0020 つかさがメイド喫茶で情報屋として働く話

ページ名:0020 つかさがメイド喫茶で情報屋として働く話

「お帰りなさいませ、ご主人様」
 ここはつかさのバイト先だ。正確に言えば、カバーのバイト先だ。本当のお仕事は情報屋。正確には、情報を便利にリークさせるお仕事だ。
 キャラに似合わずメイド喫茶でメイドをやっているのだけど、情報屋としては存外便利だ。目立たないし、変な客がいればすぐに分かる。
「って、繋じゃん。何しに来たの? 可愛いの見たいなら、ちさとのお店行けばいいのに」
「拗ねるなんて可愛いところあるじゃない」
「やめなさいって」
 突然のイケメン登場に、周りがざわつく。しかも、勤務態度はあまりよくなく、オーナーの許可を得て、何かをコソコソやっている、あのつかさと仲良く話をしている。
 精神の安定が十全とは言えない女性も多いこの店で、こういう嫉妬は何かと損である。だから、あんまりクラスメートには来て欲しくないと言うのが正直なところだ。


「急ぎでコレを記事にして欲しい」
 すっと、microSDを差し出される。
「そういうの信用なくすから嫌なんだよね~」
「フェイクじゃないから大丈夫でしょう。釣れるか分からない鯛より、手元にある海老だよ」
 繋は得意げな顔をしていたので、ついつい嫌な顔になる。
 メディアをリーダーに差し込み、それをタブレットに繋いで見てみる。
 さる高級官僚の児童買春スキャンダルだ。この人物には、大規模な汚職事件の中心人物と目され、周囲が活性化しているのを知っていた。
「ハメられたとか?」
「正真正銘の自業自得」
「こういう奴を狙って使ってたってのが本当でしょう?」
「清廉潔白な人間が出世すると思うか?」
 それもそうねと思ったが、しかし、タイミングがやや微妙だ。現政権のざわつきがここ一年治まらない。理由は沢山あるが、しかしどれも決定打にはなってないのだ。
「いいとこ、この辺で政治もガラガラポンしてもいいんじゃない?」
「現政権はもうボロボロだが、今倒れられると困るそうだ」
「面倒くさいねぇ」
 心底面倒くさい顔をする。
「どのみち、どっかでお亡くなりになるんだ。せいぜいお国のために死んでくれって事なんだろうね」
「間違わなければ死なずに済んだだろうに」
「権力に近づくってそういうものでしょ?」
「私、権力とか嫌いだし」
「それだから――」
 繋は、その先を言うのを我慢した。前の世界のつかさはある意味、権力に殺されたようなものだからだ。
「それじゃぁ、よろしくね~」
 爽やかな笑顔で去って行く繋、作り笑顔で「いってらっしゃいませ~」と頭を下げて商談は終わった。

「あの人誰? 紹介して!」
 仲のいいメイド数人が駆け寄ってくる。
 正直なところ、あんな奴に引き合わされたら、碌な目に遭わないのだけど、これも復讐だと"捨てやすい方の連絡先"を教えてやることにした。
 つかさは「繋、人を顎で使うからだよ」などと、独りごちたりしてみた。

 それから知り合いでそこそこ特ダネに強い週刊誌の記者を呼び出した。
「昼過ぎまでにネタが上がれば、印刷に間に合うでしょう?」
 記者も時期が時期だけにネタの事は察していた。
「この時期に、あんた呼び出すって、もう分かってるでしょう。こういうの持ちつ持たれつじゃない」
 つかさは、記者をなだめすかして呼びかける。
「情報は流すから、記事にするかどうか相談しに来てよ」
 相当嫌な顔をするだろうなと分かっているが、来ないという選択肢はないだろうと踏んでいた。
 つかさのバックには、魑魅魍魎が蠢く稜邦中学校がある。そこが政界財界に乱脈なコネで繋がっていると知っているからだ。

 三十分後電話が掛かってくる。
「もしもし、瀧様のお電話でしょうか?」
 緊張した若い声だ。
「ひょっとして新人さん?」
「いえ、二年目の藤田です」
「新人みたいなものじゃない。まぁいいから、お店においで」

