「センセ、何しでかしたんです?」
燈理は、この女たらしを絵に描いたようなタイプのイケメンに、実に軽い感じで質問した――どうせ本気で質問してもはぐらかされるのは分かってるからである。
彼は甲弩颯、歴史の授業を受け持っている。どうも、厄介な連中から命を狙われているようで、シェルターに逃げ込む形で、稜邦中学に教師として潜り込んだのだ。
宿直室を私物化しているが、他の教師からは宿直の業務を勝手に引き受けてくれていると喜ばれている。
今の世の中、殆どの事がネットで出来てしまうので、彼は一ヶ月丸々校内で過ごす事も出来るぐらいだ。
「じゃぁ、質問変えるけど、学校にいて飽きない?」
「君が僕に興味を持ってくれる事は嬉しいけど、中学生には手を出せないよ」
燈理は「む~」と言う顔をしつつ、これ以上の質問は無駄だなと黙り込んだ――のはつかの間、「先生、ちょっと待って」と彼を制止した。
ホテルのロビーへと足を踏み入れる前に、繋や友加里とインカム越しに連絡を取り合う。
「もう、殺気がビンビンなんだから」
友加里は爽やかな笑い声で語りかける。実行犯の一組目を片付けたらしかった。
「先生、こういうの放置でいいの? 監禁して吐かせるぐらいできるけど」
物騒なことを言うのは繋だ。
「僕は男には興味ないしね」
「あ、こういうとき襲うのが専ら男って言うのは、ジェンダー論的にどうなの?」
「でも、どうせ男だろ?」
三人して、「そういうのじゃないんだけどな」と首を捻った。
尤も、誰一人としてジェンダー論に興味なんてこれっぽっちもないので、話は終わってしまった。
「燈理、そのまま。三分で片付ける」
繋は、屋上で別のポジションへと走り、スナイパーライフルを構えると、二キロ弱の距離で悠々と狙撃したのだ。
尤も、校外で殺しは御法度だ。敵の銃身に浅く当て、継戦能力を奪うだけにした。
「友加里来て。様子がおかしい。ずらかった方がいいかも」
そうは言うが、甲弩はお構いなしに目の前に現れた無骨な男どもの前に進み出る。
燈理が気にしたのは、この男達の事ではない。
「やぁ」
少女は、フランクに挨拶する甲弩に前に進み出て、手の平を前に突き出し、相手に制止を求める。
懐に手を突っ込み、臨戦状態に入ると、車が突っ込んでくるのが見える。
男性教師を庇うようにして避け、拳銃を抜き、そのまま手をひっつかむと、その場を逃げ出した。
ガラスと硝煙と悲鳴と怒号。
友加里が現れ、サブマシンガンをぶっ放しつつ、発煙弾を転がす。
「バックアップよろしく」
地下駐車場に出ると、繋が車を回してきてくれる。
燈理が先に入り、甲弩を引っ張る。
最後に友加里が入り車は発進する。
「なんで、タダの社会科教師が、分離派と会う必要があるのよ?」
学校に着いてから友加里は不満顔だった。
今日挨拶を交わしただけで終わった彼は、中央アジアのさる国の分離独立派の要人であった。
繋は、「そんなことも偶にはあるさ」と笑っていて、何かしら知っている風ではある。
尤も、あの教員が黙っていると言う事は、あまり耳に入れない方がいい事なのだろう。厄介事は少ない方がいい。
事件は、暴走車の単独事故と言う事になっていた。よくある事だ。
荒事の後は、大体みんな"部室"でくだを巻くのが、よき習慣となっていた。
ソファとテレビ(というか、情報端末)、脇にテーブルと椅子が2セット、冷蔵庫と食器棚、給湯設備が揃っていて、たむろするにはもってこいなのだが、女子らしさは微塵もない。
部室と呼んでいるが、誰でも好きに来て好きに過ごして良い部屋なのだ。本来は、警備関係者の控え室である。学校の警備を担っているのが生徒であり、その生徒にお世話になるのも生徒なので、そうなっている。
燈理は冷蔵庫に入っている差し入れの栄養ドリンクを手にして戻ってくる。
「今日は泊まっていくから、ピザでもとろう?」
繋が提案すると、二人は同意した。しかし、「また、ソファで寝ていくの?」「身体壊すよ?」とめいめいに心配した。
永遠の少女が身体を壊すと言う事はないが、それでも不快な目に遭うように出来ている。そんな心配を「普段はちゃんとホテルに泊まってるから」と優しく笑いながら感謝した。
尤も、彼女が普段からどんなところに渡航しているかを知っている身としては、そのホテルがちゃんとしてなさそうなのが問題なのだけれど。
「じゃぁ、明日は授業出る?」
「いや、朝には出るよ」
「えー、可愛い子入ったのに」
「僕をなんだと思ってるんだよ」
何だと思っていると言うが、この三人、イケメン組として認知されているので、校内での人気も高い。
前の世界では男だった人間も多いというのに、そういうのはどうなんだ? と言う疑問は、"転校"した生徒がよく思うところだが、ひょっとすると、前世よりも長くこの姿でいる生徒もいるぐらいだから、そういう志向になるのも仕方がないのかも知れない。
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