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大字柏崎の小字 - 北海道と青森県の字

地沖、下谷地尻、堀下、常海下、明神林の全域が消滅。八戸市 内丸一丁目へ(1982 2/1~) 宇和田の全域が消滅。1889年の町村制において八戸城下町と合併し、八戸町としてスタートを切った唯一の大字。柏崎の地名は岬を示す。八戸城下町から続く台地が細長く現在の塩町交差点まで続く。こ

八戸市の町名 - 北海道と青森県の字

から三 1969年5月18日 尻内町 住所表示未実施 内丸 うちまる 一から三 1958年1月1日 八戸城下各町(八幡町) 住所表示は1982/2/1 売市 うるいち 一から四 2002年6月29日 売市・根

八戸市中心市街地(八戸城下) - 北海道と青森県の字

八戸藩八戸城下三戸郡八戸町大字◯◯(1889 4/1~1929 4/30)八戸市大字◯◯(1929 5/1~)八戸藩時代からの八戸城下町。町単位で大字がついているのが特徴。現存の町名(大字は省略)上組町常番町上徒士町荒町新荒町町組町稲荷町徒士町本徒士町本鍛冶町廿六日町廿三日町堤町

大字柏崎字宇和田 - 北海道と青森県の字

宇和田現在の内丸一丁目7番「内丸」という地名は戦後早い段階で大字柏崎ならびに八戸城下町から分立されていた。よって、字宇和田は大字柏崎の飛び地という状態になっていたと考えられる。現在の本八戸駅の左側を、八戸城より沼館方面に抜ける道が通っているのを、古地図を見ると確認できる。恐らくこ

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大きく分けて6通りの住所の表し方があります。尚、住所は例です。1.八戸市大字三日町◯番地 八戸市中心市街地に見られる住所です。これは、旧来の八戸城下の範囲です。2.八戸市大字大久保字◯◯ ◯番地 1889年に町村制が敷かれた際、江戸時代からの村は周辺の村々と合併し、新しく市町村を

大字柏崎字二間橋沖 - 北海道と青森県の字

大字柏崎の唯一の小字。ごくわずかに線路内に残っているのではないか。由来は不明。ただ、二間は約3.6mであり、もしかすると橋が架かっていたのは八戸城の堀なのではなかろうか。橋の海側で「沖」、ではないか。推測の域を出ないが、可能性としてはある。

大字柏崎字常海下 - 北海道と青森県の字

常海下(じょうかいした)現在の柏崎一丁目3~8・11・12番大字常海町の東側に位置する。標高的に海側のこの場所を「下」にしたか、もしくは八戸城からみて下だったか。常海町の由来はこちら。

1100番台 - Misdo Digital Museum

閉店 1104 渋川 群馬県 1105 新浦安 千葉県 1106 八戸城下 青森県 閉店 1107 イオン豊橋南 愛知県 1108 氷上 兵庫県 閉

八戸市 - 北海道と青森県の字

南郷村域はこちら現行町丁地域の表はこちら大字のみ地域の表はこちら小字が付く大字地域の表はこちら廃止された大字・町丁地域の表はこちら旧八戸町 八戸城下 大字柏崎旧長者村 大字類家 大字田向 大字石手洗 大字中居林 大字糠塚旧是川村 大字是川旧湊町 大字湊町 大字大久保 大字白銀町旧

大字類家の小字 - 北海道と青森県の字

。または、類家は累家で、親戚、親族の意味で、中世に北陸方面から来た人々の部落、の意味。若しくは、「ウルイケ」で潤うから。現存の小字堤端・堤田八戸城下町の為に作られた類家堤(勘太郎堤)、現在の旧柏崎小付近の端と、田んぼを意味する。縄手下縄手とは縄のように細い道で、その細道の下に位置

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