羊子の使っている"黒服"。彼らにも色々いるけれど、大多数は私達"転生者"関係の汚れ仕事とか、手が空いている時は学校の雑務をやっている。
お目当ての子は、今日は訓練ではなく、草刈りに動員されているようだ。
校庭で作業着を着ている一団を見つける。
草が積み上がり、青臭い匂いが漂ってくる。
「磐崎くーん!」
手を振ると相手も気付いて近寄ってきてくれた。
「風山さん。何かご用ですか?」
「悪いんだけど、街まで車出してくれない?」
学校の生徒でも車の運転ぐらいは出来るのだけど、流石に公道を走るのはマズいので、こうやって黒服にやらせている。
磐崎君は、以前ちょっとした事件で縁があって、この仕事に就いて貰った。面識があるので、こういう仕事を頼みやすいのだ。
「それぐらいなら、待機組にやらせればいいんじゃないんですか?」
怪訝な顔をする。
「往復二時間は一緒なんだから、少しは知ってる顔の方が楽しいでしょ?」
彼が不機嫌なのは、転生者から気に入られると、他の黒服からイジられるからである。
彼の着替えを待っている間に。彼の上長に話を通して、車を準備しておく。
「まもる~、これからドライブ?」
同級生の康奈に茶化される。
「あんまりご機嫌じゃないけどね」
そうだ、あまり面白い話ではない。
森上グループのオーナー、森上幸次朗が先日、末期癌を告白した。奥さんは先立たれていたし、子供は養子を含めていなかった。遺産は親戚筋に分配されるものと誰もが信じた。
そんな場面で爆弾発言が出る。十三年前に隠し子を作っていたと言う。
その子が見つかるなら、遺産の半分を相続させたいと言うのが彼の願いであり、そして、親戚筋を悩ませる問題であった。
繋はそれを、この朝見つけたのだ。先に一個分隊を展開して、監視させている。
場所は"街"の下町付近である。
「先に展開しているならば、その人達に運転を頼んでも良かったでしょう。急ぐなら手荒にでも回収できる訳ですし」
車の中で説明を聞いた彼は、それでも不満げである。
「なるべく心証を良くしたいじゃない?」
「それだからと言って、僕じゃなくても」
「磐崎君は、ヤクザになるには顔が優しすぎるんだよ。他の連中と言ったら……」
黒服は、大体自衛隊か何処かの軍、或いは警察や、その他法執行機関でやらかした人物である場合が多い。そういう連中は、何かこう"濃い"のだ。
元暴走族の彼は、ヤクザに頼まれて、何も知らずにヤバイもの運ばされたのが原因で、私に繋がった。元々優しい子だったから、なんとなく気に入ってしまったのだ。
「ハンチントンさんは?」
「あの人、今、繋と仕事中なんだよ」
何度も言うけれど、彼が私をこんなに厭うのは、職場でからかわれるからだ――と思っている。
特に妨害などなく現場にたどり着く――簡単に情報が漏れるほど間抜けじゃないからね。
だが、先遣隊は既に怪しい人影を確認していた。十分に警戒するように報告を受ける。
「磐崎君は車で待ってて。なにかあれば、すぐに出せるようにしたいから」
そう言って、古いアパートの一室に向かう。先遣隊によると、娘と母親二人暮らしで、今は二人とも家にいるという。
"ジー"と鳴る呼び鈴を鳴らす。
「凛さんのお母さんいらっしゃいますか?」
時期が時期である。彼女も敏感になっているだろう。
ドアアイからこちらを覗いているのを感じる。
その時、アパートの狭い通路をえっちらおっちらやってくる二人の男を認めた。
せいぜい拳銃ぐらいだろう。懐に手を突っ込んでいる。
予備動作をなるべく見せない。
浮かせた足が跳躍のステップを踏み、一瞬で間を詰める。
手をぐっと押し込み返す。
抵抗する力を利用して、腕を引き倒し、手首を捻る。
