鐵池政治塾というものがある。勿論正式名称ではない。正確に言えば、名称なんてモノはない。隠然と影響を行使するとき、陰ながらそう呼ばれているだけの謎の組織だ。
謎といいつつ、私もお世話になっている。
実際、誰が世話になっていて、誰が無関係なのか、会合があるわけではないので、誰も知らない。
少なくとも、見たことあったことを語ってはならないと言う約束がある。
噂程度の話ならばいくらでもあるが、実態は不明だ。転生者が関わっているとも言うが、その辺の詳しいところはあまり触れられないようになっている。
今日は、塾長との会談である。
会談と言っても、スタンドアロンな端末を使った通話である。
指定の旅館に一人で向かう。秘書も連れて行けない。
古くて趣のある旅館に到着すると、黒服の男達が、私に呼びかける。
「先生、本日予定していた会談、盗聴器の発見により中止になりました。
すぐに連絡いたしますので、近所の公園でお待ちください」
ここで、どういうことだ、何が起こっていると騒いでも仕方がない。酷く秘密主義名政治塾であるから、こういう焦りは禁物だ――尤も、そういう事で動揺するような政治家は参加できないのだろうと思う。
これまた指定された公園のベンチに座る。
なんてことはない児童公園だ。一角に小さな社があり、周囲に古い民家がせり出すように並んでいる。
恐らく、ここでの私の態度も監視されているのだろうなと思った。
公園の一角にあった自販機で缶コーヒーを買って、再びベンチに戻ると、一人の女子中学生が座っていた。
大人しい印象はないが、真面目そうな子である。
「こんな時間に一人で時間潰していていいの?」
少し嫌みを帯びて話しかけてきた。
「約束が伸びてしまってね」
微笑み返すと、疑い深い表情で、再び問いかけられる。
「ひょっとして、リストラされて行くアテがないとか?」
意地悪そうな顔だが、悪意は感じられない。可愛い笑顔だ。
私は、本当に素に戻って笑った。
「実際似たようなものだな」
言い終わってからも一人の笑いは止まらない。
「なんですか? そんなにしょぼくれていたら、目の前のチャンスも逃げちゃいますよ」
「チャンスなんだろうかな? おじさんみたいな歳になると、自分で一度決めた事が呪いのように、自分に襲いかかってくる。
ただの一度、他人に甘くすると、それが基準になって、自分にも甘くしなくちゃいけなくなる。自分に厳しくしてしまうと、人に酷薄になる。
いいことを教えてやろう。自分はこういう人間だと、自分に対して決めないことだ」
少女は首をかしげて、「それで本当にいいの?」と問いかける。
「いらないものを許せないと決めたら、簡単にそれを許せなくなるじゃないか。そして、そのいらない規則で、嫌ってほど他人を値踏みするんだ」
「見た目よりも実直なんですね」
少女は静かにつぶやいた。
「そんなに胡乱に見えるかね?」
「政治家みたい」
ちょこんとした立ち位置から、えぐるような事を言ってくれる。
「そうか……」
一旦呑み込んでみたが、何かこみ上げるモノがある。
乾いた地面を見つめ、這い回るクロオオアリが目にとまる。
「許せないモノは許さない方がいいだろうし、ダメだと思った奴は、やっぱりダメかも知れないな」
そこからは、自分語りが止まらなくなってしまった。
「この際、しがらみや周りの連中の顔のことなんて気にせず、正しくあるべきなのではないかと思うのだよ。
そういう正しさを蔑ろにしている文化があるように、何処の連中を見ていても思うんだよ。敵だろうが味方だろうが、間違っている事は間違っていると言うべきだろうし、正しい事をしようとしている人間を止めるべきじゃないんだ」
私はさる会派のまとめ役なのだが、所属する複数の議員が問題を起こした件で、苦しい立場に立っている。
彼らは、地元の再開発事業に関連して、言い逃れようもない便宜を図った。その見返りに献金を受け取ったという疑惑が掛けられている。疑惑と言うにはほぼ証拠が出揃っていて、逮捕されるのも遠くないだろう。問題は、それを小さく収めるのか、素直に社会の判断に任せるのかと言うところにあった。
脳裏に様々な風景が過っていったが、何故自分が政治家なんて仕事をしているのだろうと言う思いがベースにあった。
苦しい時ばかりだった気がする。その時は笑顔で万歳したパーティや、緊張して料理の味も分からなかった党首との会談。対立する勢力との丁々発止の議論。
そこで目に浮かぶ、数多くの政治家やマスコミ、役人の顔。どいつもこいつも、真に正しい事なんて二の次だ。与党の連中も、野党の連中もだ。
そんなことだから、若者は情熱を失って、こんな国になってしまった。
「うーん、よくわかんないけど、私、そういうの好きだよ。間違ったことはやっぱり間違ってるよね」
素朴な笑顔が可愛い子である。
「よし、あんな奴らを守る義理はないな! 駄目な事をした奴は、ちゃんと報いを受けなくちゃならん」
膝を打って立ち上がった。
「おじさん、立派なこと言うじゃないですか。
そういうの、私好きですよ。
きっと上手くいきます」
そう言うと、彼女は去っていった。
程なく、黒服の男が現われ、車に乗せると、別の会場へと連れて行かれた。
先ほどよりも新しめの旅館の和室だ。そんなに高そうな部屋に見えないが、急ぎで用意したには立派かも知れない。
部屋には、シンプルに箱形の端末が置かれ、イヤホンマイクだけが繋がっている。
ボイスチェンジャーによるぼそぼそとした声を聞きながら、自分の思いの丈を伝えた。
「宜しい、望み通りに動いて見せよう」
事が動いたのは、それから五日後であった。
マスコミも、野党も、そして検察も同時進行で動いた。
関係した議員は、幹部クラスまで取り調べを受け、証人喚問までも受けた。
バランスの問題で全ての膿が絞り出されたとは言えないが、ほぼ満足な結果となった。
勿論、それが政局を大きく揺らし、そして政治の季節の訪れを告げる事となったのであるが。
「羊子、アイツの何がいいと思ったの? まさか、いい人に見えたからとかそんなんじゃないよね?」
政治のニュースを見ながら、ななみが尋ねた。
政治家と言うものは、実際会えばそれなりに良い人に見えるものだ。それは、ななみが前の世界で科学者として政治家と対峙したときの経験からも言える。
羊子は言う「あれなら最後までいい人を演じられるだろう」と。
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