「あいつは教えるのが下手じゃからな」
私をボコボコにした楓は、そう言って凛ちゃんの手を取った。
翌朝から訓練を開始したらしい。そして、それには真面目に取り組んでいると言う。
私を散々な目に遭わした当人である。機嫌も悪くさせたくないだろう。
真面目になるならいいことだけど……
ここに来て、やや厄介な事実が発覚した。
「え、厳しいんじゃないの?」
驚愕の事実。ななみによると、森上氏が助かりそうだという。
「常識的な名医に診せている範囲ではね。
でも、私とか葵とかが手伝えば、まぁなんとかなるんじゃない? DNA調べたら新薬効きそうだしね」
「へー」と感嘆の言葉しか出なかったが、しかし、ふと嫌な考えが過る。
「でも、金持ちだから命助かるとか、あんまし好きじゃないね」
意地悪な質問だなと思ってたら、「私もそう思う」とあっさり言われる。
「じゃぁなんで?」
「金持ちだから助かるって言うのを半端に理解されると、金を払う治療なら命が助かるんだって思う。
癌で一番助かりやすい方法は、標準医療を受ける事なんだよ。これは日本国で保険料を払っているなら誰でも受けられる治療なんだけど、金持ちは金を掛けただけもっといい方法があると思い込んじゃう。
だから、名だたる金持ちが山師に騙されて、薬にもならない薬を飲まされたり、手術を拒否したりする。そうやって金を搾り取られてポイってされちゃう。
私は元々医者だ。だから、金持ちだろうと貧乏人だろうと、助かって欲しいのは同じなんだよ」
言われればすっきりした話だ。だが、ななみのキャラクターじゃない。
「マッドサイエンチストが言う台詞かね」
「人聞きが悪いね!」
問題は、森上氏の身柄である。
凛ちゃんは一応行方不明という事になっているが、彼を我が校に運び込むと、もはや隠然と仕事をしている意味がなくなる。我が校の存在があからさますぎる形で世に曝される事になるからだ。
そうなると、彼の邸宅で手術をしなければならない。ななみや葵が病院を大きな顔して闊歩する訳にもいかないからだ。
こちらから装置を持っていかなければならないので、可搬型に改造するのに一週間はかかる。
腫瘍を"着色"させる薬や、オーダーメイドの抗がん剤の投与にもそれぐらい必要だ。
忙しくなってきたわけである。
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