相棒が慌てて拳銃を抜くのが見える。
遅い。
持っている腕の反動を利用して、その男の懐に飛び込む。
引き倒した男を蹴飛ばす。
後ろの男の拳銃を伸ばす腕を掴み、一本背負い。
掴んでいる腕の腱を潰す。
蹴飛ばされた男が拳銃を拾おうとするのは分かっている。
私の射撃が早い。
フォローポイント弾が手を潰す。
腕を掴んでいる男に拳銃を突きつける。
「出てこい分隊!」
彼らは、十五秒足らずで登場する。
この場は彼らに任せ、裏手に急ぐ――窓から逃げ出した母娘だ。
「驚かせちゃってご免ねぇ」
朗らかに声を掛ける。
「貴方は何?」
娘を後ろに回し、母親がキツイ表情で挑んできた。
「お母さんはなんとなく分かるでしょ? 娘さんには?」
彼女は目を丸くして、そして、首を振った。
「凛ちゃん。お母さんと貴方は、ちょっとした事件に巻き込まれて、命を狙われています。
事件解決まで、安全な場所に案内したいけどいいかな?」
大人しめの子だ。やや幼く見える。母親の顔色を窺う。
「貴方が私達を狙っていない証拠は?」
「こんな剣呑な連中が目の前にいて、二人とも死んでいないでしょ?
事件の重大性を考えたら、ここで荒事起こしても、無理な揉み消しにも値すると思うのだけど」
母親は少し考えて、そして「プランはあるの?」と言う。なかなか聡い母親だ。
「今、私の仲間が相手の派閥を切り崩している。上手く行けば、身の安全は保証されるでしょう。満額解決は厳しいかも知れないけど、貴方、そんなの欲しくなかったりするでしょ?」
彼女は、森上幸次朗とその奥さんのお手伝いさんの一人だった。森上夫妻は自分たちに子供が出来ない理由が妻にある事を知っていた。そして、妻に請われて彼の子供を身ごもる。
しかし、その動きを察した人間に動きがあったらしい。
突然、母子は世間に放り出される。
何度か支援があったが、支援の度に居場所が漏れる事が分かったので、彼女はそのまま姿をくらませた。
身のを守る戦いの中、もはや森上家との関係は、むしろ断ちたいばかりであった。
「どうしても駄目なの? あの人が亡くなれば、もう終わりじゃないの?」
母親は私に耳打ちする。
「後で誰かに担ぎ出されたら、困ると思うんだよね。あの人達は」
静かに伝えると、母親は言葉を失った。
そして、娘を車へと乗せる。
だが、自分が乗る前にドアを閉め、車の脇で私に詰め寄る。
「じゃぁ、私が!」
母親は自分の命の代償に、娘の安全を考えたようだ。
「担ぎ出すつもりなら、娘だけでも十分でしょう?
――大丈夫です。私達、命に関してはちょっとばかり慎重ですから」
母親は納得いかない顔だったが、大人しく後部座席に座ってくれた。
その後、車は学校へとまっすぐ向かう。
下手くそな尾行が行われたが、気にしないことにした。むしろ、学校の連中が乗り出していると知って、手を引けば御の字だ。
車内での二人は静かなものだ。
母親は色々と思いを巡らしているようだ。それに手一杯と見える。
娘は、事件の驚きと恐怖から、何も話せないでいる様子だった。
田舎の景色が広がってくる頃、漸く口にしたのは「何処へ行くの?」だった。
「とてもいいところだよ。絶対に安全で、あなたぐらいの歳の子が沢山いる」
流石に校内に不埒な連中が侵入するとは思えなかったが、世話役に磐崎君のいる小隊を付けた。
スマホを渡し、何かあったら連絡するように伝えた。
「本当に気軽に電話してよ。警備の連中、どいつもゴツイ連中だからさ。言いにくいこととかあるでしょ?」
凛ちゃんとその母親の冒険が始まった。
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