涼子は長身と年嵩に見える事が原因で、一つだけ我慢していたものがあった。それはロリータ・ファッションをする事である。
漠然といいなぁとは思うものの、自分は絶対に似合わないだろうという意識が先行している。だから、小さなアイテムを買っては棚にしまうような事を、月一ペースでやっていたのだ。
コウは鈍感ではないので、そんな気持ちを大切にした。とはいえ、自分から問いかける訳にもいかずこんな不安定な状態が、実に五年ぐらい続いていた。
服のサイズに関しては、二人は両極端であるから、なかなか普通のお店で買えないのだ。大きなサイズ専門店と、小さなサイズ専門店を巡る事もあるが、近頃は自然、ネットでの買い物が多かった。
故に、「週末、服を買いに行こう」のコウの言葉は、やや珍しくもあった。
ただ、着るものに関しては、人並みに貪欲ではあるから、新しい服を見つけたのだろう。涼子はそう合点して同意した。
コウは、予め涼子のサイズに合うロリータがあるかを、お店に問い合わせていた。気に入ればプレゼントしようと言うつもりだ。
ただ、気がかりなのは「身長が177センチ」と言った時、店員が何かを察したような声色になった事だろう――勿論、「どのようなお客様でも歓迎します」と言うような事を言われたのだけど。
今日日、この手のお店がジェンダーレスではないのは珍しいのだけど、曲がりなりにも女を自認するようになった自分達が、そのように見られるのは、そのような趣味や性自認の人々に失礼でもあろう。
「ただ着られればいい」と言う人を除けば、服の趣味は自分をよく見せたいと言う表れであり、やや乱暴に言うなら、それ以外の意識で着る人は少ない。
ここで注意が必要なのは、よく見せたいと思う相手が、不特定多数なのか仲間内なのか、パートナー、もっと言えば自分さえ満足出来ればいいのか、それは様々であると言う事だ。
このスコープをどう認識し、割り切り、そして自覚するかで、選択が変わってくる。
涼子はこの世界に来て三十年ほどで、前世では七十ぐらいまで生きたと言う。だから、まだ、世間に向けられる目を意識するところがあるようだ。
そう考えると、"中学校に通っているから"と言う理由で、全員に可愛らしい制服を着せているのは、"この学校"の舞台装置としては、かなり強引な事なのだなと、コウは思っていた。
コウが転生した頃は、服に関しては動きやすさが大事ぐらいにしか思っていなかったし、服のサイズの事もあり、男児用のシャツなどを好んで着ていた。
ただ、女子である時間が長くなるにつれ、少しは見た目に興味を持ち始めた。
そんな事情で、周りから「ずるい」「反則」と茶化されようとも、女児用のドレスを着て媚びた目つきで見つめるとか、落ち着いた服を着て、マセたガキのような顔をしたりと、彼女は彼女なりに状況を楽しむようになっていた。(そうはいっても、ベースラインは動きやすい服に集中していたが)
涼子が出会ったのはこの頃であり、コウと意気投合しながらも、彼女は服装に関して実に保守的であったのだ。
その心境も少しずつ解け始め、ここ十数年は、"自分のキャラに合った"服を着るようになっていった。
コウはそうした涼子の心境の変化を好ましく思っていたが、涼子にしてみれば、コウの小柄な身体を羨ましい限りである。それを口にすることはなかったが。
当日、お店に向かう。涼子は、街の衣装屋さんは一通りリサーチしているから、コウが何処へ行こうとしているのかが分かった。
コウが自分の気持ちを知らないでいるとは思えないし、それを知っていて、自分にロリータを着た姿を見せる気でいるとも思えなかった。
それだから、コウの気持ちは嬉しかったが、突然のこともあり、焦る気持ちはあった。
商業ビルの"メインストリームではないファッションのお店"が集まるフロアに降り立つ。
フリルで存分に広がった服の掛かるラックや、キラキラした財布やバッグ、優しい色やブーツや原色のヒール、ブローチやネックレス、デコレーションされたつけまつげなどが押し込まれて、高濃度に輝いていた。
この光景は、涼子もコウも心ときめかせるものがあり、視界が広がるような目覚めを感じさせた。
高揚した気分で二人が入っていくと、"感じのいい"店員さんに接客される。
こういう時、店員の目に引っかかるのは、いつもコウの方だった。
よくある事だが、小柄というには小さいコウの身体は、"可愛いもの好き"からしたら、格好の着せ替え人形となる。特に、可愛い系の服を見に行く時なんかがそうで、そして、涼子はお財布扱いされるのだ。
コウはその辺も含めて危惧していた。だから、この店員の動きを鋭く見つめていた。
彼女は、目線からか顔色からか知らないが、それを察したようである。第一声は、涼子に向けられた。
"感じのいい"は極めて主観的な話だ。
店員は、どちらかと言えば細身で、気持ち小柄で、ピンクのドレスがよく似合っている。服装を含めた全体の雰囲気に反して、割と馴れ馴れしく、積極的に来るタイプの接客だ。人によっては、そういうのが嫌いな人もいるだろう。
とはいえ、コウは涼子に対する彼女の接し方を見て、連れてきて良かったと確信した。涼子が漸く、(店員に引っ張られつつだが)能動的に服を選ぶのだから。
それから、店員と彼女は服やアクセを並べて、あれやこれやと二時間以上話をしていた。
コウは、店内を見て回ったりしながら、それに付き合った。所在なさげに見えたら申し訳ないなと思い、また、涼子もこんな気分だったのだろうなと、二倍の意味で申し訳ない気分になっていた。
話が煮詰まってきて、あとは会計だろうなと思った頃、「お連れさんもいかがですか?」と話を振られてしまった。
コウも気分が良くなっていたので、財布の紐が緩かったのは言うまでもないだろう。
折角街に出たのだから、何か遊んで帰ろうと思っていた。でも、何だかんだで、昼の一時から五時まで掛かってしまったし、折角だからと、すっかり着替えてしまった。
夕暮れのショーウィンドウに自分たちの姿が映ると、得も言われない多幸感が湧き上がってきた。
涼子は自分の好きな姿を具現化させた事に、コウは涼子の満足した姿に。
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