山本徳郁

ページ名:山本徳郁
山本"KID"徳郁
本名山本 徳郁
岡部 徳郁[1]
通称KID
神の子
性別男性
国籍日本
誕生日1977年3月15日(46歳)
出身地神奈川県川崎市
身長162cm
体重61kg
リーチ168cm
階級フェザー級バンタム級
スタイルレスリング
所属PUREBRED大宮
→PUREBRED東京
→KILLER BEE
KRAZY BEE
テーマ曲狂蜂の詩
(たなか雄一狼 feat. SHINGO☆西成)

山本"KID"徳郁(やまもと"キッド"のりふみ、1977年3月15日 - )は、日本の総合格闘家。神奈川県川崎市出身。KRAZY BEE主宰。

ニックネームは「神の子」または「KID」。ニックネームの由来は本人曰く、「ミュンヘンオリンピックに出場した父親(山本郁榮)は自分の中では神。だから俺は神の子(KID)」「格闘の神様の子供」というもの。しかし、この発言以前に、「大学時代、俺の小柄な身体を見たレスリング部の先輩から、まるで子供みたいだから、KIDだ。と綽名されたのが最初」とも本人が語っている。

全身に多くのタトゥーを彫っている。総合格闘技における師匠であり、姉・山本美憂の元夫であるエンセン井上の代名詞「大和魂」のタトゥーを右上腕に彫っていたが、2009年4月にそれを覆い隠すように別のタトゥーを彫った。肩には「狂」「蜂」、胸には「海」「鈴」「郁」「愛」と漢字のタトゥーを彫っている。

適性階級は60kg前後の階級でありながら、総合格闘技とK-1では本来より2階級も上の70kg級でも大活躍し、70kg級ではHERO'S世界王者となり、魔裟斗からK-1ルールでダウンを奪うなど驚異的な実績を残した。

目次

獲得タイトル[]

総合格闘技[]

レスリング[]

  • 1998年・全日本レスリング学生選手権 フリースタイル58kg級 優勝
  • 1998年・内閣総理大臣杯全日本大学レスリング選手権大会 準優勝
  • 1999年・全日本学生レスリング選手権大会 フリースタイル58kg級 優勝
  • 1999年・全日本レスリング学生選手権 フリースタイル58kg級 優勝
  • 1999年・内閣総理大臣杯全日本大学レスリング選手権大会 優勝(最優秀選手賞)

人物[]

ミュンヘンオリンピックレスリング・グレコローマン日本代表だった山本郁榮を父親に持ち、姉・山本美憂、妹・山本聖子は世界レスリング選手権大会を制覇している。祖父は水泳のオリンピック選手。

2004年8月にモデルのMALIA(新保真里有)と結婚し、2005年1月には男児、2006年11月には女児をもうけるも、2009年8月に離婚。子供はMALIAが引き取った[2]

来歴[]

幼い頃よりレスリング(フリースタイル)で活躍。全日本学生レスリング選手権大会優勝(フリースタイル58kg級)など数多くの実績を残した。シドニーオリンピック出場を目指していたが、1999年の全日本レスリング選手権大会(同級)で惜しくも準優勝。

オリンピック出場への道が絶望的になったのと同時期に姉・美憂の夫(当時)であるエンセン井上に師事して総合格闘技に転向。2000年に第7回全日本アマチュア修斗選手権・ライト級で優勝。2001年にプロデビューし修斗で活躍、ライト級世界ランク2位まで登り詰めた。

2002年9月16日、修斗で勝田哲夫と対戦。試合前に勝田がKIDに対して「彼はレスリングの実績があるけど、総合におけるレスリングってものを俺が教えてあげますよ」と挑発したことに対してKIDは不快感を露にしていた。試合ではKIDがパウンドの連打で勝田をKOしたが、レフェリーストップがかかったにもかかわらずレフェリーの制止を無視して舌を出して笑顔で勝田を殴り続けたため120日間のライセンス停止処分を受けた[3]。この悪癖はK-1転向初期にもしばしば見られた。

2003年12月14日、修斗で王者アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラと修斗世界ライト級チャンピオンシップで対戦予定であったが、練習中に右手人差指を骨折し、全治2か月となり欠場した[4]

2004年2月24日、K-1初参戦となった「K-1 WORLD MAX 2004 ~日本代表決定トーナメント~」1回戦で村浜武洋と対戦。優勝候補と目されていた村浜を相手にK-1ルール初挑戦ながら圧倒的なスピードとパンチ力を発揮、ノーガードで村浜のパンチを避けまくり、ダウンを奪った後も笑顔で舌なめずりして追撃するなどして2RKO勝利。潜在能力の高さを見せつけ、一気に人気選手となった。しかし、試合前から負傷していた右手第二中指骨を骨折し、準決勝を棄権した。

