0023 紡季がちさとを誘って星野宙の家に出かける

ページ名:0023 紡季がちさとを誘って星野宙の家に出かける

 私がせいぜい、喫茶店のバイトしか収入源がないと言う事や、新人と言うのも理由なのかも知れないけれど、クラスメイトが代わる代わる遊びに誘ってくれたりするので、来週末充実している。
 今週も「ちさとちゃん、今度の日曜日に猫カフェ行かない?」と紡季ちゃんに誘われたので、近所にそんなものあったかしらと首をかしげながら同意した。

 待ち合わせてお店に向かう途中、コンビニに寄って色々と買い込む。
 お茶やコーヒー、お菓子と「あ、これこれ」と言って大きめの惣菜パンを三つ籠に入れた。
 何故、お店行くのに飲み物が必要なんだと思いながらも、慣れた手つきの紡季に何も言わずに従っておく。

 それから、お店に直行なのだけど、行き着いたのは一軒の民家である。二階建てで、築二十年ぐらい経っていそうな佇まいである。
 家の目の前に来て察したのは、動物の気配である。
 明確に悪臭がするわけでもないし、鳴き声が聞こえると言うわけでもないが、人間の知覚は人間の脳が処理するよりも鋭敏と言うし、多分そのどちらもをよりニューロン寄りの感覚で察知しているのかも知れない。
 それで、表札を見ると星野とある。
 あの子、こんな所で、猫カフェなんて開いているんだと驚いてしまう。

 だが、呼び鈴を鳴らして中に入れば、特にカフェ的な何かはなかった。
 確実な獣臭と、ハーブ的な消臭剤の臭いが混じる。
「こんにちは、ようこそ。適当に寛いでいってね」
 ぶっきらぼうでも、無愛想でもないが、ちょっと世間とズレているようなテンションの挨拶で、部屋に通される。
 部屋の中には、そこら中に猫がいて、そして、一匹のラブラドール・レトリバーがいた。
 犬は若い成犬ぐらいに見え、猫は子猫から老猫までさまざまだ。猫は主にミックスばかりに見える。軽く数えると7匹か。
 部屋は綺麗だし、犬も猫も毛並みは良く、よく出来た飼い主と言う印象しかなかった。
 部屋の隅の大きな机には、デュアルモニタとデスクトップPC、脇のスタンドにタブレットが立ててあると言う光景があった。
「急な仕事が入っちゃって、あんまりかまえないかもだけど、猫たちと遊んでくれると助かるよ」
 そう言ってPCの方に向かった。

「宙は、これでも作家さんなんだよー」
 紡季ちゃんが、ちょっぴり自慢げに話していた。
「ただのゴーストライターだよ。文才ない人の代わりに書いて欲しい事をそれっぽく書くだけの技術職」
 宙は手を動かしながら返事をした。

 紡季ちゃんは、「いつもの買ってきたから置いておくね」と言いながら、キッチンの方へと歩いて行く。
 宙ちゃんは、視線を一切外さずに、「ありがとう」と答えた。
 そうして、紡季ちゃんは惣菜パンを机の上に置くと、食器棚からコップを探し、そこにお茶を注いで持ってきてくれた。
 慣れた手つきでリビングのテーブルをふきんで拭いて、お菓子を広げてカフェモードに突入したのだ。

