0025 ちさとが拉致される話

ページ名:0025 ちさとが拉致される話

 月曜日の十六時十三分、俊子は帰り道にちさとを見かける。
 手を上げて、声を掛けようとした瞬間――拉致されてしまった。

 黒くて大きめのバンが横付けされて、ドアが開いた瞬間、車内から伸びた腕に、引っ張り込まれたのだ。


 同日十六時十五分、部屋でビールを呑んでいた楓のスマホに、俊子からの着信があった。楓は楓が愛して止まない子孫からの電話を3コール以上待たせる事はしない。
 俊子は「楓ちゃん! ちさとちゃんが」と言う所で、一旦息を呑んだ。このとき、ややパニックになっているのを楓は感じ取ったが、「落ち着け」なんて言っても無駄だったので、静かな口調で尋ねる。
「ちさとちゃんが、誘拐された!」
 その瞬間から、状況は開始された。

 楓の目配せで、ななみは楓のスマホの音声を校内に共有。そして、生徒全員にアラートが鳴らされ、十六時十八分には、校舎屋上のカタパルトから真っ白なUAVが放たれた。
 荒事担当で校内にいる者は、直ちに装備を調え、十六時三十分には、作戦室――見た目は広めの教室だが、壁にあるのは黒板ではなく、巨大なディスプレイである――に集合した。

 人工衛星とUAVの情報、俊子の証言と現在位置から、犯人そのものを追跡することは出来た。。
 俊子は迅速且つ安全に確保され、校内に連れてこられた。十六時三十八分の出来事である。

「すぐに連絡をくれて助かったよ」
 楓が俊子をねぎらう。

「背景はまだ分からないのか?」
「それらしい組織に動きはないですね」
 様々な中学生が、中二病全開のような話をしているが、映し出されている映像はフェイクでも何でもなく、リアルタイムの空撮なのである。

 ちさとはこの世界に一番最近現われた転生者故、その能力や危険性については、世界各国が知りたがっている情報である。
「しかし、いくらなんでも乱暴だろう。制裁を与えないわけにはいかないな」
 長身の三年生が言えば、「犯人の身柄を拘束すれば早い話だよね」と一年生が言う。「殺すんじゃないぞ」楓が釘を刺す。

 俊子はおとぎの国に落とされたような感覚を味わいつつ、これがこの学校の風景なのだと心に焼き付けていた。
 犯人の目星はつかないまま、十七時には、差し当たりアジトらしい峠の廃ラブホを突き止め、ハイエースの調達先も――二日前に盗難に遭ったものだ――判明した。


 さて、俊子が帰らなかった東谷山家の人たちは、プチパニックを起こしていた。
 十七時七分に、この古くさい実家へ、犯人からの脅迫電話が掛かってきたからだ。
「守谷のおじさん(この街の警察署の署長)に連絡した?」
「東里の先生(県会議員=当然親類)に声を掛けて」
 次々に有力者の名前が上がったのは、東谷山家が地元の名家であり、そしてその娘が誘拐された(らしい)からである。
 犯人の要求は三億円。払えない額ではない、だが、この東谷山家、楓の子孫だけあって、こういう屈辱には、徹底攻勢を仕掛けるつもりでいた。
 様々な連絡網を使い、犯人像は絞られていく。どうやら最近都会から転がり込んできたチンピラ連中らしい。
 十七時三十分頃には、アジトの捕捉までもう少しとなり、連携している警察の機動隊はアップを始めた。


「楽勝じゃん」
 ボイスチェンジャーと、偽造運転免許で作ったプリペイドSIM入り中古スマホで、"商談"を済ませた二十五歳の男が笑った。
 電話先の老婆が怯えていたのを思い出すと、またしても笑いがこみ上げてきた。(なお、これが俊子の祖母の武者震いによるものだと知る事はない)
 メンバーの一人が、メシを買って入ってきた。
 犯行グループは、振り込め詐欺の作業グループの中で知り合った連中だ。
 振り込め詐欺の件では、色々と丸め込まれて、大して金にならなかったのに腹が立ったが、しかし、バックに獰悪な半グレがいると知っていたので、大人しくするしかなかった。
 話のうまい男が、その半グレに「ワルの心得」みたいなものを聞き出していたこともあって、一発山を当ててやろうとなったわけだ。