その後トニー・バレント、安廣一哉ジャダンバ・ナラントンガラグを総合ルール(安廣のみミックスルール)にて一本・KO勝ち。そしてナラントンガラグ戦後、リング上からマイクで魔裟斗に対戦を要求。魔裟斗もこれを受け、2004年12月31日の「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」で対戦。1Rに魔裟斗からダウンを奪った直後、ローブローによりダウン。インターバルの後に試合は再開されたものの、2Rにダウンを取り返され、0-3の判定負けを喫した。

2005年3月3日のHERO'S旗揚げ発表会見に出席し、HERO'S参戦が発表されるも、怪我のため、3月26日のHERO'S旗揚げ戦は欠場となった。

2005年5月4日、「K-1 WORLD MAX 2005」のスーパーファイトにてK-1ルールで出場。しかしマイク・ザンビディスの右フック一撃で生涯初のKO負けを喫した。

2005年7月6日、HERO'S 2005にスーパーファイトで出場。イアン・シャファーと対戦し、TKO勝利。

2005年9月7日、HERO'S 2005 ~ミドル級世界最強王者決定トーナメント~ 準々決勝でホイラー・グレイシーを右フック一撃で失神KO勝ち、準決勝で宇野薫をパンチで出血させ、TKO(レフェリーストップ)勝ちを収めた。

2005年12月31日、「K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!」にてトーナメント決勝を須藤元気と対戦し、右フックのダウンからパウンドの連打で1RKO勝ち。HERO'Sミドル級王者となり、キャリア初の王座獲得となった。

2006年2月17日、修斗に出場した同門の菊地昭の試合後にドクターチェック中であった中山健児リングドクターに対し暴言を吐いた上、足先で臀部を小突いた。事態を重く見た日本修斗協会は2月21日、山本に修斗全公式戦会場立入禁止、山本が代表を務めるKILLER BEE(現・KRAZY BEE)所属全選手および関係者へ修斗全公式戦出場停止処分を下した[5]。翌2月22日にKIDが中山リングドクターに謝罪し和解したが、3月6日付けでインターナショナル修斗コミッション(ISC)よりKIDへの無期限ライセンス不許可処分およびKILLER BEEへの厳重注意処分を受けた。10月12日にKIDがISCおよび日本修斗協会に謝罪し、10月13日付けで無期限ライセンス不許可処分が解除された[6]

2006年5月3日、HERO'Sで宮田和幸と対戦し、開始4秒、ダッシュからの跳び左膝蹴り一発で失神KO勝ち。この膝蹴りで宮田は下顎骨を骨折する重傷を負った。

2006年7月23日、レスリングに復帰し、2008年の北京オリンピック出場を目指すことを宣言。プロ格闘家活動を一時休止する。

2006年12月31日、「K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!」で総合格闘技のリングに一時復帰。アテネオリンピックレスリング・グレコローマン55kg級金メダリストのイストバン・マヨロシュと対戦し、1RKO勝ちを収めた。

2007年1月28日、天皇杯平成18年度全日本レスリング選手権フリースタイル60kg級2回戦でアテネオリンピック銅メダルの井上謙二(自衛隊)の巻投げで右肘を脱臼、試合開始16秒、でフォール負けを喫した。なお、大会前に同階級の有力選手からは「(山本に)1ポイントも与えるつもりはない」「7年もブランクがあっては通用しない」など、長期のプロ活動から復帰した山本を見下した発言が相次いだ。

2007年6月、北京オリンピック出場に望みをかけレスリング明治乳業杯全日本選抜選手権に出場を予定していたが、肘の脱臼が完治せず、練習も満足に出来ていないため出場を取りやめた。

2007年9月17日、HERO'Sでビビアーノ・フェルナンデスと総合格闘技復帰戦を戦った。腕ひしぎ十字固めをかけられ回転して逃げるなど危ないシーンもあったが、スタンドでのローキックなどでダメージを与え、3-0の判定勝ち。試合の1週間前に左手首の豆状骨を骨折していた。

2007年12月31日、「K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!」でハニ・ヤヒーラと対戦。ヤヒーラのグラウンドには付き合わずスタンドでの攻防となり、最後は左フックでKO勝ち。ヤヒーラがダウンした後の頭部へのサッカーボールキックに対してイエローカードが提示された。

2008年7月21日、「DREAM.5」でジョセフ・ベナビデスと対戦予定であったが、練習中に右膝前十字靭帯を断裂し、欠場となった。同年8月1日に手術を受け、成功した。同時に前年に骨折していた左手首の手術も受けた。

