「三惠子ちゃん、お誕生日おめでとう!」
今日は、担任である三惠子先生の誕生日である。
サプライズパーティーと言いつつ、流石に校内では酒が飲めないと言う理由で、有志が楓邸に集まった。
三惠子ちゃんは感涙を押しとどめようと、かなり不細工な顔で我慢していた。
「いいんですか? 一応、普通の人ですし……」
私は、ななみさんにこっそり聞くと、「試用期間が切れたからね」と笑われた。
曰く、記憶処理剤の細かな制御は三年ちょっとぐらいが限界らしい。
「ひょっとして、突然辞めるとか言ったら……?」
これ以降、辞職はかなりの制限が掛かる。少なくとも教員をやめるにしても学校との関わりは絶てない。もしそれを望むなら、死ぬまで監視付きで人生万事政府のお膳立てで生きるしかない。それとも、危険を承知で記憶処理剤をオーバードーズするかだ。
「三惠子ちゃんは知ってるんですか?」
焦って聞いてみると、「あんまし知らないんじゃないかな?」とあっけらかんと答えられる。
試用期間が終わったのはもっと前の話だが、流石にそれを先生に伝える訳にもいかないので、誕生日に呼んだと言うわけである。
生徒からすれば、この日を境に"身内"になった訳で、それは純粋にめでたいと言う訳である。
「いや、なんていうか、心に引っかかるなぁ」
「そのうち慣れます」
羊子さんがショットグラスを二つ持って笑いかける。
「ひょっとして、もう一つは私ですか?」
「当然!」
見渡せば、確かに殆どショットグラスを持っていた――三惠子ちゃんもである。
「かんぱーい!」
本日二回目の乾杯である。塩を舐め、ライムを囓り、そして一瞬で飲み干す。
揮発性の高いそれは、口の中と食道をいい感じに焼きつつ、芳醇な香りを鼻腔に立ち上らせる。それから甘みをほんのり残していた。
三惠子ちゃんは、生徒基準からすると、お酒が強くないようだ。二杯目で既に上気している。
涙ながらに「ありがとう。ありがとう」と方々に感謝していた。
「三惠子ちゃん、純真な子でいいよねぇ」
と言う紡季ちゃんの視線が痛い。
「そういえば、ちさとちゃんっていつの間にか馴染んでるよね?」
紡季ちゃんがギロリと見て怖い。
「あ、そんな変な意味じゃないから! なんか、最初おどおどしてて、大丈夫かなって思ってたから、シンプルに嬉しいよ!」
「え~」
私が疑いの目を向けると、「そういう所だよ!」と突っ込まれた。
「まぁ、儂らが鍛えたからのぉ」
楓さんのフォローは、何とも反応がしづらい。
「おかげさまで……」
愛想笑いをする。
「御堂さん、貴方は本当にいい子ですね!」
今度は、酔っ払った三惠子ちゃんに絡まれる。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず頭を下げるのだけど、三惠子ちゃんは追いすがるように続ける。
「みんな、こう、破天荒な子ばかりだから、本当に癒やしになるの」
「は、はぁ」
ヤバイ、この人絡み酒の人だ。
「酒中真ありと言いますし、正直嬉しいですよ」
とりあえず褒めておいてやろうと思ったけど、三惠子ちゃんはそれがいたく感動したようで、わんわんと泣き始めた。
「あー、ちさとちゃん、三惠子ちゃん泣かせた~」
と五人ぐらいがハモっていた。
まだも纏わり付いてくる三惠子ちゃんを引き剥がして、キッチンに向かうことにした。
奥では麻雀だのテレビゲームだのを始める連中がいて、もう、集まる口実だけになってるだろうと言う雰囲気になっている。
「はい、はーい! レンコンのはさみ揚げ頼んだのだれ~?」
声を張り上げると、「私、わたしー」と、つかさちゃんが徳利を持ってやってきた。
「あ……なんか、この前はすみません……」
反射的に謝ってしまう。
「いやぁ、あれは私が悪かったよ。おかげさまで上手く行ってるし」
不器用な笑いで返事をくれた。
「それよりお酒飲んでる? 料理そこそこで戻らないと、安酒しか残らないぞ」
そう言って、徳利を傾けてくる。私は焦り気味に空いているお猪口を探すと、「どうも」と日本酒を戴いた。
「美味しい!」
すっきりとしていてスルスルと入るけれど、飲んだ後の香りが凄くはっきりしている。
「楓が隠してたお酒」
つかさちゃんが悪そうな顔をして含み笑いをしたら、お互いに朗らかになる。
「え、来るの!?」
突然大きな声を出したのは真生ちゃんだ。今日はまだそこまで深酒していない。
「いや、駄目だって、今日は友達と飲んでいるから!」
およそ中学生の言う会話ではない。
「いや、ちょっと、そんな勝手に!」
真生ちゃんはスマホを耳から離し、悪態を吐いているように見えた。電話が切られたらしい。
「おー、峰か!」「うん、うん」「来い、来い」
今度は楓さんが電話をしている。
全体的に嫌な予感がした。
「おい、皆の衆! 峰が来るぞ! 知っておるよな、いにしえのアイドル、今は楽しいおばちゃんじゃぞ!」
なんだ、その酷い説明……
奥で遊んでいる連中はまばらに返事をしていて、手前の方では大盛り上がりである。
