0024 真生とルイがVTuberやりながら昔の親友に出会う話

ページ名:0024 真生とルイがVTuberやりながら昔の親友に出会う話

 「神内真生 楚山ルイ」と検索すると、一組のVTuberコンビが出てくる。
 設定は、七十二歳のロリババァの二人組。見た目は少し大人びた中学生のアイドルのような見た目の子である。
 実際、昭和歌謡をちょこちょこ流すし、八十年代ぐらいの頃の話が、妙に詳しすぎる。そんな事情で、おっさん連中には人気が高い。

 ファンが推測する彼女たちの人物像は、
①バックに当時の業界人がいる
②むっちゃ声が若いオバサン
③高度なボイスチェンジャーを使用
 のどれかであった。

 また、七十二歳故に、それより古い時代の話も当然出来るのだ。
 だから、可能性の四つ目として、「本当のロリババァ」もまことしやかに語られる。それは運営も彼女も否定しないのであった。

 女性VTuberにありがちな人物特定は進まず、"近い声"とされるものは、古いモノが多い。一番最近の"証拠"は、田舎の私立中学に通う中学生となるが、それは今までのプロファイルとは一致しない。
 勿論、この中学生を特定して、ネットに流した人間のアカウントは悉く凍結された。
 おっさん達は、この状態を見て、「声優の存在が表だったものじゃなかった時代」を懐かしんだ。
 ノリのいい連中は、七十二歳に接するように接しつつ、「ウチのばーちゃんより年上な女性に欲情する時が来るとは思わなかった」などと己を茶化すのを忘れなかった。


「それにしても、よく本名でやる勇気あるね……」
 つかさは、自分の店で二人のことが話題になったと言うと、真生は「そっちの方がばれないでしょう」と笑う。
「ちさとみたいな騒ぎは嫌だよ」
 気持ち顔を引きつらせるつかさに対して、「その時は実力行使に出ますので」と笑った。


 さて、ある日、想像外の所から攻撃が入った。
 それは、当時のアイドルで、今では大女優の真栄田峰である。
 「若い子でも、あの時代の歌を歌うんだ」と言う事で、試しに視聴してみると、トークの回では、当時の懐かしく、そしてあまり触れるべきではない話に触れていた。しかも、それが少なくとも自分が知る限りでは、全て真実であった。
 勿論、訴訟リスクがあるから、全て伏せ字にしていた。だが、当時の芸能界に詳しくて、そして勘のいい連中なら、妙なところで合点がいくような話である。
 それが大女優の逆鱗に触れた。
 二人は、「峰ちゃんは昔から堅い子だからねぇ」と笑ったが、事務所は正直笑えない事態に陥った。
 当然、昔のフリートークは再編集されて、芸能界云々の話は全部削除された。
 だが、削除されると増えるのが常である。ちょっとディープWebに潜れば、情報を補完したログがザクザク出てくる。
 その手の"研究者"はホクホクした顔でそれを集めて回る。そして、それはまた、怪文書の形で日の当たる場所へと放流されるのだ。

 実のところ、峰と真生、ルイは当時から仲が良く、今でも偶に連絡を取り合う仲ではあった。峰から見たら、二人は芸能界を引退して、投資か何かでフラフラ生きているレズカップルと言う事になっていた。
「磨美ちゃん(真生のこと)。磨美ちゃんと、桃ちゃん(ルイのこと)の事だけど、ネットで酷く言われてるよ」
 円熟した女優でも、昔なじみにはついつい当時の口調になってしまう。
 真生はなるべく枯れた声を出しつつ答える。
「え~、気にしないよ~、私達、酷いアイドルだったし」
「だから、そういうのやめてよ~」
 完全にオバサンの会話になっていた。

 磨美、桃の二人は人気絶頂期に突然マイクを置いた。芸能界に疲れたと言うのが表向きの理由であるが、本当はマスコミやファンのストーキング(当時そんな言葉はなかったが)に疲れた――と言うのを芸能界向けの理由としていた。実態は、これ以上長く続けると、歳を取らないのがバレるからであったが。
「辞めたときの理由だって、誰から聞いたのか知らないけど、普通にバラしているんだよ? そんなの許せないでしょ?」
「許すも許さないも、それが本当なんだから、いつまでも嘘ついていてもしかたないでしょ? 当時のことは、もう気にしていないから大丈夫だよ」
 彼女たちが許したとしても、峰は許していなかった。
「もう! 私達の事を誰か知らない人が、好き勝手に言いふらして、右も左も分からないような子に言わせてるんだよ! そんなの許せる訳ないでしょ! 今、弁護士に相談しているから!」
「マジでやめて!」
「マジ?」
「本当に……」
 ついつい中学生に戻ってしまう――否、中学生ではあるのだけど。