 営利誘拐は失敗率が高いというが、それは警察に垂れ込まれた件数だけの話で、暗数を含めればそんなに悪いものじゃない。それが、奴らの理屈であった。
 なれば、自分たちが独立して億単位の金を手にするのは、不可能な話ではないと踏んだわけである。

 誘拐した娘は、こんなことしてたら、絶対に酷い目に遭うぞと喚いていたが、酷い目に遭うのは、交渉が失敗したときだと嘲笑った。
 これも最初の交渉が不調に終わったと知ると、素直になったので、小娘の生意気なんてしょうもないなと思った。
 ただ、コイツを傷物にしたり殺したりしたら、遺族が下手に執念を燃やしかねない。金だけはあるのだから。
 話は何度か折衝を重ねて、なんとか妥協点が見つかった。自分の娘相手に悠長な奴らだが、払うとなれば払うのだ。


 十六時三十分頃、山の中学校が活性化していると言う情報は、(当然)国の情報機関に上げられる――同時に他の国の連中もそれを掴んでいるに違いなかった。
「何処の馬鹿だ! 喧嘩を売った奴は!」
 日比谷公園を望む中央合同庁舎第6号館A棟の一角――本当に小さな一角――で、特殊発生事象対策室の室長、漆谷克也が吠えていた。
 横の連携はあるようなないような状況だから、各国腹の探り合いが始まる。
「転生者が増えて日が浅い。迂闊なことをされて、均衡が崩れることだけは阻止しなければならない」
 こうして、各国の情報機関の足の引っ張り合い――秘密作戦が実行される。


「警察が動き始めているぞ」
 十七時四十三分、切れ者の二年生が、声を上げた。
「他の目撃者が通報したのかも知れぬな……警察も優秀じゃないか」
 そう言って、楓は他の生徒と同じように、真っ黒なプロテクターとヘルメット、最新の短機関銃と拳銃、ナイフで武装している。
 慣れた人の目からは奇異に見えないが、俊子からしたら刀を振り回しているイメージしかないのでびっくりした。
「俊子、大丈夫じゃよ。絶対にちさとは助ける」
 一度死んでも、24時間以内にリスポーンされるなら、別に無茶やってもいいじゃないかと思う人もいるかも知れないが、転生者が誰もが証言するに、「死はこの世のあらゆる不快さと比較しても、別次元に不快」と言うのだ。だから、彼女たちも命を粗末にしないし、他の子の命も粗末にしない。

 十七時五十二分、周辺の環境をモニタしている連中から報告が入る。
 情報機関の連中も何か活性化しているのだ。見たところ、学校の観測所をお互いに潰し合っている状況である。
「クソ、こんな時に何やってくれてるんだ!」
 十七時五十四分、アラートのレベルが更に一段上げられる。武装できる者は武装して、非武装の子を保護し、可及的速やかに登校する旨の連絡である。


 十七時五十九分、パイロットとコパイロットの他、楓以下十名の完全武装の生徒を乗せたヘリは、学校を飛び立った。
 ヘリコプターは、ブレードの改良と電動化でかなり静粛性の高い代物に改造されていた。航続距離は短くなったが、安定性も高まった為、彼女ら好みの仕上がりとなっている。少し小柄だが、彼女たちにはちょうどいい大きさだ。
 十八時四分、周りの建物への影響を考え、彼女たちはラブホを遮る壁の外側にファストロープにより降下した。
 ラブホは所謂モーテルタイプで、閉鎖して十七年である。建物は健在であるが、肝試しに入る連中のお陰で、落書きし放題となっている。
 一部の部屋は屋根が崩れ、室内まで苔むしている。
 十八時八分、携帯型のUAVを投げ、周囲を詳細に確認する。十八時十七分、斥候が昆虫大のロボットを投入し、彼らの動きを推測する段になった。
 タブレットに、在りし日のラブホの見取り図が送られてくる。
「この配置じゃな……」
 元事務室の一番奥に捕らわれているようである。
 きっかけが必要だ。一人が小便にでも外に出てくれるといいのだが……十八時十二分、そうも言っていられない事態となる。
「機動隊が動いてる。あと三十分で到着する」
 撤収まで含めて三十分である――仮にも相手は我々に挑んでくる連中である。警察が絡むと絶対に厄介な事になる。救出するなら今しかない。
「よし、突入するぞ」