「配信させよ! 配信!」
とか言ってる奴もいて、こりゃぁ手に負えないなと思った。
「峰ちゃんは、ホント面倒くさいオバサンだよ」
ルイちゃんが忌憚ない意見を述べていたが、楽しそうではあった。
「配信は駄目ですからね」
「わかってるよぉ。そんなに怒っちゃ駄目だよ」
そう言われて、額にしわが寄っている気がして、額に手を当てた。
「そういうところ、ちさとちゃん可愛いよね」
「やめてくださいよー」
「うずらスコッチエッグできたよー!」
「食べる食べる!」
食いしん坊が小皿を持って群がってくる。
「現金だねぇ」
小言を言うと、真琴さんが「ちさとさんの料理美味しいですもの」と上品に笑う。
「そういえば、最近徹夜続きだったみたいですけど、お酒飲んで倒れたりしないでくださいよ」
「仕事とお酒は別口よ」
とこれまた上品に笑うのだけど、若干口臭がする。
「あと、ちゃんと歯を磨いてください。おじさんみたいな匂いがしますよ。
ホント、まなびさんがいないと……もう少しご自身のことを考えてくださいね」
「もう、まなびみたいな事を言うのね」
「誰でもいいますよ」
奥を眺めるとまなびさんが静かに手酌で飲んでいる。
冷蔵庫からめんつゆとごま油に漬けたサーモンを取り出す。
「漬けサーモン欲しい人!」
と言うと、燈理さんと守さんがやってきた。
「もう、口説くのはなしですよ」
先制攻撃すると、「え~、繋はよく泊めるのに」と言われる。
「よくじゃないです、一回だけです」
毅然とした口調で答えると、二人は「信じられないなぁ」と顔で訴える。
「もう、馬鹿なこと言ってないで! 私は鉄壁ですよ!」
頬を膨らませると、また疑いの視線を向けられつつ彼らは持ち場へ戻っていった。
「ちさと、次は私が交代するよ」
ひじりさんがやってきた。彼女とは最近一緒に道乃さんのところに行く仲だ。
「ありがとうございます。
冷蔵庫にふぐ皮の煮こごりが入ってます。あと、解凍中のホタルイカのルイベがそろそろいい感じだと思います」
「完璧だねぇ。お店でも始めたらー?」
ひじりさんは軽いノリだけど、地味に本気で根回ししそうで怖い。
「中学生が飲み屋なんか始めたら叱られますよ」
「惜しいなぁ」
そう言って笑うっていると、春日さんが「校内でならやれるかも知れませんね」と話に乗る。
すると、阿由武さんが「綾夏~。あやな、あ・や・なーーー」と大声で呼びかける。
「はいはーい!」
と、やってくる綾夏さん。いや、この人にその話したら、確実にやるじゃん。
「ちさとにさ、飲み屋やらしたら、絶対に面白いと思うんだよね。校内に作ったらどう?」
「最高のアイデアだね!」
「こらこら、私を置き去りに勝手に進めない! これ以上働いたら私死んじゃうよ!」
きつめに反論するが、どうもあの顔は何かをどうにかするつもりだなと言う顔である。
そうしたら重厚な呼び鈴が響いた。
手が空いた所だし、私が玄関に向かう。
「ちさとちゃん!」
真栄田さんが上機嫌で飛びついてくる。
私はそれを避けつつ、「真栄田さん……まぁ、上がってください」とテンション低めに答える。
「もう。折角の飲み会なんだしぃ」
面倒くせぇなぁ、このオバサンは……とは流石に言えず、スリッパを出して奥へと通す。
「お、峰!」
楓さんが反応すると、後は雪崩のように盛り上がる。
「カラオケやろ! カラオケ!」
歌手なんだから、そんな無料で歌ってくれるかよと一人ごちたが、真栄田さんは上機嫌で「何歌う~?」と乗る気だ。
「真生とルイも~」
手の付けられないテンションになってる。
「皆さん困りましたね」
すっと入り込んできたのはエレンさんだった。
「私達と麻雀やりません? 一人足りないのよ」
「弱いですよ?」
「卓に座る人がいれば、誰でもいいのが正直なところよ」
申し訳ない気持ちではあったろうけど、それを実に実直に答えるのが彼女だった。
「そういう所が……」
と言いかけたけど、結局卓を囲むのが楽しいので、ご相伴にあずかることになった。
対面にアンナ、上家がエレン、下家が友加里という配置。
「友加里ちゃんが一緒にいるなんて、何かエレンさんに弱みでも握られましたか?」
少し変わった取り合わせだったので、ちょっと嫌みな聞き方をしてみた。
「ちさとちゃん、手厳しいねぇ」
「残念ながら、弱みは握れてませんの。何か面白い話ありませんか?」
「見つけたら、報告しますね」
「ちょっと!」
じゃれついているのをニコニコと見ているのがアンナちゃんだった。
背後では、カラオケが大盛り上がりだ。
古い歌から新しい歌まで、レパートリーは広いから、聞いていて飽きない。
私がボロ負けしたと言う事実を抜きにすれば、こんな事がずっと続けばいいのにと願わざるを得ない。
地獄とは何なのだろう。
三惠子ちゃんが歌っている。あの子やあの子も歌っている。
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