなくちゃいけないでしょ。それで、色々な問題が起きているのは確かなんだけど、それが出来ないと、全部が瓦解する仕事でもあるんだよね。
 でも、三惠子ちゃんは真面目だから、全部救いたいって思うでしょ? 凛ちゃんに掛かりきりだったの見ると、そうとしか見えないもの。
 私としては、三惠子ちゃんのそう言う誠実さが好きだから、変わって欲しくないかな?」
 宙ちゃんは、静かに淡々と語った。
 それを聞くと、三惠子ちゃんは再び涙に暮れるのである。

「おうどん伸びちゃうから」
 と宥め賺して、なんとかお店を出るところまで持って来られた。

 尤も、宙ちゃんの猫屋敷に到着すると、機嫌は持ち戻したようで、割と笑顔で遊んでいた。
 紡季ちゃんは、「私達、教員の人事権はないんだよね」と言う。そうもすると、学年主任なり校長や教頭なりに相談する必要があるのか……
 厄介な問題だなぁ……

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