0056 関藤子先生を弔う

ページ名:0056 関藤子先生を弔う

 関藤子先生が亡くなられた。
 彼女が退職したのは十年ほど前だから、彼女を知るものは多い。
 度々学校に手紙が届いていたが、ここ一年それも途絶えていた。
 享年八十二歳、退職したのは心臓を悪くしたからである。そして、その病気が死因というわけである。
 当然、葬式には学校関係者が出向く訳だが、生徒はどれほど仲が良くても顔を出すわけにいかない。
 大体の場合、事情を知らない親族がいるので、そこに繋がりの分からない中学生が顔を出しても、微妙な顔をされるだけである。
 そういう時は、有志で集まり弔いの会をやるのだ。

 楓さんは言う。
「儂らには大切なことじゃからな」
 人の命に限りがあることも、自分たちが死ねない事は変えられない事だから、それを受け入れるしかない。しかし、受け入れる事は、何も思わなくなると言う事ではない。むしろ、そうであってはならないのだ。


「ちさとが料理に熱中しているのは正直嬉しいのぉ。
 何もしないでいるには人生長いから」
 缶ビールを片手に、楓さんが褒めてくれた。
「そんな事言っても、何も出てきませんよ」
 私は当然、かの先生とは面識などないけど、楓さんに料理を頼まれたのと、こうした問題に、みんなはどうしているのかを知りたくて、楓邸を訪れていた。

「でも、私の家庭料理でいいんですかね?」
 学校の大物達を前に、恐縮していると、「ちさとちゃんの料理は評判だよ。それに、プロの料理人に匹敵しようって言うのは、ちょっと違うんじゃないかな?」と羊子さんがフォローしてくれた。
「そういうものでしょうか?」
「プロは商売として成立するって制約が必要だけど、趣味はそれがないじゃない? それなら、自分にやれる範囲とリソースで、好きなようにやったほうがいいよ。
 多分、どんな趣味でも同じだよ。
 草野球やって、打ち上げにビール飲むのが大好きって言っても、それがプロの選手を馬鹿にしてる事にはならないでしょう? そういうものじゃないかな」
「ありがとうございます」

「それにしても、関先生って、凄く人気だったんですね」
「うーん、色んな所に首突っ込む先生だったからね。顔も広かった。
 ハメを外したときとか、真剣に怒ってくれたし」
 羊子さんが懐かしそうにしていた。
「怒られてどうですか?」
 優しい感じに尋ねると、羊子さんが微かに目を潤ませながら答える。
「怒られるって人生に大切な事だよ。悪い事やって、誰も叱ってくれなくなったら終わりだよ。歳をとったり権力を手に入れると、誰も叱ってくれなくなる。そうやって増長して、仕舞いには反対意見を潰すのに躍起になる。
 そこまでみっともない事をしたつもりはないけど、存外、国民にはそう思われていただろうね。
 あ、前の世界の話だけどね」
 そこに顔を赤くしたななみさんがやってきた。
「あの人、戦中生まれだから、ホント厳しかったよねぇ」
 やや口調がとろけているのを、羊子が窘める。
「結構懐いていたクセに」
 素っ気ない羊子さんに、ななみさんが抱きつきながら、「だって、お互い新人だったんだもん!」と泣き崩れていた。
 楓さんが「ちったぁ大人しく飲めないのか!」と叱っていたが、逆効果のようであった。

「そういう人が沢山いたら、覚えておくの大変じゃありません? と言うか、忘れてしまうの怖くないですか?」
 ちょっと不躾な質問をしてしまっただろうか?
「多分、転生の所為かしらね。そういうのあるから、人を覚えるのが割と無限に出来るようになってるっぽいよ。多分、転生前なら忘れていそうなちょっとした人の繋がりも、半世紀経ってもわすれないもの。
 忘れたくても忘れられない事も多いけどね」
 羊子さんの表情が硬くなるのを感じた。

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