凛ちゃんの転校だの、母親の職場への説明だのは、黒服が色々手を尽くしてくれた。差し当たり"ホテル"に入って貰ったけど、工作には最低ひと月は掛かるだろうと見込まれた。なので黒服の宿舎の一室に入って貰うことになった。この部屋は、今回のように人身保護が必要なときに使う為に用意されている。
凛ちゃんは当面、2-Aのクラスに通って貰うし、母親には購買のパート業務をしてもらうことにした。何かしら役割がある方が人間の精神は安定するからだ。
それと……凛ちゃんにはもう少し勉強を頑張って貰わなくちゃいけない。
遺産相続は、恐らく形ばかりになるだろうが、それでも値踏みされるに違いない、その時あんまりにも偏差値が低いのはよろしくない。ああいう人間は、概ね偏差値や学歴を人間の価値と思い混んでいるからだ。そうもしないと、裏口入学や学位販売所がビジネスになるわけがない。
それで、問題の凛ちゃんなのだが、標準偏差からは下の方に外れているのは間違いなかった。三惠子ちゃんが前の学校に聞きに行ったときの評判は最悪だったからだ。
落ちこぼれにリソースを食っていると、他の子が駄目になるので、ある程度見込みがないなら見限ってしまうしかない。仕方ない。そういう仕組みだ。
母親も、(その立場から見れば立派に母親をやっていると思えるにしても、)客観的には酷い親である。仕事で忙しいし、ストレスで辛く当たる事もあったようだからだ。
学校も転校続きなので、一貫した教育はなかなか受けていない。
それを考えると、凛ちゃんの知識や思考に関しては、大幅に割り引いて考えなければならない。
なんと言っても、九九を覚えていないぐらいだからだ。
存外、我が校は彼女にはいい環境かも知れない。
授業のペースは自由で、そしてそれが未達でも誰も困らない。
と、言う事で、ほぼ三惠子ちゃんのマンツーマンで授業することになった。
放課後は他の生徒も親切に教えている。
尤も、教育学の専門家と言えるのが、三惠子ちゃんみたいな"普通の教師"だけなので、割とちぐはぐである。
「そんな難しいコトを言ってもついて来られないでしょう」
が、ちさとちゃんの評である。
だけど、我々は、勉強することや訓練する事の楽しさは、教えられたら嬉しいと思いながら教えている。
少なくとも、教育に遅れが生じていた子にしては、授業を投げ出さずに受けてくれている。
ああ、私達が怖いというのもあるのだろうけど……
そうなのだ、二週間してもまだおどおどした様子や、こちらの表情を窺うような表情は変わらない。こちらが脅しながらやっているような気にさせる。
そして、どうしても理解できない壁に突き当たったとき、媚びたような表情を見せる事がある。この笑顔は違うなと誰もが気付いた。
記憶させることはまだ上手く出来ているので、物覚えが悪い訳ではない。だが、何かを考えると言う段になると、"思いつきの答え"を次々に言って当てると言うゲームになる。
文字を読んで、理解し、理屈を組み立てて推論し、実証して答えを出すと言うのは、我が校の生徒ならば普遍的に行える作業だ。しかし、どうやら、それが出来ていない。
一つ一つのステップで引っかかる。
うろ覚えだった九九を覚えさせて安堵した我々は暗礁に乗り上げた訳である。
一方、繋の工作は順調だった。
聞く話によると、セバスチャンが執事の格好しているのは兎も角、繋がハウスメイドの格好をしているらしい。それは是非ともご本尊を拝みたいところだ。
但し、凛ちゃんの実の父親の状態は次第に芳しくないものになっていると言う。
まだ森上幸次朗との意思疎通は出来るが、それがいつまで出来るかは、何も保証が出来ない。カルテのコピーを見たななみも「これは厳しいね」と言うレベルであった。
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