0011 ちさとの就職記念パーティ

ページ名:0011 ちさとの就職記念パーティ

「また飲んでやがる」
 ちさとが、楓に「いい酒が入ったから飯を食いに来い」と言われて呼ばれたら、三人が料理しながらキッチンドリンカーをしていた。
「学校じゃ飲めない規則だからな!」
 楓はそう言って、缶ビールを一杯開けようとしていた。
「いい酒飲むのに、先に舌が馬鹿になったら勿体ないでしょう」
 我ながら酷い文句だなと思ったが、ななみも缶ビール片手に「どーせ肝臓とか壊れない身体だしいいじゃない」と満面の笑みだった。
「ちさとの就職祝いだしいいじゃないか」
 羊子に肩を組まれる始末だ。
 一瞬、日本全国酒飲み音頭が頭を過った。
「人の関係ないところで盛り上がらないでください!」

 酔っ払っていても、あの三人、料理だけはきちんと作るから、何なんだよアレと思った。
 ちさとは、一人暮らしとカネのなさのコンボで、安く買えた材料で料理をひねり出す能力は高かったが、目標を持った料理をきちんと作る能力に欠けている――やろうと思えば出来るが、その機会がないのだ。
 で、そんなキッチリした料理を、酔いどれ三人衆がやっているのだから、なんとも切ない気持ちになる。

 鯛の塩竃焼きとか妙に大がかりなものを作ったと思えば、手鞠寿司みたいな可愛いモノを作るし、卵黄の醤油漬けだの自家製カラスミだの、やっぱりこいつらダメだと思う品まで出てきた。

 いや、コイツ、なかなか手に入らないんだよね。
 と、一升瓶を冷蔵庫から取り出した。一升瓶入れる用のプチ業務用の冷蔵庫だ。
「あなたたちは、居酒屋でも始めるつもりですか!」
 呆れながら言うのだけど、「ちょこちょこ飲みに来るからな」なんて言い出す始末だ。

 そんなコントをやっていると誰かやってくる。
「お、真生ちゃんじゃん。ルイちゃんもいるー」
 「え、このアイドルみたいな二人組も飲むの?」と感想が頭を過ったが、楓曰く「酒を飲まない奴はあんましいない。なんなら、この身体になってから酒飲みになった奴もいるぐらいだしな」と言うので、やっぱり複雑な気分になる。
「真生の持ってくるお酒はね?」
 と、真生が言うと、ちょっと盛り上がった風な雰囲気になって、ちさとは若干置いてけぼりを食らった気になった。
 その刹那、彼女が取り出したのは"魔王"であった。
 酒のテンションも合ったのか、残り三人も大いに盛り上がる。
「あ、これ、この子の持ちネタなのか」
 ルイも満面の笑みで、笑いの渦に参加していた。
「超アウェイじゃん」

 「お、レアキャラじゃな」と言われて、顔を出したのが繋だ。守と一緒に来ていた。
 「初めまして」と挨拶すると「真面目そうないい子じゃない」と顎をクイっとする。
 「なんだこの人?」と思う反面「ヤバイ、格好いいかも」と思えてしまう自分を悔やむ。
 「えー、浮気とかいやだなぁ」と、むっちゃ悪い顔で笑うのが守だ。
 まぁ、これでも飲んでよと、またまた高そうなワインを持ってきていた。

「お、香山兄弟!」
 似ていない双子の姉妹のエレンとアンナだ。エレンの方が、如何にも目上という感じで振る舞っているのだけど、世間的にはお姉様と妹と言う感じだ。恐らく前世で従者と主人のような関係だったのだろうとは思う。アンナが一歩後ろに立っているが、こういうときのスキのなさが凄いし、肌の浅黒さを見ると健康女児であるが、体幹のブレのなさを見るとただ者ではないのは明らかである。
「もう、どうせシケた酒飲んでるんでしょう?」
 エレンは、見かけの上品さによらず、下品なしゃべり方だ。そうやって妹が取り出したのが、コニャックである。酒から漂うオーラに関しては、言うまでもない。
「勝手にやらせて貰うから」と上がるエレンに対して、「お邪魔します」と言うアンナとの温度差が酷い。
「勝手にって言って、黙ってても二人でよろしくしてるんじゃろ」
 と、これまた下品な突っ込みの楓だ。
 ふと目を移せば、真生とルイが普通にいちゃいちゃしているので、この人達、何しに来たんだよと言う気持ちになる。

「タダ酒呑みに来てやってぞ」
 顔を出したのは、つかさだ。目つきが悪いし、不良っぽいが、それでも美形なのだから、ここに転生される補正とはなんだと言う思いにはなる。
「お前と言う奴はじゃな……」
 と楓のお小言を貰うが、しかし、ちゃっかりケーキの箱を持ってきているのだから、地味にいい人なのかも知れない……

