「あら、この家の子かしら?」
屋敷の前で、尻尾と狐耳のコスプレをした十三、四の子が立っていた。
お母さんがその子に声を掛けると、「まぁ、そんなところじゃが」と、若干居心地の悪そうな顔をしていた。
なんか変なしゃべり方だなぁと思っていたが、とりあえず玄関前で待ちぼうけというのも、こちらだって居心地が悪い。
この女の子が鍵を開けて、「まぁ上がるとよい」などと招き入れてくれた。
「誰かー!」
女の子が声を張り上げたが、誰も返事がない。そりゃぁそうか。鍵が閉まっているのだから。
「誰もおらんのか」
軽い悪態をつくと、「そちらで座っておれ」と指図し、そして奥へと消えていった。
でっかい旧家である。全体的に線香が染みついたような香りがするし、静かであるが動けば何かがミシミシ言うように感じられて、落ち着くのか落ち着かないのかよく分からない感じとなっている。
暫くして、女の子が茶と茶菓子を持ってきた。
「こんなモノしかなくてすまんの」
この家の勝手を知っていると言う事は、本家の子だろうか? 確かに、私と同じ年頃の子がいたような記憶はある――この家に来たのは、もう随分と昔のことだから、あまりはっきりとは覚えていない。
「大御祖母様はお見えになるかしら?」
お母さんが切り出した。
女の子は、一瞬目がギラリとしたが、すっと視線を外して答える。
「見ての通り、家の者が出てしまっていてな。メールは打ったから、すぐに帰ってくると思うが――」
と、言うなり、玄関の方が騒々しくなった。
一人、ドタドタと走ってくる。それも、結構な急ぎ足で。
「楓ちゃん!」
元気そうな女の子が飛び出してきた。この子も私と同じで十三、四歳ぐらいだ。
「お、俊子、ちょうど良い、この子らに説明してやってくれんか?」
コスプレ少女が困った顔で俊子ちゃん(?)に話しかけた。
「説明って?」
のあと、一瞬の真空の後、「えー!」とびっくりしている。
その後、彼女の母親らしき人や祖母らしい人が息を切らしてやってきて「楓様!」と呼んで土下座している。
「だからやめい。お主ら、昔、絶対にそんなことせんかったじゃろ?」
なかなか横柄な態度だ。
「そのぉ……この楓ちゃ……楓様が、この家の大御祖母様で……」
何が何やら全く分からない。それは私もお母さんも同じであった。確かに、父親から大御祖母様に会ったら、間違いなく驚くと言われていたのだけど。
「えーと、儂はの色々細かい事情があって、歳を取らぬのじゃ。そんなことより、お主ら、誰の孫じゃ? もう、最近は多すぎて全く把握し切れておらんのじゃが」
楓という子が若干むすっとした感じで訪ねると、母親ぐらいの人が耳打ちをする。
「おー、才蔵の孫とひ孫か。確かに、才蔵の面影が残っておるのぉ」
なんか、これは私たちを担ごうとしているな? とか色々と頭を駆け巡った。
色んな人から色んな説明があったが、イマイチ納得しないでいると、遂に父親から電話が掛かってきた。
「狐耳の女の子がいるだろう? あの子が大御祖母様だ」
その後、家に続々と本家の人や、傍系の色んな人々が顔を出してきて、「え、これやばくない?」みたいな状況になってきた。
「とりあえず、子供は向こうで遊んでいなさい」
そうやって、私と俊子ちゃんはその場を離れたが、楓は離れようとしなかったので、「貴方もです」と結構キツめに命令した。
三人で、客間を離れるが、何処へ行っても「楓様!」と言われてしまう。玄関からは「楓様が戻られたそうだけど」とまだ人が入ってくる。
「ま、うるさい連中ばかりじゃし、ウチに戻るかの? 近くじゃし、行かぬか?」
折角だから誘われるままに付いていく。
だが、俊子ちゃんは「え~、私遠慮する」と答える。
「そんなに嫌がるな」
と笑うのだけど、「どーせ呑むんでしょ?」の一言で「人聞きが悪いのぉ」とやや本気っぽい反論をする。
「誰も口にしないだけです! もう、いくつだかわかんないですけど、身体が身体なんだから、よくないですよ!」
「身体が身体じゃから呑んでいるんじゃがな。まぁ、俊子のいうことじゃし、今日は呑まないでおくが……」
楓が押されている。やっぱり、この子、普通の変な子なんじゃないの? とはいえ、呑むとは?