2009年、「DREAM.7」から開幕したDREAMフェザー級グランプリでは実績を考慮されて1回戦をシードされた。

2009年5月26日、約1年5か月ぶりの復帰戦となった「DREAM.9」のフェザー級グランプリ2回戦でジョー・ウォーレンと対戦。ムエタイ・スタイルへと変貌を遂げた打撃をヒットさせるが、グレコローマン・レスリング世界選手権優勝というKIDを上回るレスリング実績を誇るウォーレンに何度もテイクダウンを奪われてパンチを浴び、1-2の判定負け。総合格闘技ルールでの敗戦は7年ぶり2度目となった。

2009年7月13日、約4年2か月ぶりのK-1参戦となった「K-1 WORLD MAX 2009 FINAL8」でチョン・ジェヒと対戦し、1Rに先に有効打をヒットさせて追撃したところを右アッパー、左フックの連打を受け失神KO負けを喫した。

2009年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~」の「DREAM vs SRC 対抗戦」でSRCフェザー級王者金原正徳と対戦。リーチ差に手を焼き、2Rには金原のパンチを受けてダウンを奪われたが、最終3Rに打撃で猛反撃。試合終了直後に腕立て伏せをしてダメージの無さをアピールしたが、0-3の判定負け。復帰後、K-1ルールを含め3連敗となった。

2010年5月29日、ケージ開催となった「DREAM.14」でキコ・ロペスと対戦し、KO勝ち。2007年12月31日以来、2年5か月ぶりの勝利となった。

2011年2月5日、UFC初参戦となった「UFC 126」でデメトリアス・ジョンソンと対戦し、パンチにタックルをカウンターで合わされるなど再三テイクダウンを奪われ、0-3(27-30、27-30、28-29)の判定負けを喫した[7]

2011年5月7日、「東日本大震災復興支援チャリティ・ファイトイベント ~立ち上がろう ニッポン~」に参加。自らもエキシビションマッチを行なう予定であったが、負傷により行なわれなかった[8]

2011年5月28日、「UFC 130」でクリス・カリアソと対戦予定であったが、負傷欠場となった。

2011年9月24日、「UFC 135」でダマッシオ・ペイジと対戦予定であったが、負傷欠場となった。

2011年11月12日、「UFC on FOX: Velasquez vs. Dos Santos」でダレン・ウエノヤマと対戦し、0-3(27-30、27-30、26-30)の判定負けを喫しUFC2連敗となった[9]

2012年2月26日、ズッファ体制初の日本開催となった「UFC 144」でヴォーン・リーと対戦し、腕ひしぎ十字固めにより自身初の一本負けを喫しUFC3連敗となった[10]

戦績[]

総合格闘技[]

総合格闘技 戦績
25 試合(T)KO一本判定その他引き分け無効試合
18 勝1323001
6 敗1140
勝敗対戦相手試合結果イベント名開催年月日
×ヴォーン・リー1R 4:29 腕ひしぎ十字固めUFC 144: Edgar vs. Henderson2012年2月26日
×ダレン・ウエノヤマ5分3R終了 判定0-3UFC on FOX: Velasquez vs. Dos Santos2011年11月12日
×デメトリアス・ジョンソン5分3R終了 判定0-3UFC 126: Silva vs. Belfort2011年2月5日
キコ・ロペス1R 1:41 KO(右フック→パウンド)DREAM.142010年5月29日
×金原正徳5分3R終了 判定0-3Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~2009年12月31日
×ジョー・ウォーレン2R(10分/5分)終了 判定1-2DREAM.9 フェザー級グランプリ2009 2nd ROUND
【フェザー級グランプリ2009 2回戦】
2009年5月26日
ハニ・ヤヒーラ2R 3:11 KO(左フック)K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!2007年12月31日
ビビアーノ・フェルナンデス5分3R終了 判定3-0HERO'S 2007 ~ミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦~2007年9月17日
イストバン・マヨロシュ1R 3:46 TKO(レフェリーストップ:パウンド)K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!2006年12月31日
宮田和幸1R 0:04 KO(跳び左膝蹴り)HERO'S 20062006年5月3日
須藤元気1R 4:39 TKO(レフェリーストップ:パウンド)K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!
【ミドル級 決勝】
2005年12月31日
宇野薫2R 4:04 TKO(ドクターストップ:左眉尻カット)HERO'S 2005 ~ミドル級世界最強王者決定トーナメント 準決勝~
【ミドル級 準決勝】
2005年9月7日
ホイラー・グレイシー2R 0:38 KO(右フック)HERO'S 2005 ~ミドル級世界最強王者決定トーナメント 準決勝~
【ミドル級 準々決勝】
2005年9月7日
イアン・シャファー3R 1:23 TKO(レフェリーストップ:パウンド)HERO'S 2005 ミドル級世界最強王者決定トーナメント2005年7月6日
ジャダンバ・ナラントンガラグ1R 1:55 KO(右ストレート)K-1 WORLD MAX 2004 ~世界王者対抗戦~
【総合ルール】
2004年10月13日
安廣一哉2R 2:40 腕ひしぎ十字固めK-1 WORLD MAX 2004 ~世界一決定トーナメント開幕戦~
【ミックスルール】
2004年7月7日
トニー・バレント1R 0:58 チョークスリーパーK-1 WORLD MAX 2004 ~世界一決定トーナメント開幕戦~
【総合ルール】
2004年4月7日
ケイレブ・ミッチェル1R 0:40 TKO(レフェリーストップ:右フック)修斗2003年9月5日
ジェフ・カラン5分3R終了 判定3-0SuperBrawl 292003年5月9日
勝田哲夫1R 2:45 TKO(レフェリーストップ:パウンド)修斗2002年9月16日
×ステファン・パーリング1R 0:30 TKO(ドクターストップ:額カット)修斗2002年5月5日
ジョシュ・トムソン2R 2:00 無効試合(ローブロー)Shogun2001年12月15日
門脇英基1R 4:02 TKO(レフェリーストップ:右フック)修斗 SHOOTO TO THE TOP2001年9月2日
亀田雅史1R 4:17 KO(パンチ)修斗 SHOOTO TO THE TOP2001年7月6日
塩澤正人5分2R終了 判定3-0修斗 SHOOTO TO THE TOP2001年3月2日