 次にお出ましは、ひじりと春日、阿由武、綾夏だ。
「今回のことは、本当にありがとうございます」
 頭を下げれば、「いいよ、いいよ」とか「むしろ、迷惑掛けちゃったかも知れないし」と笑って返してくれた。
「まぁ、労働なんて態々買って出たんだから立派じゃない。私だったら、これ幸いと怠けるけどね」
 と、阿由武が言うと、「労働というのはですね!」と面倒くさい突っ込みを入れる春日であった。
「長い話は奥でしようよー」
 と、ひじりが二人を奥へと押し込んでやると、「あとでねー」と手を振っていった。

「羊子さん、ひょっとして、クラス全員入れるつもり?」
「そうだけど、ダメだったかしら?」
 ダメではないが、全部入れるって大変だろうと思った。
「だって、そのために、態々、三人でこんなだだっ広い家住んでるんだよ?」
 遠くからななみの突っ込みが入った。
 こんな騒々しい中で、よく聞き分けられたな。
「まぁまぁ、そんなこと気にしてないで、お酒飲んで、料理食べてね」
 羊子が優しくテーブルへと誘導する。
 だがしかし、転校から日が浅い私は、どうにも居心地が悪い――十年経ってもこの居心地の悪さは消えそうにないと思えるぐらいには。

「ちさとちゃんって、結局、地獄に落ちた理由とか分かってないんでしょ?」
 春日が紅潮させた顔で問いかける。
「いや、その前に、飲み過ぎですよ」
 すかさずツッコミを入れると、「これは私の血だからノーカン、こっちは命の水だからノーカン」とか言い出す。お前、それでも清楚系キャラでやってるんじゃないのかよとか思ったが、この学園の連中は何処までが演技で、何処までが本気か分からないし、演技も社会的要請なのか自分の理想なのかも分からない。
「春日って酒飲むと面白いでしょう?」
 阿由武が余裕の顔で笑うけれど、私はあまり面白くない。
「それで、結局どうなの? 思い当たるフシはあるの?」
 綾夏まで興味津々だ。
「分かってたら悩みませんよ。特殊能力とやらもないし……」
 言葉に詰まると、ひじりが助け船を出す。
「ちさとって、結構、達観した感じあるから、何か喋る仕事したら面白いかも」
 話の矛先を変えてくれたという意味では助かったけれど、そういう話の振り方をされると、どう答えていいか分からない。
「口下手ですよ?」
「失語症から俳優とかになった人いるし、口下手ぐらいなんとかなるって」
 綾夏も乗っかってくれる。尤も、そんなに深刻な話にするつもりもなく、「そういえば、この間……」と、上手く話を散らしてくれた。

 そんなところで、阿由武が引っ張り込んできたのは、紡季だ。
「紡季は可愛いなぁ」
 と、顎などをゴロゴロやっていて、紡季もまんざらじゃない顔をしている。カワウソ顔なのだが、普段はコツメカワウソ、牙をむけばオオカワウソと言う感じか。
「あ、ちさとちゃん。いいこと教えてあげる。何か面倒くさいことを店長に言われたら、アホな顔して"それどういう意味ですか?"だよ。最強だよ」
 そら、最強だろうよ。この子は、ちょくちょく、こういう怖い顔を見せるからいけない。

 その場をそっと離れると、今度は友加里と燈理、響子のグループに引き込まれる。こいつらもイケメン集団じゃねぇか。私は乙女ゲーをやりたいわけじゃないぞと思いつつも、断れず席に着く。
 何と言う話をしたわけではないが、フェロモンでクラクラくる。いや待て、君らは女の筈だろ?
 と、思っていると、いつの間にか、繋と守までいた。
 四方八方から、「可愛いね」「素敵だね」と言われれば、脳内物質のチャンネルの一つや二つ壊れてもおかしくないし、ああ、なるほどホストに狂う人もこんな高揚感から来るのね――なんて頭で分かっていても、これはヤバイ体験である。
「あんたら、新人手込めにでもする気?」
 助けてくれたのはエレンであった。
「危ないところでした」
「あいつら、女の子としか考えてないんだから。気をつけなさい」
 エレンは若干ツンツンしていた。
「エレンちゃん。そんなに悪く言わないでよ。もし、その気なら、全員グルになって落としていたよ?」
 繋の甘いマスクが恐ろしい。助けに来たのが、繋じゃなくてエレンで本当に良かったと思った。
「踵様、滅多な事を言う者じゃありませんよ」
 アンナにまで窘められるが、繋を含めイケメン集団は反省の色を見せない。
「あ、ちょっとでも、少しぐらいならいいかなとか思わない方がいいわ。あいつら、どいつもこいつも碌でなしよ」
 エレンの顔にも他の連中にも余裕の色が見えて、なんかこう、仲がいいのだなと言うのが分かる。

