その音は、この土地に百四十年前からしばしば鳴り響いている。
人の悲鳴のようにも、動物の咆吼のようにも、機械のうなり声、乱暴に弾き鳴らされた楽器、豪雨か暴風――色々と形容できたが、同時にどれ一つしっくりするモノではなかった。
尤も、この音で不安に慄く人間はいない。転生者にしか聞こえないからだ。
私も初めてここに来たときに聞いたし、他の皆もそうだ。
全校生徒の耳が、校庭に集中する。
三惠子ちゃんは気付かず授業をしている。彼女が赴任して初めての事か。
「先生、少し席を外すぞ」
楓が席を立ち、校庭へと向かう。
「わ、私も!」
私のように好奇心を捨てられない何人かが席を立つ。
全校でこんな現象が起きている。様々な装置を持ち込み、この稀な現象を捉えようと頑張っている。
「転生者が校庭に現われるのは、この"音"が観察されてから、平均522秒、4σで±85秒である。"音"を含めこれから起こる現象は、電磁気は愚か、ニュートリノ他、素粒子の類いで特異的な記録も起きていない。今のところは」
「ななみにとっては面白いじゃろう」
太刀を手にした楓が少し怖い顔をしている。
「そりゃそうとも」
得意げな顔をすると、楓は少し軟化して言う。
「剣呑なのが一ダース来たらどうするつもりなんじゃ?」
「みんな強いもの」
校庭の周りには、各種のディテクターがそびえ立っている。7分半と少々で準備するには、既に設置したモノをせり上がらせるしかないからだ。
そのために、校庭の地下はちょっとした秘密組織のようになっている。
音から300秒あまり。駆け足で集まった生徒は、楓のような武闘派と私たちのようなマッドサイエンチストばかりである。
この時点から校庭は立ち入り禁止になる――研究の邪魔になると言うのもあるが、障害物があると出現地点が定まらなくなる事が判明している。転生者と我々の安全のためにこれはマズいのだ。
固唾を飲んでいると霧が出てくる。
この霧は空気中の水分が凝集した、あの"霧"でしかない。様々な方法で収集し、様々な方法で分離し、様々な方法で検出している。およそ気体分析でできそうな事は全てここでやっている――が、未だに芳しい成果は出ていない。
スマホに送られてくる記録を見るが、アラートが鳴るような特異点は検出されない。
楓が「でてきたの」と言うのだが、霧の中で分からない。
科学的ではない"何か"でそれを察知すると、楓や同じような能力を持つ生徒が校庭に入っていく。
霧は晴れてくると、グラウンドの真ん中に女の子の姿が見える。
黒髪のポニーテール、メガネっ娘だ。
警戒して近づく数人は武器を携えている。それは太刀であったり拳銃であったりライフルであったり斧であったりだ。
我が愛すべき地獄にやってくる連中は、高確率で碌な死に方をしていないので、そこそこの確率で暴れる。これを制圧するのが彼女らの仕事である。
最悪な場合、殺すことも許される。
尤も、その場合、24時間以内に校庭にリスポーンされるので、我々には好都合である。
「え? えっ?」
少女は混乱しているようだ。何せ死んだと思った次の瞬間、少女の姿になって全裸で学校に立たされるのだ。それも武器を持った人間に取り囲まれて。
一人がガウンを差し出し、それを着ると鏡を見せる。
「ようこそ、地獄へ」
「私……」
「お名前は?」
問いかければ、一瞬止まって、そしてはっとして答える。
「ちさと……御堂ちさとです」
記憶が作られていく時間だ。私も体験した。記憶していない筈の事が脳に入り込んでくる。
自分の名前と年齢、容姿だ。
「言いたい事は分かるが……お主は既に死んで、こちらの世界に来た。地獄じゃ」
楓が一歩踏み出して言った――今回は2年A組が転生者を受け入れる番だからだ。
今回の子は物わかりがよくて助かる――と言うか、自分の事を優先しない。
「先ずは購買に行って、制服の採寸と、とりあえず着せるための制服を用意する」
ついでに、"役所"に出すための書類を準備する。
銀行口座とクレジットカード、転生者対象の一時金、"仮住まい"としての県営住宅、通称"独身寮"の割り当て、スマホや学校で使うものの支給などが決められる。
そこから学校案内だ。研究棟やら資材倉庫、鍛錬場、裏山を案内して、校舎に戻る。
職員室に顔を出して軽く挨拶。情報は購買経由で入ってくるので、名簿だのなんだのはこのタイミングで準備される。
最後に教室だ。
「転校生の御堂ちさとです。皆さん、よろしくお願いします!」
いいじゃないか、転校生らしい。
三惠子ちゃんは何が何だか分からず、機転を強制されて、他の生徒が持ってきた席を指さして、「その席が空いてますね」なんて言う。
こうして学校という体裁が守られている。
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