キックボクシング[]

キックボクシング 戦績
4試合(T)KO判定その他引き分け無効試合
1勝10000
3敗210
勝敗対戦相手試合結果イベント名開催年月日
×チョン・ジェヒ1R 1:20 KO(左フック)K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL82009年7月13日
×マイク・ザンビディス3R 0:39 KO(右フック)K-1 WORLD MAX 2005 ~世界一決定トーナメント開幕戦~2005年5月4日
×魔裟斗3R終了 判定0-3K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!2004年12月31日
村浜武洋2R 2:38 KO(2ノックダウン:左フック)K-1 WORLD MAX 2004 ~日本代表決定トーナメント~
【1回戦】
2004年2月24日

グラップリング[]

勝敗対戦相手試合結果イベント名開催年月日
×バレット・ヨシダ1R 0:26 TKO(タオル投入)The CONTENDERS Millennium-1
【ライト級トーナメント 決勝】
2001年6月10日
若林次郎延長R終了 判定2-0The CONTENDERS Millennium-1
【ライト級トーナメント 準決勝】
2001年6月10日
小室宏二5分2R終了 判定40-38The CONTENDERS Millennium-1
【ライト級トーナメント 1回戦】
2001年6月10日

CM出演[]

  • アサヒビール SUPER H2O(2007年)

脚注[]

  1. 【DREAM】7・21KID欠場発表会見の全文「6か月ではなく、半分ぐらいで復活する」 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年7月18日
  2. 山本KID 未練だらけの離婚発表 スポーツニッポン 2009年9月3日
  3. 修斗コミッションが山本徳郁120日間のライセンス停止処分 BoutReview 2002年10月1日
  4. KID、人差し指を骨折。タイトル挑戦を断念 BoutReview 2003年11月14日
  5. 山本徳郁およびKILLER BEE所属選手に無期出場停止処分 日本修斗協会広報誌 BLOG版 2006年2月21日
  6. KIDが協会とコミッションに謝罪。 BoutReview 2006年10月13日
  7. 【UFC126】KID判定負け、UFCデビュー戦は厳しい船出に MMAPLANET 2011年2月6日
  8. 【チャリティーファイト】魔裟斗が1日限りの復活2試合、山本KIDはリングで号泣 格闘技ウェブマガジンGBR 2011年5月7日
  9. 【UFC FOX】KID、ウエノヤマ対しにまさかの完敗 MMAPLANET 2011年11月13日
  10. 【UFC144】KID、悔しい逆転一本負けで無念のコメント MMAPLANET 2012年2月26日

外部リンク[]

  • 山本"KID"徳郁 BLOG
  • KRAZY BEE
  • UFC 選手データ
  • DREAM 選手データ
  • HERO'S 選手データ - Internet Archive
  • K-1 選手データ
  • SHERDOG 選手データ
  • Wrestling Database 選手データ
前優勝者
 
HERO'S 2005 ミドル級最強王者決定トーナメント優勝

2005年12月31日

次優勝者
J.Z.カルバン

Wikipedia[]

  • Wikipedia:ja:山本徳郁
  • Wikipedia:en:Norifumi Yamamoto
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