「防衛部の夜」
作:青柳 ゆうすけ
株式会社SOUSAKUは創作を愛するものが集まる会社である。そこに出身世界や見た目の特徴は厭わない。例え獣人だろうと、人間だろうと、エルフだろうと関係なく、創作が好きであれば無条件で属することが出来る。
そして、防衛部は検閲組織から社員と創作物を守るために日々の訓練を重ねている。
「オラオラァッ!戦場のど真ん中で逃げてんじゃねぇぞひよっこ共!接近戦闘班が逃げ回ってどうする!殴りあえ!」
地下三階に作られた広大なグラウンドにはわざと凹凸が設けられ、即席の塹壕が作られており、そこで接近戦班が模擬戦闘を行っていた。班をふたつに分け、互いの陣に存在するフラッグを奪うことで勝利とする。
ヘッドギアやボディアーマーを装着しての本格的な模擬戦闘だ。砂と泥に塗れての攻防が繰り広げられている。
接近戦班長である青い鱗と巨大な身体を持つ竜人であるアルグマの罵声がグラウンドに響き渡る。
「うわぁ……なんですかこの惨状は」
罵声を上げるアルグマのそばに音もなく現れたのは、翼を持つ青年である。細身でそこそこ背は高い。180センチ弱の彼は白衣に白い頭髪と白づくめであった。
防衛部医療課のシロである。
じろりとアルグマが腕を組んだままシロへと視線を落とす。
「シロか。時間は大丈夫なのか?」
「まぁ、そこそこは。ファイくんが外来見てくれてますからね。あとは簡単なカルテの整理くらいですよ。それより、泡吹いて倒れてるメンバー居ますけれど何事です」
普段の模擬戦闘ではこんな惨状にならない。だが、今日は違ったらしい。
「どえらい新人が現れたからな。諸先輩方は泡吹いて寝てるってワケよ」
くいっ、とアルグマが長い顎で示したのは赤のヘッドギアをつけた灰色と白の毛並みを持つ狼の獣人である。長い頭部の髪をひとつに束ね、鋭い眼光で敵を探している。
「ツルバミだ」
「大きいですね」
「2mオーバーは久々だ。それに加えて身体能力は抜群だ」
アルグマがパチンっ、と指を鳴らすと目の前に半透明のホログラムが現れる。
それは防衛課を希望する者に行われる配属テストのスコアであった。そこに描かれていたスコアは文句無しのAランク。
「獣人である事を差し引いてもAランクですか」
様々な種族の平均値から割り出すスコアは当然身体能力が高めの獣人に対しては辛く着くものだが、それでもランクは最高だ。
「夜霧やスノールですらBだったな」
アルグマが大変お気に入りのふたりはどちらもAに届かなかった。
「ふたりとも案外武闘派というわけじゃないからかもしれませんね。特に夜霧さんは随分と戦闘からはブランクがあるみたいだし、上背を生かす戦い方ができるようになるのはもう少し先かなぁ」
シロの客観的な戦いは青いヘッドギアをつけた明るい黄色と白の毛並みを持つ夜霧に視線を向けながら呟かれる。
夜霧はとかく慎重な戦いをしていた。相手を傷つけぬように、自身の多少の被弾は厭わないくらいに手は出さない。その代わり、きっちりと仕込んだ柔道技を仕掛けては相手を拘束、なぎ倒しては手錠を嵌めて無効化していく。
「夜霧はもう少し手を出す事を覚えさせないとな。いざ実践でも平気で銃弾相手に盾になりそうだ」
アルグマも似たような評価らしい。専守防衛を掲げる心意気はわかるが、それは組織として一発目の被弾は厭わぬという意味であり、その後はなるべく被弾しないように相手をねじ伏せるのが接近戦班の本質である。
「おっ」
噂をすれば張本人らが睨み合っている。既にフィールドでお互いに立っているのは2人だけだった。
「見物ですね」
「いけぇふたりとも!」
アルグマの煽る声と同時、対峙した夜霧とツルバミは同時に一歩を強く踏み込んだ。
※
「いや、素早い動きでしたね。やられました」
訓練を終えた隊員らは3階のグラウンドに併設存在する大浴場で汗を流していた。
