私は、この真栄田峰と言う人が苦手だ。
話してみれば、ただの気のいいオバサンではあるのだが、なんだかんだで大女優だから、距離感がつかめないし、初見の印象が完全なる不審者だったからだ。
彼女の仕事も色々あって、暇になりつつあるらしい。面倒な事に、度々こっちに遊びに来るのだ。
翻って、真生ちゃんとルイちゃんは、リアルのモデル活動や、子ども食堂の事もあり、そこまで暇ではない。
と、なると時間を潰すためとして、自然とこの店に足が向くわけである。
「真栄田さん、お客さんとして来てくれるのは嬉しいけど、そんなに相手出来ませんよ?」
「ちさとちゃんを見られればそれでいいから」
「もぉ!」
そんな感じのやりとりばかりだ。
真栄田峰と言えば、半ば干されつつあるとしても、大女優と名高いし、若い頃の活躍もあって、地味に校内での人気もあった。それが、こっちサイドの人間と見なされるとなると、好意的に接してくる生徒も出てくる。
「あ、榛名ちゃん! こっちー!」
待ち合わせで現われたのは、三年生の多賀井榛名さんである。サイケデリックな色のキャラモノTシャツを着ての登場である。この子も少し苦手ではある。
この二人がわちゃわちゃしているのを見ると、オタクを歪曲して演じているように見えるのだ。否、中途半端にオタクをやるなと言いたいわけではないのだけど。
仕事の間間に立ち聞きをしていると、アニメの話やネットを中心に話題が広がっている楽曲の話などをしている。
真栄田さんは、こういう若い(?)子との交流を元にして、自分の配信で歌う曲を決めていたりする。
芸能界から離れるにつれ、意識も自由になるのか、有望な歌い手や作曲者の発掘し、濁りない意見を述べ、そしてカバーをした。
それは上から目線などではなく、同じ視野からの共感であって、それ故に、彼女はテレビと反比例にネットでの人気が上昇していた。
「それで、こっちに引っ越そうと思ってるんだけど……」
「え、こっちに来るの!? 凄くいいと思うよ!}
榛名さんは全面同意だった。
「でも、ルチルちゃんもこっちに来たがっているんだよねぇ」
そんな会話で大体察した。この人、あの二人の家に転がり込みたいだけだなと。
榛名さんは、流石にそこまで突っ込む気はなかったようだ。むしろ、その話題を避けたがっているようだった。
こんな時に、チラチラと私の方を見つめてくる。
嫌な役ばっかり!
「真栄田さん……何だかんだ言って、真生ちゃんとルイちゃんが可愛いだけなんでしょ? だから、同居とかしてみたかったりするんじゃないんですか?
そういうのは、悩むより先に本人に聞いてみたらいいじゃないですか。
それとも、断りにくい説得の仕方を教えて欲しいとか言うんじゃないでしょうね?」
キツ目に言うと、彼女はギクリという顔をした。
「ちさとちゃん。あなた可愛いから許されてるとこあるでしょ?」
許すかどうかは自分の問題だけど、それを差し向けてくるだけ、彼女の怒りは確かであった。
「こんな小娘に叱られて腹が立つのは分かりますが、そう言うの、二人から嫌われますよ」
そこまで言うと、彼女も意気消沈した。
「はぁ……」
大きなため息をして、言いたくない事を一息で言葉にした。
「あの家の隣の家のおじいちゃん、近く施設に入るそうですよ? ご家族の方が家を売りたがってるみたいなので、近所の不動産屋さんに探りを入れてみたらどうです?
あ、でも真栄田さんの想像より狭いと思いますから、それは文句言わないでくださいね」
あの二人には悪い事をしたなとは思ったが、下手に嗅ぎ回られるのは、もっと良くないことだろう。少なくとも、学校を監視している人々には評判が悪そうである。
兎に角、説明が終わると、真栄田さんはいたく感激して、私を抱きしめた。「本当にツンデレさんなんだから!」と満面の笑みで店を出て行った。
追いかける榛名さんはちゃんと捕まえた。ウチの店、ツケとかはないので。
「でー、漆谷さん。個人的な願望でここ来てるでしょ?」
このおっさんは、法務省特殊発生事象対策室の室長。学校を監視している人々の日本側の代表である。
「そ、そんなことないぞ!」
楓さん曰く、「最近、校外と校内の接触がゆるいな」と言う。本来は、こういうインテリジェンス側の人間と、転生者が話すのは望ましくはない。
とはいえ、あいつら、ちょこちょこ店にやってくるし、常連ヅラしてくるし、こちらも無愛想にはしていられない。
自然と、いろいろな情報が舞い込んでくるのだ。
「年齢的にも考えて、アイドル時代から好きだったでしょ?」
私が突っ込むと、「ちさとちゃんには敵わないね」と笑う。
「おっさんが、気易く女子中学生を下の名前で呼ばないでください」
「厳しいねぇ」
漆谷さんが頭を掻く。
「まぁ、でも、不動産の情報はありがとうございます」
「ツンデレだねぇ」
「セクハラですよ」
「お、おい! ……素性の知れない人間に居着かれるよりかは楽だからね」
それは、安全保障上の問題でもあっただろう。だけど、やっぱり、何か違う気がしている。
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