0042 ちさとがみっちゃんに相談する

ページ名:0042 ちさとがみっちゃんに相談する

 こう言っては自慢になってしまうが、この学校、美食家が幾人も通っている。
 元々、一国の王様だったり独裁者だったりするような人間がいるので、それも当然と言えば当然か。
 尤も、中学生が超高級店に行っても嫌な顔をされるだけだから、その舌を満足させることは、なかなか難しいのだけど……
 ここ十年は、給食が美味いので、欠食児童みたく給食は皆が待ちに待つ時間となっている。

 その功労者は紡季だ。彼女が連れてきたのが、六三四道乃さん。通称みっちゃんである。
 軽く話を聞く限り、なかなかの苦労人なので、彼女の数倍も長生きしている生徒達も一目置いていたりする。
 五十歳を数える彼女は、常に明るく朗らかで恰幅が良い。いつも生徒達に美味いものを食わせるかを考えていて、そんな彼女を慕う調理人が、この学校に集っているのだ。

 研究施設にしても、訓練施設にしても一級のモノがそろっているこの学校である。調理に関しても手抜きがあるはずもなく、そこに一流の人材が仕事をしているとなると、手弁当でも(ちゃんと給料は払っているそうですが)彼らに学ぼうとする人も出てくる。
 勿論、この学校に目を付けられた人材なんて、社会からドロップアウトしたような人間ばかりだから、そんな人間について行こうとする人間もまた、お察しであったりはする。
 何かと重要視されるこの学校ではあるが、使いどころの難しい人間の最終処分場でもあったりするのだ。
 みっちゃんは兎も角、標準偏差の裾野のような人ばかりに寛容なのは、学校の生徒もいわば外れ値の寄せ集めみたいなものだからだろうか。

 最近、仕事の邪魔だと知りつつも、時々みっちゃんの所に話をしに出かけていく。
「あーら、ちさとちゃん!」
 私を見つけると、大声で呼びかけ、そして指導の手を休めて迎えに来てくれる。
 料理の質問はいつも建前で、どうでもいい話をする事が多い。
 彼女に師事して来ている料理人には申し訳ないのだけど。

 例の「ちさとの料理の腕を試す会」の続編が決まってしまって、次ぐらいはもっと凝った料理を作ってやろうと思っている所だ。
「流石に適当に作った料理じゃ悪いかなって思い始めて……」
「いーのよ、貴方、料理をする手を持っているからぁ」
 顔をほころばして笑う彼女は、心を明るくしてくれる。
「チェーン系のセントラルキッチンって、なるべく個の要素を省いて、誰でも同じクォリティの料理が出来る様にしているじゃない? でも、お店によって、微妙に美味しかったり不味かったりするでしょ? それが料理の手って奴よ」
 彼女が言うには、料理をする手は、レシピ通りに作るとか勝手なアレンジをしないとか、そういう部分を除外してもなお残る、料理の美味しさに繋がる要素らしい。
「まぁ、人によっては"気"って言ったりもするけどね、概念的には同じよ~」
 こう断言するけど、いまいち確信が持てない。
「例えばね、料理の手のない人がね、ただ、指示されたとおりに同じように作っても、多分、ちさとちゃんみたいに美味しく作れないと思うよ」
 そんなことを言われても、どんな食材も、適当に炒めて極端じゃない味付けをすれば、大体美味しく食べられるでしょうと思うのだけど、「美味しくない人の料理は本当に美味しくないから」と真顔で言われた。
 彼女はそもそもが一流の調理人である。そんな彼女の美味い不味いの基準が、今ひとつ信じられない。
「料理の手のない料理って、山月記の李徴の詩みたいなものかな。一流でも、何処かに欠けるところがあるみたいなね」
「そんな大層なものありません」
 みっちゃんは、否定する私を明るく肯定する。
「こんな可愛い子なんだから、何だって可能性はあるよ」
 内心嬉しいと思いつつも、"可愛い"と呼ばれる事に戸惑いはある。中身はおっさんなのにと。
 これはもう、転生してすぐから口を酸っぱくして言われていることだが、自分の事を「おっさん」と称すのだけはやめろ、と。ここにいる人間の過半数は元々おっさんやらじーさんだった連中である。それを忘れたふりして女子中学生を演じていると言うのに、自分でそういう方向に持っていくのは、いろいろな意味で良くないと言うのだ。
 それに、自分をおっさんと称する女性と言うのは、おっさんと言う属性を、だらしなさとかデリカシーのなさとかに換言しているだけで、それはもう、おっさんに似ているかどうかの問題ではないのだ。
 背筋に冷たいものが走った気がした。
 軽く武者震いをして、そして頭を過るのは次の一節だ。

 "もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?"

「可愛くなれるでしょうか?」
「保証するってぇ!」
 みっちゃんが大袈裟に、そして明るく笑っていた。

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