夜霧は全身に泡を纏いながら、隣で黙々と長い髪を流すツルバミに声を掛ける。
「あの戦いの勝利ルールはフラッグを取る事です。それに、私は戦闘中防衛方を任されていたので」
敵陣のフラッグを取ったチームが勝利するというルールがある以上、旗を奪いに攻め込む攻撃方と旗を護る防衛方とに人員を割り振るのが通常だ。
「私も防衛方でしたよ。お互いにきっちり仕事をしたんでしょうねぇ。気付いたら味方の攻撃方が居なくなっていたのでびっくりしましたが」
お互いに的確に旗を守りつつ攻撃方を沈めていったのだろう。最後のタイマンはつまり、そういうことである。
「まさか初手をかいくぐられてそのまま旗を奪われるとは思ってませんでした」
同時に踏み込んだふたり。夜霧が上背と長いリーチを武器に奥襟を掴み掛かったのを、ツルバミは読んでいた。一気に上体を低くするダッキングで夜霧の手をかわし、四つ足へ移行。そのまま素早くフラッグへと向かって地面を蹴った。
夜霧は咄嗟の出来事に反応が一瞬遅れた。素早く方向転換し、ツルバミへと飛び掛る。
四つ足で走れるツルバミと二足でしか走れない夜霧、走力の差は圧倒的だ。ツルバミが地面を蹴れば蹴るほど差を付けられるのは明らかだ。
だから、腰につかみかかった夜霧の選択は間違っていない。
計算外だったのは――ツルバミが夜霧の巨漢を引き摺って走れる程の強脚だったことだ。
ツルバミが髪を洗い終え、立ち上がった。
「今回は不意打ちだったから成功した。何度も通用するものじゃないことは分かっている」
「もちろん。次は抜かせませんよ」
珍しくニンマリと牙を見せる夜霧に対し、ツルバミも牙を見せて応じたのだった。
※
風呂から上がり、身体の毛並みを乾かしたふたりは着替えると軽い雑談をしながら風呂場を出た。
その矢先である。
「夜霧さん!」
待ってましたとばかりに声を掛けられ、見れば浴衣姿の可憐な女性が夜霧に手を振って小走りに近づいてくる。
「美琴。もう風呂から出たんですか?」
「女風呂は人数少ないんで、順番待ちとかないですから。たっぷり堪能しましたよ」
社内の福利厚生の一環(というより防衛部にとっては仕事柄必要な設備かもしれないが)でもある風呂はもちろん社長によって設置されているのだが、様々な世界の何処かの温泉から汲んできたお湯を使っているらしく日替わりで湯質が変わる。時間に追われていなければゆっくりと浸かりたい程の見事な温泉だが、夜霧は長湯もそこそこに風呂を出る。
「それなら良かった。この後は美琴はどうするんですか?」
「大学のレポートがあるから早めに片付けようと思ってます。……ところで、この人は?」
美琴はツルバミを見上げながら問い掛ける。
ツルバミは真っ直ぐ美琴に視線を向けられると金色の瞳を微かに逸らした。
「防衛課の近距離戦闘班に新しく配属されたツルバミさんです。創作部ではホラーサスペンス課に所属しています」
「……ツルバミだ」
「大きくて逞しい方ですね! 私、防衛部防衛課中遠距離戦闘班に所属した片桐 美琴です」
宜しくお願いしますね。という美琴の自発的な挨拶に、ツルバミは少し唖然とした表情を浮かべる。
「……夜霧、普通の人間の女の子が防衛課に配属になった例は聞いたことがないが」
ツルバミの指摘は最もで、女子の防衛課員は大体ドラゴンであったり、獣人であったりとヒトよりも身体能力の高い種族か、あるいはエルフなどの魔法が使えるような種族であることが多い。
しかし、その問いかけに頬を膨らませたのは美琴自身であった。
「あ、ヒトだからって今ちょっと見下しましたね?」
美琴のまだ歳不相応の高く、麗しい声はスパッ、とよく切れるナイフのように的確にツルバミに刺さる。
彼は慌てたように尻尾を揺らした。
「いや、そう思わせてしまったのならすまない。なにも、こんなに若い女の子が検閲部隊と戦うことはないと……そう、思ってしまってだな」
