「本当にこんな事、何の役に立つの?」
学校が終わってからの補修。凛ちゃんはうんざりしていた。
「道具を持たない人は、持たないなりの仕事しかできないし、それなりの仕事の人は、人格云々がしっかりしていても、それなりの評価しか得られないのよ」
「それなりの人間でいい」
不機嫌極まるという顔をしている。
「こっちとしては、そういう訳にいかないのよね……こっちも随分手間掛けてるんだから」
「何それ。そんなの知らないよ」
それは疑問ではなくて、反発として出た言葉だ。
ここまで特殊な状況におかれて、知らないはないぞ。
「考えてみなさいよ。タダの娘っ子一人の命を、こんだけ手間暇掛けて守っているのは……それだけ重要なポジションに貴方がいるんだよ。
もう、貴方中心に回ってる事柄があるから、それが上手く行かないと困るの」
説明するが、納得は行かない。
「それと私の勉強と何の関係があるの?」
ここまで来たら、全部言うしかないか。
「これ言っていいのかな……」
頭を掻きながらひと思いに言う。
「貴方には、軽く見積もって五千億円の遺産相続の権利がある。五千億円っていったら、まぁ、ちょっとしたものよ。
でもまぁ、その相続人がこんなお馬鹿さんだと知れたら、色々不味いでしょ」
得意げな顔をしてみるが、反抗的な目はやまない。
「馬鹿だと相続できないって言うの!?」
「馬鹿だと利用される。つけ込まれる。そして、自分の身を守れない」
そこまで言うと、苛立ちが極まったのか、「それならお金もいらないし、認めて貰わなくてもいい!」と叫んだ。
「それは無欲じゃなくて、ただ面倒くさがっているだけでしょう。
貴方が利用する価値もないとなったら、それはお金も権力も剥ぎ取られるんだけど、そうなるとそれを利用しようとする人が出てくる。
そうなると、今まで私とか繋とかが危険を冒してでも組み立ててきたシナリオが崩れてしまうんだからね。ここで諦められたらこっちが困るんです。
だから、何が何でも貴方にはひとかどの人間になって貰わないと困るし、それが叶わないなら、もう、貴方を生かしておく理由もない。
損切りするなら今すぐしてもいいから言ってね。私達、命に関わりのある事には慎重だから、貴方のこと、綺麗さっぱりなかったことに出来るからね」
そこまで詰めると泣き出した。
翌日、母親からの電話で、今日は行きたくないと言う話を聞く。勿論、本人は頭が痛いだなんだと言ってたが、母親はそれを見透かして連絡したのだ。
部屋に到着すると、寝室から出てこようとしてこない彼女の我が儘が聞こえる。
母親は困った顔をしている。我々のことを恩義に感じてくれているので、仕事はやりやすい。
合鍵で部屋に押し込み、踏み込み、布団を引き剥がす。
反抗的な顔の彼女を宥めつつ、拳銃を渡す。
それを認めると、驚いた猫のように後ずさりする。
そして、子猫のような目で見上げた。
「自殺用。
薬とか使われて利用されるの、貴方も困るでしょ?
もし、それが嫌ならもう一つの方法があるから、体操着着てC-3棟前に来て。少なくとも勉強はしなくて済むから」
そう言って突き放した。
そして、彼女はやってきた。来なかったら本当に山に埋めていたかも知れない。
そこからはしごきだ。
「頭でどうにか出来ないなら腕力で屈服させるしかないでしょ?」
小銃を持たせると、流石に引いたのか、真面目に訓練を受けた。
戦闘服の黒服に混じって走っている。
凛ちゃんに檄を飛ばしていると、楓が現われた。
「お主って奴はな……」
楓の説教したい気持ちが伝わってきたので、先制して言いたい事を言った。
「前の世界、まだ悪ガキの頃の話。
その頃は、なんでも腕力で片付けようとしていて、しょっちゅうトラブルを起こしていた。
旅に出るように言われて、城から逃げられるってんで、喜んで出かけたんだよね。訓練とか勉強とか嫌だったし。
いろいろあったけど、堪えたのは、ある賢者に会ったときだ。
その賢者は、身分を隠した私の事を、『世界を獲る男だ』と言っていた。無理だったけどね。
人間、腕力でないと言う事を聞かない奴がいるし、理詰めで説得しないと言う事を聞かない奴がいる。その両方を従えないと本当の意味で人を動かす事はできない。
あの子が生き残るためには、腕力にしろ、知力にしろ、人を動かさないといけない。
そこで初めて、もう片方が必要と分かる」
「それは分かるが、極端すぎるじゃろ?」
私の目論見通り、困った顔をしている。
「極端にでもやらないと、どうにもならないでしょ」
そうやって反論すると、「お主、そういう所じゃぞ。あの子は確かにどうにもならない子かも知れぬが、じゃからといって駄目な子と言う前提で接するからあかんのじゃ」尤もらしい意見を寄越す。
「そうはいっても、何もしないと、あの子、ホント、何も出来ませんよ」
「そうじゃのう」
楓もそんなに答えを持っていないようだった。
それから一旦別れたあと、一計を案じた楓が再び連絡してきたのだ。
なんと、勝負して買ったら好きにさせろと言いうのだ。
「それは流石に無理ゲーじゃない?」
楓と言ったら学校一の剣豪だ。
「お主が無理と言っている以上は、あの子も無理と言うじゃろな」
得意げな顔をしている。どうやら避けていられない戦いになるようだ。
これが、所謂負けイベントだというのは分かっていた。
だが、楓の言う事だ。根回しは万全である。
そういう訳で、黒服も凛も合わせて道場に移動する。
しこたまやられるんだろうなと思いつつ、着替えて木刀を握る。
「お主が儂から一発でもカマしたらお主の勝ちじゃ。再戦はいくらでも認めてやる。じゃが、泣き言を言うなら早めのうちがお得じゃぞ」
この人本気を出さないだろうなと思いつつ、本気で構える。
審判である小隊長が旗を上げると、ノータイムで打ち込んでくる。否、ほぼ瞬間である。
私も前の世界では腕を鳴らした自覚はある。必死で守りに入るが、もはや、そこから先には進めない。
一瞬でも気を抜いたら、そこに打ち込まれる――否、打ち込まれるのが分かっていても、もはや防げないのだ。
これは言わば隙のパズルゲームだ。隙を見せ、そこに打ち込めば反撃を食らう。見え透いた部分を見せて打たせようとする。
「どうしたどうした、仕掛けて来ないならば、儂から行くぞ」
余裕の言葉から分かるように、"ちょっかい"の攻撃を仕掛けてくる。
「なら本気出したらどうですか?」
苦し紛れに言うと、「そうか」と言って、次の瞬間手首を強かに打たれた。
確実に骨まで行く痛み。だが、うずくまっているうちに傷は治る。転生者である事を恨む瞬間だ。
「まだまだ!」
気合いで乗り切るしかない。痛みだけは未だに残っているが、気のせいだ。
それからは立ち上がれば打たれ、構えれば打たれるを繰り返した。
見物客も増えてくる。
「余計なことしやがって」
私は闘志に燃えるが、楓は冷静だ。
「証人は多い方がいいからの」
それから随分長い間ぶん殴られ続けた。完全なるワンサイドゲームだ。
それを止めたのは凛ちゃん……ではなく、三惠子ちゃんだった。本当にありがたい。
これがこのまま、私への尊敬に移ってくれれば何の苦労もないのだが、そうはいかないのが現実だ。
凛ちゃんはすっかり怯えてしまっていた。
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