楓が俊子ちゃんをなだめすかしながら家へと向かう道中、私の説明をした。
「カナちゃん、こっちに引っ越してくるんだ~。同じ学校だね。よろしくね!」
「近くにおるなら、会う機会もあるじゃろう。よろしくな」
「楓ちゃんは同じ学校じゃないの?」
「山の方の学校に通っておる。やや面倒くさい事情があっての」
面倒くさい事情とはなんだろう? まぁ、本家の子なのだから、私学に入らなくちゃならないとか色々とあるのだろう。
「帰ったぞー!」
割と近代的な豪邸である。
「お、かえで~、購買の連中、またいいの見つけてきたよ!」
同じ年の頃だが、やや大人びて見える子が顔を出した。
「ちさと呼ぶ?」
奥から、眼鏡の地味っぽい子が現われる。
「もー、ななみさんも羊子さんも! 今日はお酒抜きです!」
「そんなぁ」
二人して情けない顔をしている。
「ゲームでもすればいいじゃろう。カナと言ったな。麻雀は?」
「え?」
「すぐ、そういう事をやらせようとする!」
麻雀をやらせようと言う話だったか。
「その返事だと、出来ぬようだな。ならば覚えておいた方がいい」
なんだか、勝手に話を進めている。
「カナちゃん出来ないんだし、一人余るから麻雀はダメです」
「それじゃぁ、五人カタンとかかの?」
俊子ちゃんが「う~ん」と言う顔をする。
「兎も角、立っていてもなんじゃし、菓子でも食うとよい。飲み物なら、冷蔵庫に何か入っておるじゃろ」
楓がすこし固まっていて、「ちょうど切らしている所じゃから、買ってこようかの」と席を外した。
俊子ちゃんはため息をついて「おばあちゃん、中学生と遊べるってなると張り切るからダメ」と悪態をついた。
「そりゃぁ、女子中学生が相手なんだから、テンションおかしくなってもしょうがないでしょう」
余裕の顔で笑うのは、地味じゃない方の同級生、ななみである。
「折角のご子孫なんですからね。そういう気持ちになるでしょう」
もう一人の子、羊子が落ち着いて答えた。
「ちょっと待ってくださいよ! さっきから何を言ってるんですか!」
たまりかねて発言する。
「俊子ちゃん、どこまで説明したの?」
「え、楓ちゃんが私たちのご先祖様って話したつもりだけど」
私は、ぶんぶんと首を振る。
「だめじゃない」
ナチュラルに二人は缶ビールを開けた。
ダメなのはあんたたちだろう……
「ああ、私と羊子……と言うか、あの学校に通ってる生徒、全員不老不死なんだよ。不老不死のやべー奴を確保、収容、保護してるんだ」
「なんですか、どっかの財団みたいに……」
こいつらも私を担ごうとしているのか。不老不死の人間なんているわけないでしょう。
私が適当に愛想笑いしていると、「あ、絶対にこの子信じてないよ」と羊子が言う。
「まぁ、信用しないなら信用しないでもいいよ。少なくとも、それで世の中回っているから、そのつもりでいればいいよ」
なんだ、このもやっとする言い訳は。
「例えば、どっかの宗教指導者がいたとするね。彼はここ十年以上表に出ていないし、実年齢にしたらそこそこの歳だよ。でも、団体は死亡説を認めていないし、まだ存命という体でやっている。
彼はカリスマだから、亡くなったとなったら、後継者問題で大変なことになるからね。だから、誰も何も言わず、今の体制を維持している。
周りも死亡を確信しているかいないかは別として、存命ということでやってきている。カタストロフィが訪れるまではね。
世の中、そんなものは沢山あるよ。ギャンブルが禁止されているけど、たまたま隣に景品を換金してくれるお店があるってだけでパチンコ玉はお金に換えられるでしょ?
法律や制度は、そういう矛盾が沢山あるけど、見て見ぬ振りで上手く回れば、それでなんとかやっていくものなのよ」
羊子の説明に、ななみが嫌な顔をしている。
「私、そういうバカバカしいの大っ嫌いなんだよねぇ」
「ななみはすぐ白黒付けたくなるからね」
二人で笑っているところに、俊子ちゃんが参戦する。
「二人とも、全く正反対なのに、よく同居できてるよね」
私だけ置いてけぼりだ。
「帰ったぞー」
二度目の帰宅を果たしたのが楓だ。
「で、何をして遊ぶのじゃ?」
と言いつつ、視線は缶ビールに注がれた。
「あ、なし崩し的に飲もうと思ってるでしょ?」
俊子ちゃんが早かった。
「なし崩し的に飲んでるのはどっちじゃ」
恨み節を言う所を見ると、コイツもホンモノである。
「冷静に考えてください、女子中学生を目の前にして、昼間から飲んだくれてる大人はクズです」
ななみと羊子の手が止まり、楓が「ぐぬぬ」と言う顔をしていた。
「もう、面倒くさいんで帰りますからね」
俊子がとどめを刺すと、楓は「もう少しいても良いじゃろう」と、おろおろしながら食い下がる。
「もー! そういう年寄り臭い所、大っ嫌い!」
大声で言い放つと、そのまま出て行ってしまった。
「し、失礼します!」
私は、取り残されたのが怖くなって、勇気をふるって後を追いかけた。
屋敷と屋敷はそれほど離れていないので、帰るのもすぐだ。追いかけてくる様子はなかった。
帰った頃には、お母さんが顔を真っ青にしているし、周りの大人からは質問攻めに遭うし、散々だった。
そこに一人の長老クラスの人が現われる。私のひいおじいちゃん、楓が才蔵と呼び捨てにしていたその人である。
周りの大人の説明によると、ひいおじいちゃんは楓の玄孫に当たるという。つまり、高祖母である。
若干スケールがおかしくて頭がバグっている。
反論したいことは山ほどあったが、ここまで来て嘘と言う事もないだろう。嘘だとしたら、全員を丸め込む怪物であり、それもそれでヤバイ話である。
それに、ここまでされて意固地になるのもダサいのも信じた理由の一つである。信じたが納得はしてないと言う感じか。
ひいおじいちゃんは、「あの方は一旦捻くれると長いからな」と思案顔をしている。
実家に直接顔を出したのも五年ぶりというから、なかなかの時間感覚だ。
勿論、どうしても必要なときは、あちらの屋敷に顔を出して頭を下げてと言う事もするが、それもそれとてやりにくいわけである。
尤も、こういうのは"時間に解決させる"のが一番だというのが、この家の流儀のようで、また日常に解けていくようである。
久しぶりの大御祖母様の来訪の知らせに集まった人々は、折角だからと言う事で、宴会を開いてどんちゃん騒ぎとなったのである。
なんだ、この家系……
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