「じゃぁ……同い年の虎の女の子居ますけれど、その子ならいいんです?」
「いや、そうとは言っていない! だが……その……」
ツルバミの必死の見解もあっさりと潰され、横から夜霧がツルバミに助け船を出すように言う。
「美琴、そこまでにしておきなさい。幾ら弓の名手だと言えど貴女はまだ若くてそのように周囲から見られてもおかしくないのですから。ヴィルヘルム部長代理があれほど配属に渋っていたのを忘れていないでしょうね」
「もうこの春から大学四年生ですもん。成人も迎えてるのに、どうこう言われる筋合いはないです。大好きな人と一緒に戦って何が悪いんですか」
べぇ、と舌を出して反抗する美琴。その仕草はまだまだうら若い少女に獣のふたりは見えてしまう。
ふぅ……と深い溜め息を吐いてから夜霧はツルバミを見る。
「一応、美琴もこう見えて出身世界では大人の扱いなのです。そして、防衛部上層部の配属認可も頂いているので……ここは、一つ」
「……すまなかった、デリカシーのない物言いをしてしまって申し訳ない」
ツルバミも納得したようで、深く頭を下げる。
美琴は微かに笑みを浮かべた。
「分かれば良いんですよ。その代わり、一つ交換条件があります」
――もふもふ、してもいいですよね?
年相応の笑みを浮かべながら出された交換条件は、年相応のものだった。
「……分かりました。それは別に構わないのですが――」
ツルバミ自身は特に撫でられたり触られたりすることに抵抗のあるタイプではないらしく、頭を下げようとしたその瞬間――
「わぁ凄い筋肉――! 見たときから凄いんじゃないかと想像してましたけれど、お腹周りも背中も鍛え上げてますね!」
低い姿勢でツルバミの腹にタックルをかます勢いで突っ込む美琴。162センチという小柄な彼女は2メートルのツルバミの腹筋や背筋を、服の下に手を突っ込んでこれでもかと撫で回す。
「はぁ……この野生の匂い……いいですね……♡ ツルバミさんの野生の血が強いですね……この獣臭さ……意外と若いみたい……♡ 私と実は同い年くらいなんじゃないでしょうか……♡ はぁ……良い……狼の種族特有の匂い……最高です、ツルバミさん……♡」
恍惚の笑みを浮かべながら匂いを嗅いでくる美琴。その感想を絶え間なく囁くそのセリフ一つひとつにツルバミは全身の毛並みを逆立てる。
彼女は――重度のケモナーだ。間違いない。これは相手をしてはいけない人種なのだと悟った。
しかし、その掴んでくる二の腕は細くて、華奢だ。押し付けてくる胸の膨らみも未発達で小さいが、柔らかく……そこだけではない。彼女の身体はあまりにも柔らかく、反射で腕を掴めば折ってしまいそうだ。
どうしたらいいのかと焦っていると、脇から黄色の大きな手が伸びた。
「さぁ美琴そこまでです。そろそろ行きますよ、レポートを終わらせないといけませんからねぇ」
「あっ……ダメ、まだツルバミさんのいいところ……欲しい……!♡」
引き剥がされる美琴は夜霧の太い腕に収まり、そのまま荷物担ぎされてしまった。バタバタと暴れてツルバミに手をのばすが、夜霧の拘束はそう簡単には抜け出せないだろう。
「やかましいですよ。大学生のくせに遊んでる場合じゃないです。学生生活の勤勉さをもう一度叩き込んであげますよ」
去っていく夜霧はやや低気圧なようだった。穏やかで少々のことはあまり怒らないタイプなのだということはわかるが……今はむしろ、余裕すらないように思えた。
何故だろう。そんなことを考えるがツルバミには到底わからなかったのだった。
*
「それはそうですよ。夜霧さんは美琴さんが好きなんですから、自分の目の前で自分以外の雄にベタベタ抱きつかれるのは嫌に決まってるじゃないですか」
株式会社SOUSAKUにももちろん医務室があり、常に医療スキルを持った数人が待機している。絵師やアーティストが多いこの会社では労災自体はそこまで発生しないが、あらゆる世界を行き来する種族がある以上謎の疫病が発生したり、検閲抗争で怪我を負う者が居る。故に病院のように綺麗で設備の整った医務室が備わっているのだ。
