峰ちゃんの「奇遇だね」の言葉に、正直ぶっ飛ばしたくなったけど、理性の限度のギリギリで思いとどまった。
さしずめ法務省のアイツの所為なのだろう。
引っ越しの挨拶にもって来た洗剤はありがたく戴くけど、上がろうとする動きは阻止した。
「峰ちゃん、いくらなんでも馴れ馴れし過ぎやしませんかね?」
ルイが嫌みをいうと、「おほほほ」と演技がかった笑いで誤魔化された。
しかし、少し間を置いてルチルちゃんが来ると言うのは、ちょっとした騒動が起こりそうな予感しかなかった。
後に、二人がこの家に転がり込むつもりだったと言う話を聞く。それに比べて……と安直には考えられない。
相談しなかったことにも腹を立てたが、しかし、「相談したら駄目っていうでしょ」って言われるのが関の山である。
一つだけ褒めるところがあるとしたら、芸能界でひとかどの地位を築いた人が、こんな庶民的な民家に、よく住もうと決断したものだと言う事だ。
聞けば、元の家を引き払い、思い出の品は倉庫へと移したらしい。
「でも、あの家、見るからにボロいですよ。立て直したりするんです?」
「そう、それなのよ! 入ってすぐに住めるかと思ったら全然じゃない? 本当にどうしようかなって」
主婦が今晩の献立を悩むぐらいの態度で首をかしげている。
「内覧しなかったんですか!?」
「電話ですぐ決めちゃったから」
駄目だコイツ、肝心なところで世間知らずだ……
彼女は、私達の苛立ちを何処まで察してくれたのかは謎だが、次の台詞は決定的である。
「それで、工事のお願いしたんだけど……それまでの間ね? ……学校に泊まれる施設があるって言うじゃない?」
ババァになると、そんなに厚かましくなれるのかと思った。
「何処でそんな情報手に入れたんですか」
わざとらしく嘆息する。
「あそこは、招待した生徒が、生徒の自腹で泊まって貰うんです」
「お金出すから、招待して?」
頭を抱えて悩む。
「あんまり無意味に人を泊めてはいけないんですよ……」
ルイがフォローしてくれた。
「お金があるなら、街のホテル使ってくださいよ。配信なら少しぐらいお手伝いしますし」
なんか余計なことを言ったなと言う自覚はあったが、発言は撤回できそうもない。
「しょうがないわね、そうするわ……あーあ、学校見たかったなぁ」
凄く嫌みったらしかったが聞き流すことにした。
ルチルちゃんは、峰ちゃんよりかは常識があったのか、早まった真似はしていなかった。ただ、更新料を払わないで済むと思ってた所の引っ越し延長だったので、かなりショックだったようだ。
可哀想と言えば可哀想だが、私達が気に病む筋合いの話ではない。
それで話が終わったのならば、それはそれで幸せだったのかも知れない。
そうもいかないと知れたのは、購買でビールを選んでいる時だった。
「やっほー! 真生ちゃん、ルイちゃん!」
「おい、お前、なんで……」と言いそうになりつつ、一旦息を呑んで、そして「峰ちゃーん! なんでー?」
と引きつる笑顔で応答した。
どうやら、楓の家に突っ込んでいったらしい。確かに、あの人なら面白がって泊めるだろう……
それで事情を聞くと、家事を任されたらしい。
「ああ、なるほどね。楓も何も考えてはいないか」と納得した。
「で、ちゃんと出来てるんですか?」
「失礼しちゃうわね、完璧よ!」
全然信じられなかった。
こう言ってはナンだが、峰ちゃんは、中学生の頃から芸能界に関わっていて、社会性はその辺からあんまし変わっていない。
流石に女優をやるので、ある程度常識は身につけているのだろうが、初めて新幹線の切符を買ったのも、マネージャーに教えられて漸くと言うレベルである。
彼女の社会性のなさが上手く役だったのは、彼女のVTuberデビュー前の事務所独立辺りでのことだ。
彼女のマネージャーを引き抜いて、元の事務所に勝手に話を付けて、ブレーンを送り込んでと言う事を、彼女が翻弄されている間にやってしまえたからだ。
彼女の収入なら、お手伝いさんを雇い続ける事は出来ただろうが、家の規模と、今後暇になる事を考えたら、身の回りの事は自分でやれないといけないだろう。
だから、楓のしたことは、多分、そういう所を見込んでのことなのだ。
その後、楓に連絡を取ってみると、案の定困ってはいるらしい。
「お主のためとは言わないが、しかし、少しはこっちの気苦労を分かってくれるとうれしいがのぉ」
と困ったような声で言う。
「ありがとう、でも知らない」
ルイには「薄情者め」と笑われたけれど、峰ちゃんが生活に困ろうがどうしようが、正直私の知ったことではないのだ。どーせお金で解決出来る問題なんだし。
「大女優におさんどんさせるなんて、そんなに出来るものじゃないし、自信持って」
と煽り気味に電話を切った。
「むっちゃ面白いんだけど!」
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