 作戦は、弱くなった天井をぶち抜き、ちさとの身柄を確保。同時にドアをブリーチング――といっても、既に半分壊れているが――して犯人を強襲、捕縛する。
 犯人とちさとはヘリで帰還し、一部の生徒は徒歩で下山、途中で回収される。


 十八時二十七分、アジトに轟音が響いた。
 天井が一瞬で粉々に破砕され、一瞬で粉塵により視界は真っ白になった。
 それからは殆ど一瞬の出来事である。
 怒号と発砲音が響く。
 上から二三人が下りてきただろうか、人質は姿を消し、同時に突き破られたドアからは、六七人の小柄な連中が押し入ってきた。
 手には小火器を持っている。銃口を背中に突き立てられ、壁の方に押しやられる。
 流れるように、手錠を掛けられ、気付いたらヘリコプターの中である。
 何が起きたか、全く理解できなかった。


 十八時四十分、機動隊は現地に到着した。
 周囲を完全に包囲し、状況がはっきりする十数分の間、その場は固定されていた。
 警察のエライさんたちは、首を捻るが、夜も更けると、数人の監視を残し、撤収した。


 十八時台は、インテリジェンスの連中の暗闘の時間だ、
 この機会にやりたいことやり放題である。学校に手を出さなければ、本当にルール無用となっている。
 よく死人が出なかったと思う。何処の国の観測所も、それはもう、無茶苦茶にされた。
 学校の人間は、人質確保まで動けやしないので、臍を噛む思いでいるしかなかった。


 十九時十七分。
 犯人の背景を調べ上げた学校の生徒は、安堵のような草臥れたような印象でいた。
「ただのクソチンピラじゃねぇか!」
 一年生の一人が叫んだ。
 そうだ、ただのチンピラである。背景には何もない、驚きの白さである。
 拘束された四人の男達は、自分たちの立場が分からず、ただ喚いている。
 ただただ、映画に出てくるのとは印象の違う明るい尋問室――一面の鏡はどう見てもマジックミラーであった。
「正直埋めたい」
 そんな意見が多数出ている。
 ただ、警察の動きは、どうも俊子と実家との連絡不足からだぞと言うのが判明すると、どうやって幕を引くんだと言う困惑を呼び起こした。

「お主らに選択肢をやろう。
 一つ目は、薬物により、お前達の証言を意味消失させることだ。
 このとき、お前達の自意識は再起不能になるが、命だけは助けてやる。
 二つ目は、遺書を書いて自殺じゃな。
 身分不相応に誘拐事件を起こして申し訳ない、ここに自殺しますと一筆書いて、首を吊って貰う。このオプションは、他を選ばなかったときに、自動的に我々が取り仕切るので、何も心配はいらぬ。
 三つ目は、この子を連れて、警察に自首することじゃな。但し、我々のことは一切忘れる事じゃ。
 下手なことを喋れば、地獄まで追いかけて息の根を止める。我々を見くびるなよ」


 火曜日、六時三十二分、どこからか調達された盗難車に乗り、誘拐犯が俊子を警察署に届けてきた。
 同時に自首し、七時二十三分、現行犯逮捕となった。

 犯人は、俊子を見ると、ギョッとした顔つきになったが、それは俊子も同じであった。
 ちさとは俊子に対し、申し訳ない顔をしていたが、むしろ申し訳ないのは俊子の方であった。ちさとは俊子の身代わりになったようなモノなのだから。
「私だったら大丈夫だっただろうか? 犯人を怒らせて酷い目に遭わなかっただろうか?」と考えて「それは、ちさとちゃんも同じだったんだ」と、自分のエゴイズムに戦慄した。


 情報機関の連中は、ここぞとばかりにやりたいことやれたし、我々も久々に実戦を楽しめたし、警察や東谷山家の連中もメンツを保てたし、色々よかったんじゃない?
 と言うのが、学校側の見解である。
 実質何もしてない警察が得意げなのが気になるが、日頃色々お世話になっているので、こういうログインボーナスも必要だろうという結論に至る。

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