そんな綺麗なベッドの上で仰向けになりマッサージを受けるのはツルバミで、その大きく隆々な背中を押すのは背中に純白の翼を生やしたシロである。
「そういうものなのか」
「案外無頓着なものですねぇ、戦闘はあんなに上手なのに。ま、肉食の獣人達は総じて自己中心的な傾向がありますし、他者の感情を読むのが苦手だという研究結果もあります」
俺はそんなに自己中では無いぞ、と言わんばかりにシロを睨むツルバミ。
「やだなぁ、そんな表情しないでくださいよ。あくまで世間一般の話ですから」
「やれやれだ」
「こんなもんで如何です?あんまり魔法は使わずにマッサージ中心でよく揉みほぐしておきましたが」
マッサージをしていたシロが離れ、ツルバミは立ち上がる。
軽く肩を回してみたり、腰を捻ってみる。連日の訓練で蓄積していた疲労が驚くほど抜けてスムーズに関節が動くような気がした。
「ありがとう、十分だ」
「どういたしまして。また身体がキツくなったら来てくださいね」
専門医務スキルを持つシロのマッサージは福利厚生の一環にも記される。弊社社員の医療費は全額無償とする。
もちろんシロにはマッサージ料を会社に請求し、それを受け取る権利があるのだ。
ツルバミがシロに差し出された端末に社員証を近づけて触れさせる(MUにマッサージをした事実を認証させるためだ)。軽く一礼してから、医務室を後にしようとした矢先――
「シロ、邪魔するぞ。……っと、ツルバミか。どうした、怪我でもしたのか?」
殆ど入れ違いとも言えるタイミングでやってきたのは青と白のツートンカラーの毛並みを持ち、濃紺の細身のスーツに身を包んだ狼の獣人だった。名をやなゆーと言い、営業部と文芸課に所属している。
営業という仕事を任されるだけあって口数が多く、しかも同じ課に属していれば世間話は良くする。酒の席に誘われた事もあったが、まだ都合がつかなくて同伴したことはない(防衛部も営業部も多忙なのだ)。
「いや、単純にマッサージをしてもらってた。最近は訓練がきついから、身体が軋んでな」
「シロのマッサージは最高だよな。俺もデスクワークで辛いから何度も利用してるよ。腰痛にならないからありがたい」
デスクワークで辛くなるほど椅子に座って仕事をし続ける事自体がツルバミにとって理解出来る領域を超えているが、そういう観点でマッサージを使うのは創作者であるならありがちなことだ。小説を書き続けて没頭していたら夜が朝だった、ということは少なくない。
「そこまで仕事をすることはないと思うんですけれどね」
「そんなことはない。顧客のことを考えたら仕事しない方がストレスになるよ」
立派に会社に毒されているな、とはツルバミは口にしない。ただ少し黙って息を吐くだけだ。
「そんなことよりも、ほら」
毒されている営業マンが差し出した紙袋。これでもかと大判の分厚い本がぶち込まれていた。ツルバミは染み出すインクと糊の匂いが比較的新しい製法で刷られた本なのだということを中を見ずとも察することができる。
「リクエストしていた世界の医学本だ。知りたかった内容は、恐らくは網羅しているだろうが間違っていたらすまない」
「あっ、あのメール忘れないでいてくれたんだ!ありがとう!」
袋を受け取り、中を幾つか見たシロの表情がパッと向日葵のように明るくなる。
ツルバミが見た表紙はどんな言語で綴られた文字かが分からなかったが、MUの翻訳機能に掛ければ一発で識別ができるようになるだろう。それよりも、既に医学のエキスパートとも言うべきシロでもこれ程知識を欲するのかと舌を巻く。いや、知識欲の塊だからこそ、医学の道に進んだのか。鶏が先か、卵が先か。どちらが先かを知るのはもう少しこの青年と仲良くなってからだろう。