 つかさは気持ちイラッとしたが、何かしか考えはあるのだろうなと思った。
 それから小一時間で彼は到着し、奥の陰になってる席へと通す。
 別の誰かが登場するかと思ったのか、藤田はキョロキョロと見渡す。
「ねぇ、もっとどっしりしてないと、情報提供者は何も言ってくれないよ。
 折角の大切な情報、それも命掛かってるかも知れない情報を、こんな奴に任せて大丈夫かしら? って思われたら終わりだよ」
 つかさは対面に座って記者に呼びかけた。
「え?」
 一瞬どころではなく固まっている。
「人間を見かけで判断するのもやめなさい。詐欺師に担がれるよ。
 聞かなかった? 私、これでも編集長より年上だよ」
 何かを反芻するように口をあぐあぐしている。
「あー、話にならない。編集長に電話するわ」
 電話を取りだしたところで、「ごめんなさい!」と慌て始めた。

「状況は理解できてるでしょ?」
「はい」
 藤田は前のめりで話を聞く。
「悪いけど、みんなが追っかけてる件、下手すると片手じゃ済まない人数死ぬよ」
「それは覚悟の上でしょう」
 それを聞いて、つかさはにやりとした。


「ペンは剣よりも強しって知ってる?」
「知ってますとも。だから記者になったんです」
「馬鹿だねぇ。もう少し勉強しなさいよ。あれは、権力者がコイツを処刑しろと命令書にサインすれば、誰だって簡単に殺せるって意味。それを理解しないでよく記者やれるねぇ。
 報道は今や権力の監視なんかしてない。報道こそが権力を持っている。問題はその使い方だよ。都合の悪いものは報道しないし、情報の誘導もする。もう二年も記者やってるなら、そういう現場見てるでしょう?
 これは友達の受け売りだけど、世の中は変転するバランスで成り立っているから、使えるモノは何でも使って、なんとかかんとか安定させなくちゃならない。それが統治だよ。
 多分、君は、この大疑獄をなんとかして世間に広めて、正義を成さなければならないと思っている。
 でも、国会を見てよ。何件もくだらない問題が出ててしつこくしつこく追いかける割に、本気さなんて見えないでしょう? もっと賢いやり方なんていっぱいあったのに。そして、もっと追求すれば政権を追い詰められるようなネタもあったって言うのに。
 君が与党と野党、どっちが好きかは知らないけど、倒せる敵を倒さないでいるのは、持ちつ持たれつだからじゃない?
 ここで政権がひっくり返りましたってなったとき、今騒がれてる他の重要な案件は、全部一度宙に浮いて、また最初っからやり直しになる。その決断の遅れの為に、また沢山の人が路頭に迷って自殺する。その命、貴方は自分の責任と思っていられるかしら?
 どうせ何処かで無責任にならなくちゃならない。人間ってそういうものでしょう?
 矛盾がないのが素晴らしい事だと思っているよ。だけど、自分は矛盾がない人間だって思い混む奴は馬鹿だよ。
 確かにね、実際上の方は腐ってると思うよ。
 穴を掘って埋めるだけで経済効果があると言うのが全否定されて、もう少しマシな使い方をされると思いきや、口先だけで生きてきた連中に中抜きされてしまうのだから。こんなことなら、まだ穴を掘って埋めるだけの方がずっとマシだっただろう。
 このカネを使えば、戦車や戦闘機なんかを節約するよりも、ずっとずっと世間のために使えただろうに。
 でも、それは仕方ないんだ。
 誰か強い何かがいて、世間にそれを強制させている訳じゃない。みんなが私利私欲で動いてごちゃごちゃに絡まっているから、表面でいくら騒いでも無駄なんだよ。
 君も諦めて、権力の歯車の一つになりなさい。そうもしないと、精神持たないぞ」
 つかさはため息をついて、羊子に毒されてるなと思った。
 藤田は帰り、そして週明けに記事になった。
 一週間後に、問題の男は遺書を書き首を吊った。それですべてなかった事になった。本当に、綺麗さっぱりと。

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