 私はゴーストライターの下りが妙に気になってうずうずしていると、紡季ちゃんがそれを察して、話を色々振ってくれる。
「最近の本とかある?」
 と聞くと、「多分、台所に縛ってるのかな」と言うと、紡季ちゃんはわざわざそれを解いてまでして、私に見せてきた。
 さる宗教家や、ちょっと知られた会社の経営者、地方都市の首長や国会議員の名前が出てくる。
「え、コレ全部!?」
「人間って、自分が思う以上に、文章書けないものだよ。こうやってプロに頼むだけマシだよ」
 紡季がフォローする。
 とはいえ、タイトルからして、無駄に意識の高い、反吐の出るような内容だと察する事が出来る。しかもリベラルな考えを匂わせるものもあれば、ゴリゴリの保守なタイトルまであって、概ね統一性はない。
「ちさとちゃん、宙が自分の主義とかないのかって思ってるでしょ?」
 ニコニコした紡季に突っ込まれるが、悔しいけど図星だ。
「う~ん、上手く言えないんだけど、主義主張が激しい人って、結局、自分の言ってる事の正しさを世間に認めさせる事とか、相手を屈服させる事が大切だったりするよね? それで、本当に正しいこととか、誰もが良いこととか、そういうのをないがしろにしちゃうでしょ?
 主義性より党派性が大切な人々って言うかな。
 そういうのを見ると、文章で自分の言いたい事を言う事って、凄く虚しく思えるんだよ。
 私は、決められた主張を、パズルを組み立てるみたいに文章に起こして行くのが楽しいから、今の仕事はそんなに苦しくないかな」
 宙ちゃんの、穏やかではあるけど、熱の籠もった返答に、なるほど、そういう動機で文章を書く人もいるのかとひとしきり納得するしかなかった。
 子猫が犬にちょっかいを出しているが、犬はそれに大人しく付き合っているし、草を食む猫がいれば、二匹で仲良くしている猫もいる。
「それにしても、沢山飼っていて大変じゃない?」
「好きだから、そうでもないかな。でも、これ以上頼まれたら無理かも」
 紡季ちゃんが説明するには、犬も猫も人から頼まれて預かっている子だと言う。
「里子に出せる子は出しちゃうんだけど、歳を取った子は仕方ないからね」
 棚の上には、猫のおやつと一緒に、動物病院の薬袋が並んでいる。
「管理が難しい子は、引き取り手が見つからないし、変な人に貰われていって、死んじゃったりしたら可哀想だし」
 死んじゃったと言うけど、動物虐待を趣味としている人が、猫を貰っていくと言う話を聞くので、実質、"殺された"と言うニュアンスだろう。
「大半が元野良だね。本当は、みんな飼ってあげたいけど、いろいろうるさい人もいるし、私も限界があるからね」
 紡季ちゃんと宙ちゃんの話だと、「猫を愛するいい人間」と自分に言い聞かせたい人が、一番楽で好かれる「餌をやる」だけをして「世話をしてやっている」という人間が、そこかしこにいるのだという。
「家で飼われるより、外にいる方が寿命が短いのにね。猫でもないのに、猫は自由な方が好きだって言うのは、要するに、自分が猫を保護しないでいい尤もらしい理由だからだよ。
 部屋も汚さなくていいし、臭いも気にしなくてもいい、壁も引っかかれないし、万一病気にかかっても、自然がそうしたって言えばいいだけだからね。本当に楽でいいよ」
 宙ちゃんはもっと感情を表に出さない子だと思っていたけど、背中を見るだけでもひしひしとその怒りを感じた。
「それに猫がよければ、野鳥や小動物が狩られても気にしないって"お人好し"が多いしね」
 紡季ちゃんも宙ちゃんに感化されているようだった。

 そんな話をしてたら「お腹すいちゃった、紡季、パン取って」と言って振り向いた。
 紡季が放り投げたモノをキャッチすると、例のパンをむしゃむしゃし始めた。
 時間は午後三時過ぎで、おやつ時と言えばそうだが、パンは大きいし、小柄な宙ちゃんの体格的には、結構なボリュームの筈だ。
 それを三つも買ったのだから、そんなにも食べるのかと驚くしかない。しかし、残りには手を付ける様子もなかった。
「宙、しつこくいうけど、もっと他のもの食べた方がいいよ」
 紡季ちゃんに、少し残念そうな口調で話しかけられると、いつも通りの口調で答えた。
「ちょうど430kcalだし、タンパク質も糖質も脂質も手に入るからちょうどいいんだよ? ビタミンとミネラルはタブレットで間に合うし」
 どうも、あのパンを常食していて、給食以外はそれしか食べないと言う生活を送っているらしい。
 私も思わず「そういうの不味いんじゃないの?」と言ってしまう。自分も人に頼りっきりのご飯なので立派なことは言えないのだけど……
「自分の事に時間を掛けたくない」
 とさらっと答えられてしまった。
 彼女は、ペットと本を書くことのために生きているのだった。

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