「寧ろ遅くなって悪かったと思うよ。前々から欲しいと言ってくれていたのにな」
「ううん、他にも勉強することは山のようにあるから大丈夫なんだけれどね。でも、本当に嬉しいよ。人体の最新技術に関する所見やレポートを纏めた本は多くの獣人らを診る上で本当に有意義な資料になる」
狼の獣人であるツルバミにとってはあまり関係なさそうな人間中心のその資料に対して喜ぶシロに、どのように関連付けされるものなのか自分自身にはよくわからない。
「あぁ、そういうことなら……よかったよ。この本が届けられてな」
自分とは体格も上背も知性も異なる営業マンのやなゆーも、その理屈がよく分かっていないらしい。小首を傾げつつも、曖昧な表情を浮かべていた。
目の前の彼と比べると知識欲は劣るかもしれないが、その辺りは自分もあるほうだと思っている。
「その人間の医学書を、どうやって獣人の医学知識向上のために当てはめるんだい?」
自身が問いかけると、ふたりの視線が同時に俺を見上げるものになった。シロはふむ、と軽く頷いてみせる。
「良い質問ですね」
シロは若さに劣らず落ち着いた物言いをする。まだ人間で言うところの成人になったか、ならないか程度の歳であるように思えるのだが、その振る舞いは仕事に精を出す営業マンよりも落ち着いて見える。
「端的に纏めれば、人間を診る知識を得るということは獣人を診る知識を得る……ということに繋がります。それぞれが違う種族であるとしても、体内構造の本質的な臓器器官にあまり差異はないのです。骨髄が血を作り、心臓が血を送り、肺が空気を取り込む。そのような生命維持に関する部分は共通しています。その共通項を深く理解することで、人間について語る本を読んだとしても、それを獣人に応用し当てはめることができるのです」
「絵を描く時に、本質的に描きたいと思ったものを描かなくても何枚も絵を描いていれば上手に線が引けるような、そんな理屈かな」
絵が上達するためには描くことしかない。枚数を重ね、まずは自分なりの線を描けるようにならなければならなく、その練習を指しているような気がしたのだ。
シロはうーん、と少し考えてから「まぁおおよそは合ってますね」と言う。
「絵と違うのは、その知識を生かせるか殺せるかを判断しなければならない事だと思います」
「生かすか殺すか、ですか」
「獣人の場合、出身世界や育ってきた環境で体内の臓器配列も異なることが多いです。獣化する獣の種族ひとつとっても体内機構に差がある。同じ狼とはいえ、やなゆーさんとツルバミさんの体内臓器配列には差があるのを知っています。だけど、互換性が無いわけじゃない。それを埋めなければとてもこんな場所でメスを握ることは出来ない」
どうしてシロは私の体内事情を知っているのだろうと考えたが、答えはすぐに出た。そういえば入社する時にたっぷり時間を掛けて健康診断をしたような気がする。CTやMRIといった高性能な機器を使った過剰とも思える健康診断は時間をたっぷり取られて良いイメージは無かった。しかしながら、そのような観点を交えて考えればそれには意味があることだとツルバミは頷いた。
「……っていうのを、ここにスカウトされて来た時に真っ先に提案したんです。社長はあぁいう性格ですから、あっさり許可が出ました」
「そうだったのか」
ありがとう、とやなゆーは不意に頭を下げた。間髪入れず、腕時計を見たやなゆーはいけね、と声を上げた。
「もうこんな時間だ。そろそろ仕事に戻らねぇと。それじゃぁ、俺はここで」
「こっちこそ医学書ありがとう。お仕事頑張ってね」
「あ、医学書の費用は防衛部につけておいたからな」
「うん、こっちで処理しておくよ」
それじゃぁ、と手を振って踵を返したやなゆー。
「俺もそろそろ行くよ。有意義な話をありがとう」
ツルバミはシロにそれだけを言い残すと、やなゆーの後を追った。