「昨晩侵入した工作員だけど、セバスチャンの顔見知りっぽいから、一度会ってくれない?」
我が校は、いろいろな意味で世界の厄介連中の興味を集中させている。
一応、外交上の取り決めとして、無茶なことはしないと言う事になっているが、度々侵入しては我々に返り討ちに遭っている。
「舞阪様。そんなこと言われましても、わたくし、そこまで顔は広くありませんよ?」
ヘイデン・ハンチントンと言う名前が本当かどうかは知らないが、むしろ信用できない故に、みんな彼をセバスチャンとかセバスとか呼んでいる。
見た目は、高い鼻とくぼんだ瞳、ロマンスグレーの英国紳士。所謂執事服が超絶似合うイケメンだ。我が校で用務員をしている。
この男が、面会を渋ると言うのは、明らかに本人と面倒くさい関係にある奴に違いない。
そもそも、セバスチャンが我が校に"侵入"した理由は、「世界のあちこちに行かなくてもきな臭い情報が手に入るから。寄る年波には勝てませんからね」と言うのであるから、拘束した人間と面会できると聞けば普通喜ぶのである。
「絶対セバスチャンの知り合いでしょう? "クロウがいるんだけど"って言ったら目の色変えたよ」
ブラフであるが、ブラフと分かってしまっても意味のあるブラフだ。
「そういう冗談はぞっとしませんな」
少し困った顔で笑うと、渋々私についてくることになった。
拘束された男の経歴は、調べられる範囲だと、セバスチャンと昔一緒に仕事をした時期があるようだ。目の色を変えるかどうかは知らないが、因縁の一つや二つぐらいはあるに違いない。
初老で目の爛々とした男だ。確かに強いし経験豊富だが、私たちには勝てなかった。
「よう、クロウ」
「お久しぶりですな、ナイト」
「ふざけた格好しやがって」
「いくつまでそんな遊び続けるんですか? そろそろ落ち着かれては?」
「落ち着いているつもりなら、なんでこんな所にいるんだよ、お前は」
「ここはいいですよ。静かに暮らせるのに退屈しない」
「そんな話をしているんじゃねぇよ」
「そんな話です。もうお互いに歳でしょう」
「糞食らえだ」
「いくら抗っても、人間は何処までも人間です。歳を取れば衰えるし、いずれ死ぬ」
「妻子に囲まれて、穏やかに死ねってか」
「死に場所ぐらい、自分で好きに選べばよろしいでしょう。ただ、その死に方が幸せとは思いませんな」
「幸せなんて、統治者が人民を統治しやすくするために作られたひな形でしかない。そんなもんに乗っかるような生き方は俺はできないね」
「例え、それがパターナリズムと社会福祉予算の都合だとしても、肺癌や肝硬変で死ぬのが幸せではないでしょうに」
「煙草と酒を禁じられるなら、苦しんで早死にした方がマシだよ」
「強がって」
「反抗とは、格好付けて言い繕った強がりだよ」
「ご自身、無理と分かっているなら、さっさとやめればよろしいでしょう」
「やめて、その先に何がある。漫然とした日常と死だけじゃないか」
「冒険とスリルと死しかないじゃないですか」
「最高だね」
「そう言えるのは、十代までですよ」
「残念ながら、俺はいつまでも子供でね。お前みたいに、自分を大人だと偽って生きるほど頭が良くないからな」
「それは残念ですな」
「そうだな……お前はいい奴だよ。俺が碌でなしなだけで」
「そう卑下することもないでしょう。ナイトもいい友達でしたよ」
「友達か……」
ナイトと呼ばれるこの男は、最後の言葉に無上の寂しさを感じていたようだ。振り向いたセバスチャンよりもずっと厳しい顔をしていた。
「彼をどうします?」
「過去48時間の記憶処理の後、本国に送還かなぁ。生かして捕まえた人間を処刑なんてしないよ」
「そうでしたな」
彼が、妙に飄々としているのが気になった。
「私、あのおっちゃんの言う事の方がなんとなく理解できるんだよなぁ」
「貴方は歳を取りませんからね」
セバスチャンはにべもない。腹が立つので食い下がってみる。
「多分、死ぬ運命があっても、私、あのおっちゃんみたいに生きてたと思うよ」
「前世のお話で?」
「それもあるね……セバスチャンみたいに生きていたら、地獄には落ちなかったかも知れない」
「そう地獄地獄言わないでくださいませ。我々の世界でもあるのですから」
この言葉の瞬間、ほんの一瞬、胸に突き刺さる寂寥感があった。
「悪かったね」
このジジイもやっぱり感じるものがあったんじゃないか!
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