 ほっとしたところに現われたのが、宙だ。
 その場を離れたくて、玄関へと向かう。
「お祝いだと言うから来た。これでも食べて」
 と、大きめのタッパーを渡され帰ってしまった。
 楓は、「おお! ありがとうな!」ぐらいで済ませていて、まぁ、確かに人付き合いが大好きと言うタイプには見えないが……
 ちさとは若干もやもやした気持ちで、タッパーを見てみると、なんとなく全体がダークグレーをしている。
 なんか、クソヤバイもんを握らされたんじゃないか? とか思っていたら、「お! これ美味いんだよな」「なんだか分からんけど、これ美味しいよね!」「やったー、宙のアレだ!」と全員のテンションが上がっている。
「え、おかしいだろ、これ……」
 引き気味のちさとだが、いやいやこの泥のような料理を喰わされると、妙に懐かしいような奥深いような、しかし、どこからその感情が着ているのか分からないような複雑な味がした。確かに美味しい。そして後を引く。
「ちょっと待って、これ素材とか何なの……」
 と言う印象が残るが、誰一人気にしてはいない。

 みんなが謎料理に舌鼓を打っている所にふらっと現われたのが、真琴とまなびだ。
 二人ともすらりとしていて、美人なんだが、若干人間離れしていると言うか、近寄りがたい雰囲気がある。
「相変わらず騒がしい人たちですね」
 プランク長ほども否定できない。
「まぁ、何はともあれ、就職できて良かったですね」
「ありがとうございます」
「折角ですし、少し呑みましょうか」
 と言い出して取り出したのが、黒作りである。いや、口とか大丈夫? とか思ったけど、二人は気にしないようだ。
「以前、くさやを持っていって不評でしたからね」
 そりゃぁ、不評だろうよ。
 二人は、めざとく楓の秘蔵の酒を見つけ出して、徳利に注ぐと、慣れた手つきで湯煎を始める。
 黒作り以外に、明らかに和菓子屋と分かる和風な包み紙が見えて、あ、この人達、あかんタイプの酒飲みだなと思った。
 淡々と呑みながらも、会話は普通だった。
 学校ではどうだとか、生活で何か困ったことはないかとかだ。本家の大叔父と酒を飲むような気分になる。悪くはないけど、これまた居心地が悪い。
 まなびもまなびで勝手にスルメイカを見つけると、ささっと炙ってマヨネーズと一味を添えるし、こんな美人なのに老人と呑んでいる気分になって頭がバグってしまう。

「ちさとちゃーん」
 抱きついてきたのは真生である。
「ま、真生ちゃん!」
 と焦るには多少理由があって、ルイがちょっと怖い顔で立っているからだ。
「仕方ない人ですねぇ」
 と、首根っこを掴んで引っ張っていく。
「真生は、酒に飲まれやすいからな」
 突っ込みを入れたのは、コウである。
「遅くなってごめんなさいね。飛鳥さん誘ったけど、お酒飲まないって言うから」
 お姉さんじみた涼子に謝られて、「そんな、とんでもない!」と謙遜する。
「真生さんは、もう少し上手く呑まないといけませんよ?」
 涼子が説教をすると、真生は意気消沈した。
「ルイがいるから真生は大丈夫だよ」
 コウは、少しプリプリしている涼子をなだめると、なだめられた本人は少し顔を赤くする。なんだ、このバカップル感は?
 一瞬嫌な予感がしたけれど、それぞれが二人の世界に入っていったので、実質無害となった。

「こら、真琴にまなび! 儂のぬか漬けに手を出すな!」
 と、床下収納を巡る攻防へと発展した。
「楓さんのぬか漬けおいしいですもの」
「おだてても無駄じゃぞ。儂の朝飯がなくなる」
 と言うと、「ちっ」と言う顔を二人がしている。
「そんなに美味しいんですか?」
 うっかりと口を挟んでしまう。
「ご飯にもお酒にも合うの!」
 真琴の顔がぱっと明るくなる。
「もー、しかたないのぉ。ちさとの為じゃからな!」
 と言うと、楓は、瓷を取り出して、丁寧にぬかの中から野菜を発掘していくのだ。

 人参、牛蒡、胡瓜、茄子、蕪、大根、南瓜、キャベツから、ズッキーニ、アボカド、アスパラガス、セロリまで漬けてある。
 自分でもこんな顔をしていたかと思うが、あとで「お主が目を輝かせておったのが悪いのじゃぞ」と叱られてしまう事になるとは。

 いつの間にか、つかさが混じっていて、みんなで地味な食べ物で日本酒を飲むという、非常に親父臭い飲み会に移行してしまっていた。

 こんな会が三日三晩続いた訳である。
 月曜日の朝が死屍累々だった事は言うまでもない。

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