「こんな事もあったし、今度一度会わない?」
 峰が面倒な事を持ちかけた――当然、二人が会うことはない。峰からしたら、二人の芸能界引退の後、一度も会っていないのだ。二人は「峰ちゃんは、私達みたいな薄汚れた庶民なんかに会ってちゃダメ」なんて言っていたが、「これはもう、尊厳の問題」と言うので、なんと言っても、真生の言葉を受け入れなかった。


 二人は、本件、真面目に悩むことになるのだが、しかし、答えはない。
「もういい! 会う!」
 再会するホテルは設定されてしまったし、ばっくれるぐらいしか道はなかったが、真生は「もうどうしようもないでしょう」と破れかぶれになっていたのだ。
 真生が決断したことに、ルイは反対しなかった。

 当日、指定されたホテルの指定された部屋に向かう。
 ふかふかの絨毯が敷かれている高級ホテルだ。
「どうしよう。デビューの時よりドキドキするよ」
「真生ちゃんが決めたことでしょう。私だってドキドキしてるんだから!」
 流石にこの時点で、二人はブルーになっていた。
 蜜柑色の暖かく優しい照明が、仄暗い廊下を照らしている。

 紅い木調の扉を開くと、目を輝かせている峰がいた。
 何も言わずに前に進み出ると、峰は言葉に出来ないと言う顔をする。口を塞ぎ、目は涙が決壊する直前であった。
 しかし、その涙を振り払うように、真生に平手打ちをキメると、その場を怒りに満ちた足取りで立ち去っていった。
 部屋の調度品が立派であるのと同じく、そこに立ちすくんだ真生の態度は立派であった。

 峰との連絡はそれからない。


「ちょっと、今日の配信はしんみりしちゃおう!」
 真生の空元気だった。
「実は昨日ね、昔の大切な友達と絶交しちゃってね。
 こう、私、こんな歳だけど、こんな見た目だから、古い友達となかなか会いたくないんだよね。でもさ、どうしても会わなくちゃならなくってさ、そして会ったら、怒らせちゃってさ。
 まぁ、信じてくれるとか思ってなかったけどね」
 なるべくいつもの調子で語ろうとするが、ついつい早口で語ってしまう。
「真生、いいの?」
 ルイがいつになく優しい。
「いいよ、いいよ、どうせあの子、信じてくれないんだからさ」
「もう……」
 真生は明るく振る舞うが、そんなことに無理があるのは、ルイだけではなくリスナー達にも分かっていた。

「怒らせちゃったのは、全部私の責任だし、上手くやれないのは私が馬鹿だったからって言うのもあるけど、彼女の顔が見たくってね。
 もうオバサンになっちゃったあの子と自分の姿を見比べると、なんか情けなくなっちゃうじゃない? でも、そうやって時々自分を凹ませておかないと、どんどん調子に乗っちゃうでしょ。
 彼女からしたら、なんか昔の私達に似たクソガキ連れてきて、なんか上手く誤魔化そうとしたって思われるんだけどね。
 あー、どうするのが正解だったんだろうね」
 早口が止まらない。
「私は、真生の決断を否定しないよ。でも、あんまりよい手ではなかったかなとは思うよ」
「でも、本当のロリババァだなんて言っても、聞いてくれないでしょ。あの子。特にこんな状況だしさ」
 痛々しいほどにおどけた口調だ。
「でもね、この配信聞いてたら、多分、もの凄く怒ると思うよ。そういうの含めて大丈夫なの?」
「うん、これで、この配信出来なくなるかも知れないから、最後にあの歌を歌いたいかなぁって思うんだよね」
 当時の曲の長いイントロが始まった。引退が決まって、最後のテレビ収録の時の歌である。峰と三人で歌った"愛別離苦"だ。
 "磨美と桃"の曲は、敢えてこの放送では選ばなかった。リクエストは多かったけれども。
 その曲を聴いて、当時を知るものは全てを悟ったかも知れない。峰はどういう思いで聞いていただろうか?


 それから峰側からの連絡は、一切事務所に入っていない。
 事務所は忖度して、今回の放送はアーカイブしなかった。
 界隈では"神回の中の神回"と賞される配信となった。

 それから時々、「リアルババア」と言うハンドルから、多額のスパチャが贈られてくる。
 真生とルイはこの人物のコメントだけは、確実にそして丁寧に拾った。
 一部の人間は察しているが、それを口にするのはタブーである。

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